宰相アスガープ02
フランウィーネの部屋を後にし、廊下を走って突き当たりまでやってきたベルは扉を乱暴に叩いていた。
「魔王様! お話したいことがあります!」
「何者じゃ! ここは魔王様の部屋じゃぞ! 無礼者め!」
中から聞こえてきたのは魔王の声ではなく、アスガープの声だった。ベルはむっとして強めに言い返した。
「ベルです! 魔王様に御用があってお伺いいたしました! 中に入れてください!」
数秒してから扉が開いた。アスガープが鬱陶しそうな顔をしてベルを迎え入れてくれている。ベルは吐き捨てるように礼を言って部屋に入り、ソファでくつろいでいる魔王の姿を見つけると真っ直ぐに歩いていった。
「魔王様、若様のことでお話し(おはニャし)したいことがあります」
「手短に話せ」
魔王は机の上に置かれた書類から目を離さずに言った。ベルは金色の目を細めた。
「王妃様のお部屋でおっしゃったことです。……若様がいらっしゃることを知りニャがら、優秀でニャければ自分の子ではニャいというようニャことを言うニャんておかしいです。それでも貴方は父親ニャんですか!? 失望しました!」
王への無礼な物言いに魔王の隣についたアスガープが口を出そうとした。しかし魔王が手を挙げてそれを制したので、アスガープは不本意そうな顔をしながらも言葉を飲み込んだ。
「そんなことをあれに言った覚えはない。フランウィーネと話はしたが、あれがその場にいたかは覚えておらぬ」
「いらっしゃいました! 貴方の心ニャい言葉を聞いて若様はショックを受けたんですよ!? まだ子どもニャのに力ニャいことを悔やみ、貴方のようにニャれニャいことを悲しんで(かニャしんで)訴えてきた若様の気持ちが分からニャいのですか!?」
「理解する必要があるのか? 配慮する必要があるのか? それだけの手間をかけるだけに値するのか?」
「ご自分の子ですよ!? 理解して配慮して手間をかけて当たり前じゃニャいですか!! 人生の全てを捧げよというわけではありません。でも、親には、育てる側の人間には責任があります。魔王様はその責任を放棄していらっしゃいます!」
「ふはは! 知ったような口を利く」
魔王は立ち上がり、ベルとの距離を詰めた。ぶつかりそうなほど近くまできた魔王は真っ青な冷たい目でベルを見下ろし、口角を上げた。
「貴様は俺とあれの何を知っておるのだ。たかが数日、数時間過ごしただけの貴様が口を出せることではなかろう」
しかしベルは一歩も引かなかった。顔をほぼ真上に上げて魔王を睨み返す。
「私は若様の魔術教師です。教育方針については貴方たち親に任せますが、教え子が辛い目に遭っているのを、助けてほしいとシグナルを出してきたのを放っておけるわけがありません」
「貴様にあれの教師になれと命をくれてやったのは俺だ」
「お気に召さニャいのであれば解任を。魔王様ではニャい別のお方に雇ってもらいます」
「任を解く時は貴様が死んだ時だ」
「では続行ですね」
「ここで解いてやっても良いぞ」
鋭い黒い爪をした魔王の手がベルの首元に伸びた。ベルは自分の首に伸びてきた魔王の手首を掴んだ。
「私を甘く見ニャいでください」
力が拮抗し、両者の手が小刻みに震えている。どちらも譲るつもりはなかった。
しばらく睨み合いが続いた。終止符を打ったのは、ベルの腕に添えられた杖だった。ベルが視線を移すと、そこにはアスガープがいた。カエルのような目でぎょろりとベルを睨んでいる。
「下げよ。わしに考えがある。貴様はここで死ぬつもりもなければ若君の教育係を降りるつもりもないのじゃろう。ようは貴様が若君にとって有益な存在だと認められればその話は解決じゃ」
ベルはピクリと耳を動かした。ここでアスガープが助け船を出してくるとは思わなかった。
「……それだけじゃありません。今後一切、若様が苦しむようニャことを言わニャいでいただきたいです。それがどうしてもできニャいニャら、せめて褒めることだけでもしてほしいです」
「その件についても考えておるわ。いいから下げよ。魔王様も、ここは儂の顔を立ててくださいませんか」
魔王はアスガープを一瞥してからベルをねめつけた。まずはそちらから離せ、という合図である。先に手を出してきたのは魔王な分、癪だったが張り合っていても仕方ないと思い、ベルは腕を下げた。
「!」
瞬間、魔王の手がベルの細い首を掴んだ。絞めるつもりはないのか頸動脈に指を添えているだけだが、すぐにでも握りつぶしてやるという意思が目から伝わってきた。それでも臆することなくベルが睨み続けてやると手は離れ、魔王はソファに座り直した。
「貴様の考えを話せ」
長い足を組みながら命令する。アスガープは頷いて話し始めた。
「定期的に若君へ魔王様から試験を言い渡してはいかがでしょうか。試験に通らなければこの娘を解任。試験に通れば続行、魔王様も若君には口を出さないというのはいかがかな」
「ふむ。悪くない」
魔王は顔の横に手を添えながら答えた。
「分かりやすくて良いと思います」
ベルにも異論はなかった。アスガープが「考えがある」と言った時はどんな理不尽なことを言い渡されるのかと思ったが、思ったより良心的な提案だった。失礼だが、こういうところが長く魔王の相談役として重宝されるところなのだろうとベルは思った。
