魔王グリーティア11
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ため息を吐いた。
(ついあんなことを言ってしまったけど、どうしたものか……)
ため息の原因は先程子魔王に自らが話した内容だった。どうにも身の丈に合わないことを言ってしまったような気がする。
目に涙を溜めて震える子どもの姿を見せられれば誰だって手を差し伸べたくなる。励ましたくもなるだろう。大多数の人間が同じ行動をとるはずだと自分を正当化して気分を晴らそうとしているのだが、それだけでは足りなかった。
(私はゲームの仕様で最強ステータスにはなっているけどそこらの一般人。まぁ塾でバイトをしていたから教えるっていう経験は少しだけあるけど……。でも若様は王子様……。私みたいな一般人が何とかしてあげられるものなのだろうか)
生まれも育ちも何もかもが自分とかけ離れた人物を立派に育てあげるという目標に、優れた先代を越えさせるという目標も加わってしまった。いくらなんでも責任が重すぎる気がする。とはいえ後先考えずにそうしたのは自分のため、誰かに怒りをぶつけることもできず、こうしてぐずぐず迷ってしまうのだった。
(そもそも私はどうしてこの世界にいるんだろう。やっぱり世界の破滅を食い止めるため? そのために世界が選んだとでもいうの?)
考えても答えの出なさそうな問まで出てきてしまった。こうなってしまっては決着がつかない。ギネの言う通り考えすぎなのかもしれないが、考えずにはいられないのが現状だった。どうしてこうも問題が山積みになっていくのか。
半分は自分の所為な気もするが。
ベルは再びはぁ、とため息を吐いた。
「私でいいの……?」
世界も、子魔王の教育係も。
「……何が貴女でいいのぉ?」
「にゃっ!?」
ばしゃんっ
驚きのあまりベルは飛び上がってお湯の中から出た。
「レチェット!? いつの間に!?」
広い風呂の縁に大きな胸を乗せ、レチェットがひらひらと手を振っている。
「ずうっといたわよぉ。貴女が物憂げな顔でぇ、ここに入ってくるのも見ていたわぁ」
「それニャら一言声かけてほしかった」
にっこりと笑うレチェットにベルは肩を落とした。
大浴場は地下にあるせいか薄暗く、人型の彫刻がたくさん飾られているので死角も多い。いつもはざっと確認するのだが、今日は気を取られて確認を怠ってしまったのだった。これではまたギネに警戒心がないと言われてしまう。
他のことに集中していても使用人や兵士たちの気配には気づく。エルシオンも普段は気配を消して近付いて来ないので気づける。しかしギネやレチェットは特別気配を消すのが上手く、他のことに集中していると気づかないことが多い。魔術で気配を遮断する効果のものがあるので、二人はそれを常時かけているのかもしれなかった。
「ねぇねぇ。何を悩んでいるのぉ? わたしに言ってごらんなさいよぉ。お姉さんが破格で相談に乗ってあげるわよぉ」
パシャ、と水音がしてレチェットが湯から出てきた。ベルはレチェットの完璧なシルエットに目を細め、耳をイカ耳にしてそっぽを向いた。
「心配ご無用。しかもその破格って、どうせ生気かニャにかでしょ? お金ニャらいくらでも出すけど、命は少しもあげられニャいよ」
「あらぁ。わたしのことをよく分かっているのねぇ。嬉しいわぁ」
顔の横で手を合わせ、嬉しそうな顔をするレチェット。それだけ見ていると随分と可愛らしい仕草をする綺麗なお姉さんなのだが、見た目に騙されてはいけない。この女は命を吸いとるのである。
しかし、レチェットは実際会ってみて印象が変わった人物だった。ゲーム内ではこんなにも可愛らしい印象を受けなかったのである。
ゲーム内の彼女は何よりも拷問が好きで、人が苦しんでいる姿を見るのが好きといった狂気じみた女だった。戦闘時も魅了や毒などの状態異常や精神異常魔術や〈吸収〉の能力を使って回復しつつじわじわと体力を削るという方法で戦ってきた。おかげで最も倒すのに時間がかかった敵で、最長一時間を記録したことがあった。まさに拷問である。
そんな相手だったので話もできないような頭のおかしな人かと思っていたのだが、意外や意外。可愛らしい仕草もすれば、話もできる相手だった。ただ油断するとすぐくっついてくるうえ、生気も吸われかねないので警戒は必要だった。
「レチェットがそればっかりニャだけだよ」
ベルはふいっとそっぽを向いて尻尾を手で絞って含まれた水気を切り、脱衣場へ向かった。するとレチェットが後ろにぴったりついてきた。
「どうしてついてくるの」
「ちょうどわたしも出ようと思っていたところなのよぉ」
そう言われてしまったら返す言葉がない。仕方なく、ベルはレチェットと共に大浴場を出た。
「そういえばぁ、最近貴女自分の部屋で寝ていないでしょお? 一体どこで寝ているのかしらぁ? もしかしてぇ、エルシオンやギネの部屋かしらぁ?」
タオルで水分を拭きとりながら横目でベルを見る。ベルはわしわしと半ば乱暴に髪を拭きながら口を開いた。
「いい加減私の部屋に侵入して生気を吸おうとするのをやめてくれニャい?」
「何度か行ってもいなかったから夜這いはとっくに諦めたわぁ。わたし、脈の無い人はすぐに諦めて他を探すタイプなのぉ。だからお部屋に戻っていらっしゃいな。わたしと会うことはないでしょう。それとも、他のところで他の人と寝るのがお気に入りなのかしらぁ?」
ベルの耳がピクリと動いた。じっとりと睨んでやってもレチェットは笑顔を崩さない。
「妙ニャ噂を流されても困るから言うけど。私はエルやギネの部屋では寝てニャいよ」
「あらそうなのぉ? 隠さなくても良いのよぉ? 貴女が誰と関係を持ったとしてもわたしには関係ないものぉ」
「相手がいようと関係ニャく手を出すって意味?」
「ふふふ。本当に貴女、わたしのことを良く知っているじゃないのぉ。嬉しくなっちゃうわぁ」
レチェットはベルの腰に腕を回し、後ろから身体をくっつけた。ベルの背中に柔らかいものが押し付けられ、指先が太ももから腰を通って上がってくる。ぞわ、と尻尾の毛と耳の毛が逆立った。
「くっつくニャ! レチェットがどういう交友関係を好むかくらい誰でも察しがつくよ! 魔王様の愛人ニャんだから!!」
レチェットの顎を手で押した。するとレチェットの身体はほとんど抵抗なく離れた。
「ふふ、嬉しい。そう見えるのねぇ」
ベルは何を言っているんだという顔をしてレチェットを睨んだ。
「そうにしか見えニャい。魔王様にはフランウィーネ様という素敵ニャ方がいらっしゃるのに、レチェットも魔王様もニャんて奴だ。裏切り行為だよ。許されニャい」
吐き捨てるように言い、ベルは服を着始めた。いつも寝る前に着ている短パンに半袖のもこもこルームウェアである。
「……貴女はまだ愛するということの片鱗しか知らないのねぇ。愛するということは単純で美しいものではないのよぉ。難しくて愚かしいことなのぉ」
「……」
呟いたレチェットの言葉はしっかりベルの耳に届いていた。それでもベルは聞こえていないふりをしてその言葉を流すことにした。
何も言い返せなかったからだ。何か言えるようになった時が、それを知ってしまった時なのだろう。




