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魔王は私がニャんとかします!  作者: あまがみ


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魔王グリーティア03


 机の上に白磁のコップが置かれている。ベルが無言で見つめる向かいでエルシオンは笑みをたたえていた。


 夕食も入浴も終え、ベルとエルシオン、それからギネの三人が食堂に集まっていた。他には誰もいない。使用人たちはとっくに宿舎に帰っている。


「交互に手を出し合うゲームだ。コップがあれば平手。なければ拳を出す。コップはいつでも置いたり取ったりして良い。出す手を先に間違えた方が負けだ」


「金比羅船々ってことね」


「こんぴら?」


「こっちのはニャし。分かった。それで、ニャにを賭けるの?」


 エルシオンの口角が上がった。


「情報だ。お前の情報が欲しい。俺の質問に嘘偽りなく答えてくれ」


 ベルは目を細めた。エルシオンらしく、分かりやすく直球でベルのことを探ってやろうというわけだ。


「いいよ。でも三つまでね」


「いいだろう」


「それじゃ私も勝ったら情報をもらうことにしよう。私が欲しいのは……フランウィーネ様の情報」


「王妃様のか?」


 ベルも直球勝負に出ると、エルシオンは驚いた顔をした。


「なんで王妃様の? エルシオンでも魔王様でもなく、なんで王妃様なの?」


 ギネが頬杖を突きながら聞いてきた。顔はいつもの無表情だが、声には棘があるように聞こえた。


「昨日お会いしたの。それでどういう方か知りたくニャった」


 ゲームの情報だが、四天王や魔王のことはある程度知っている。今のところ大きくゲームと現実の情報が違っていることはないので、現時点で彼らのことはそんなに聞くことがない。しかし重要人物のうちフランウィーネの情報だけが全くない。そのため、ベルは少しでも良いのでフランウィーネの情報が欲しかったのだった。


「王妃様は部屋から出てこられないはずだ。どうしてベルが会うようなことがあったんだ?」


「それは……」


 答えようとしてやめた。


「エル、それはエルが私に勝ったら教えてあげる。これはそういう賭けでしょ?」


 にこりと笑うとエルシオンは楽しそうな顔をした。


「そうだな。では始めようか」


 エルシオンがコップに掌を置き、そのままコップを掴んで持っていった。ベルは拳を作って机の上に乗せようとした。しかし、寸でのところでエルシオンがコップを手の下に滑り込ませたので、ベルは咄嗟に手を開いた。


 トン、と掌がコップの上に乗った。


 金色の目を上げると、エルシオンが挑戦的な目をして見つめていた。


「ニャるほど。こういうゲームね」


 ベルもにっと笑い、二人の勝負が開戦したのであった。


 目にも止まらぬ速さでコップが出されたり引っ込んだり掌が出たり拳が出たりする。二人は一度も手を止めず、コンマ何秒の世界で戦いを繰り広げていた。


 瞬く間に何往復もやり取りされるので常人では目で追えない。エルシオンが審判にギネを選んだのは、この速さを見極めることができるのが四天王クラスしかいなかったからである。


「そろそろ疲れてきたんじゃないか?」


 手を動かしながら余裕そうな笑みを浮かべるエルシオン。


「そっちこそ。諦めてもう一回負けてよね」


 ベルも一歩も譲らず手を動かし続ける。


「ねぇいつまでやるの? おれ帰りたいんだけど」


 審判のギネは始まる前からやる気がなかったが、始まってもやる気がなかった。それでもちゃんと勝負を見てくれているのは付き合いが良いと言うべきか。


「俺は負けん。負けるのはお前だベル。そもそもお前が勝ったとしても、俺がお前に教えられることはほとんどないだろうしな」


「些細ニャことでいいの。誰でも知っていることでもいいから知りたいんだよ」


「どうしてそんなに王妃様のことを知りたいんだ?」


「……ニャんとニャく。ちょっと気にニャアッ!?」


ガチャンッ


 エルシオンが置いたコップの上に掌を叩きつけた瞬間、コップが割れてベルの掌は机を叩いた。乱暴に机に置かれ、引っ手繰られ、掌を叩き込まれていたコップはいつの間にか限界を迎えていたらしい。


 エルシオンはにっと口角を上げて笑った。


「お前の負けだ、ベル」


「これを狙っていたニャ!?」


「まぁな。ただゲームをするだけでは勝敗がつかないだろうと思って策を練った。先に仕掛けたのはベルだ。文句はないだろう?」


 してやったりの顔をするエルシオンにベルはぐぬぬと口を閉じた。確かに最初に勝負を持ちかけ、魔術を使って勝ちを得たのはベルである。賭け事やゲームをする際に必勝法を考え、実行するのは至極当たり前のことだ。ルールの範囲内で不正をするのはあり。むしろそうするのが当たり前の世界である。


「怪我はないか?」


「ニャい」


 答えてからベルはため息を吐いた。


「しょうがニャいニャ。ニャんでも聞いて。三つまでニャらニャんでも答えるよ」


 ベルは足を組んで頬杖を突いた。


「おう。そうさせてもらう。では先程の質問に答えてもらおう。どうしてお前が王妃様に会うようなことがあったんだ?」


「廊下を歩いていたら辛そうニャ声が聞こえてきたの。気にニャって入ってみたら王妃様のお部屋だったってだけだよ」


「ふむ。では何故お前は廊下を歩いていたんだ?」


「レチェットの空間移動に巻き込まれて出た先が五階だったの」


「そうか。では最後の質問だ。ベル、お前がここで成し得たいと思っていることは何だ?」


 ベルは金色の目を上げた。エルシオンの赤い瞳がじっと値踏みするようにベルを見ている。


 しばらくベルは答えなかった。そんな質問が飛んでくるとは思わなかったというのと、単純にどう答えて良いか分からなかったからである。


 ややあって、ベルはゆっくりと口を開いた。


「……よく分からニャい。私はニャにをすべきニャのか……。ここに来る前にも考えて決心したはずニャんだけど、考えが甘かったみたいで……ちゃんと考えようと思ったら、難しくてよく分からニャくニャってきた」


 ぼそりと零れた本心。


 ベルはまだどれもこれも決めきれずにいた。


 まずはここに留まるのか否かだ。保身を考えるならすぐにでも離れた方が良い。それから、もしかしたら来るかもしれない『魔王が支配する未来』を阻止するのか否か。誰にも強制されていないことだが、成し得たいと思った大きなことではある。そして、この世界に留まるのか否かでさえ、ベルは迷っていた。この世界の住人ではないので、何にも干渉せずに早く元の世界へ戻ってしまった方が良いのではないかとも思うのだった。


 どれもがこれからの人生を大きく左右する決断だから簡単に決められない。決めたと思っても未来への不安が押し寄せてきて決めたはずの心に靄がかかってしまい、また迷うのだ。


 そうしてぐるぐるどうしようか考えていると、必ずマンシャムの言葉が浮かんだ。「天からの授かりものを持った者は皆、天に監視される。そのためどこに行っても見つけられ、大きな責任が降りかかり、穏やかに暮らすことはできない」というものと、この先を見極め、最悪な未来を阻止できるのは「ベルしかいない」という言葉。それからフランウィーネの姿もちらついた。懇願するように息子の味方になってほしいと訴えた母の姿が心に刺さって忘れられない。


 考えれば考えるほど、自分がどうすべきなのか分からなくなっていく。

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