「ではそのようにいたしましょう。早速ですが、一つ言い渡してはいかがですかな?」
「そうだな」
魔王が頷くとにやり、とアスガープが笑った。ベルは嫌な予感がして眉を寄せた。
「小娘。若君はどこまでの魔術が使えるのじゃ?」
「空間魔術が使えるようにニャりました。まだ完ぺきではありませんが、ほとんど使いこニャしていると言っても良いと思います」
「ほう。それはそれは……」
楽しそうに笑みを深くするアスガープ。ベルはどうしてそんな顔をするのかと訝しんだ。
「魔王様。若君に初めての実戦をさせてはいかがですかな? 若君の手で『大茨の森』の魔物を一体倒すというのは」
「悪くない」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
話が進みそうになったので慌てて止めた。
「若様は軽い状態異常魔術と空間魔術しか使えニャいんですよ? 魔物を倒すニャんてまだ早いです! 『大茨の森』の魔物は強いんですよ?」
『大茨の森』はゲーム内にも存在しており、魔王城に行くために必ず通らなければならない森だった。ゲームでは『大茨の森』の中に魔王城があったのである。魔王城がある場所ということで物語も終盤になるので出てくる魔物も強く、油断すると仲間がやられていた。そんな場所で初めての実戦を行うなんて無謀すぎる。グリーティアのバトルレベルはそこまで達していない。
「そんなことはないはずじゃ。すでに空間魔術を使えるというのなら、状態異常魔術の全てを網羅し、洗脳魔術もできるようになっているはずじゃ。それだけ使えれば造作もないはずじゃ」
「いえ、違います。アスガープ様から引き継いでからすぐに空間魔術を教えて……」
「それはおかしい。有り得ぬ話じゃ」
アスガープは大げさに首を振った。
「通常魔人は魔術を覚える時、状態異常魔術、洗脳魔術、空間魔術と覚えるはずじゃ。それしか有り得ぬ。念のため儂は貴様に聞いたじゃろう? 『どこまでの』魔術が使えるのかと。貴様は空間魔術じゃと答えた。そうじゃろう?」
(やられた!)
ベルの頭からさっと血の気が引いた。
「確かに私はそう答えましたが、違うんです。私は普通とは違う順番で魔術を教えていますにだからっ」
カッ
アスガープは杖で床を叩き、ベルの言葉を制した。
「儂は今まで空間魔術は使えるが洗脳魔術の使えぬ魔人を見たことがない。魔王様もそうでしょう?」
「あぁ」
頷く魔王。
「魔王様もこうおっしゃっておられる。洗脳魔術の前に、ましてや上級状態異常魔術の前に空間魔術を覚えることなどありえぬのじゃ。よって貴様の意見は却下する」
「しかしっ」
「しつこいぞ。貴様も試験を行うことに同意したじゃろう。あれは嘘じゃったのか? それとも若君が試験を通ることができないと踏んで怖気づいたか? 若君を信じてやれぬのか?」
ずるい言い方をする。このままでは押し切られてしまう。
「嘘ではありません! 怖気づいてもおりません! 私はいつでも若様を信じています! ですが、事実と違う解釈をされると困ります! 若様のためにニャりません! 命の危険だってあるんですよ!? お分かりですか!?」
「構わぬ。それで果つるなら、それだけの存在だったということよ。魔王になど到底なれはせぬ」
「にゃっ!? それが親の言うことですか!?」
死んでも良いと言うのが親の言うことか。
あまりにも子を、人を人として見ていない発言にベルはめまいがしそうになった。
「俺だからこそ言うのだ。この地位に君臨し続けるためには貴様のように甘いことを言っていては到底不可能だ。花の咲かぬ芽は早々に摘むべきだろう」
「王様という存在が、私が思っているよりもずっとずっと大変ニャことは分かっています! でも若様はまだ子どもです! 少しくらい猶予をあげても、少しくらい手加減してあげても良いじゃにニャいですか!」
「子どもだからとて甘やかすつもりはない。甘えは油断を生み、いずれ弱みになる。王に弱みなど存在してはならぬ。そんなものは捨てさせろ」
「王様だって人です! ちょっとくらい弱いところがあってもいいんです! それを補ってくれる存在がいればそれでいいんですよ!」
「では貴様が補え。あれを俺が満足するところまでに、お前がさせれば良い。そうであろう?」
「う~~~!! 分かりましたっ! やってやります!!」
魔王の口角が上がった。ベルは頭に血が登っていて、売り言葉に買い言葉で条件を飲んでしまったことを冷静に判断できずにいた。
「やるそうだぞ、アスガープ」
「しかとこの耳で聞きました」
にやりと笑うアスガープ。
「では改めて第一の試験を言い渡す。明日、『大茨の森』にて日が沈む前に魔物を一体倒すこと。それが若君への試験じゃ」
「あ、明日!?」
ベルは思わず聞き返してしまった。まさか明日早速試験をすることになるとは思わなかったのである。
「やれぬのか?」
魔王が挑戦的な笑みを向けてくる。その顔を見たベルの頭にカッと血が登った。
「やってやりますよ!!!」
「……楽しみだ」




