魔王グリーティア08
ゲームの中のアスガープは裏で魔王や部下たちをそそのかす陰謀者であった。はっきりとは語られていないが、魔王に世界を支配するようそそのかしたのではないかとも言われていた。
実際のアスガープもそうなのだろう。魔王の傍から離れず、すぐ口添えできる位置にいて、部下たちにも目を光らせている。時々廊下ですれ違うのは彼が部下たちを監視して回っているからだろう。
「アスガープは策略家だからにニャんとも言えにゃいですね」
そう答えてからベルは「ところで」と子魔王をじっとりと睨んだ。
「若様。マニラちゃんをあれ呼ばわりするのはいけませんよ。ちゃんと他人を敬ってください」
先程のはらわた発言もそうだが、子魔王はどうやら中身も魔王に似ているらしい。将来を案じたベルは子魔王の意識も変えていかねばならないかもしれないと思った。
「俺は魔王となる身だ。何故他人を敬わねばならぬ」
子魔王は不機嫌そうな顔をした。
「魔王様でも誰でも他人を敬う心は持っていニャいといけニャいです。敬う心というのは別に他人を自分より上にみろとかそういう意味じゃニャくて、他人を尊重し、認めて、思いやるってことです」
「そうしたところで何になる? 俺には何の得もなければ何も変わりはしない」
「変わります。若様自身じゃニャくて周りが変わるんです。偉そうにふんぞり返っている王様は確かに強そうかもしれニャいけど、他人を認めることができない人はいずれ見放されてしまいます。正しい評価をしてくれニャい人は嫌われます。……今の魔王様だって、エルやギネやレチェット、それからアスガープのことを敬っている……認めていると思いますよ。だからみんニャがいるんですよ」
「……」
子魔王は口を閉じた。じっとカップの中の水面を見つめて何かを考えているようだった。
子魔王は年の割に大人びていて、話す内容も考え方も大人と遜色ない。難しい話をして実際にどれだけ伝わっているかは分からないが、いつかふと思い出して分かってくれればそれでいいとベルは思うのだった。
「……名で呼ぶのはそいつを敬っていることになるのか?」
「そうです」
そうか、と呟いた子魔王は顔を上げた。
「では俺のことも名で呼べ。俺も貴様をベルと呼んでやる」
真っ青な目が真っ直ぐにベルを見ている。そういえば子魔王の名前を知らなかったとベルは改めて気づかされた。呼び方に困らなかったので二週間近く経っているのに気がつかなかった。皆が子魔王のことを名で呼ばず、若様などと呼んでいるのも名前を把握できなかった理由の一つである。
「分かりました。ニャんとお呼びいたしましょうか?」
ベルが頷くと子魔王は口の端を上げて笑った。
「グリーティア。グリーティアと呼べ」
ベルは思わずえっという声を漏らしてしまった。
「それは魔王様のお名前ではニャいですか?」
「そうだ。同じ名だ。とうさ……現魔王様はグリーティア三世。俺はグリーティア四世だ」
「さ、三世と四世……」
「皆俺のことは名で呼ばぬ。だが貴様は呼べ、ベル」
ベルは開いた口が塞がらなかった。まさか同じ名前だとは思わなかったのである。そしてベルは新たな可能性が出てきたことに気づいてしまった。
(ゲームの魔王グリーティアが何世なのかという表記はなかった……。ということは、もしかしたら、ゲームの中の魔王グリーティアはこの小さな子どもの可能性もあるのか?)
そう思った瞬間、ぞ、と何かが背中を駆けていった。
珍しく口の端を上げて笑っている小さな子どもが、この世界を破滅に導くのかもしれない。たまに怖ろしいことを言うが、こんな小さな子が、魔術ができるできないで一喜一憂しているこの子が最初からそんなことを考えるわけがない。この子を育てる環境がそうさせてしまうということである。
つまり、自分だ。ベルの教育の仕方次第で最悪の魔王を生み出してしまうのかもしれないのだ。
(私は、怪物を育てているのかもしれない)
身体がさっと冷えていくような感覚がした。




