魔王城12
いつの間にか中庭に出ていた。昼は美しい幾何学模様が何か得体の知れないものに見えてくる。
ベルは石畳を踏んだ。
いくらもしないうちに城壁にたどり着き、振り返る。
夜の闇の中に、重厚な造りの魔王城が佇んでいる。昼間は普通の城と変わりないのだが、夜に見ると不気味だった。
ベルはその場に座り込んで空を見上げた。
満点の星空だった。空は相変わらず美しく、元いた世界と全く同じだ。
「……帰りたいニャ……」
ぼそり、呟いてしまい、ベルは自分が弱気になっていることに気がついて自分でも驚いた。フランウィーネには弱気にならないようにと言ったのに、と心の中で自分を笑ってやる。どうやら闘志がしぼんであの時感じた恐怖が身体を蝕んでいるらしい。
これからどうすべきなのか、迷ってしまう。
(あの恐ろしい魔王に立ち向かってまで、この世界を……守るべきなのか……。そもそも私にできるのだろうか……。これは、ゲームじゃない……)
フランウィーネからは死の匂いがした。それは獣人だからという理由で感じ取れるものではなく、万人に与えられた感覚である。魂に刻み込まれた死への恐怖が嗅ぎ付けるのだ。
魔王が死んだら彼女は悲しむだろう。気に病んで病気が進行し、すぐに後を追ってしまうかもしれない。そうなれば子魔王も……。
これはゲームではない。ゲームのように倒せば良い、殺せば良いと軽はずみに考えられるものではないのだ。
(フランウィーネ様はたぶん、キーマンだ……。魔王がこの世界を支配しようとする、きっかけ……。これからどうなって魔王がこの世界を支配しようとするのかは分からないけれど、それを止めようとするのなら、あの人の傍にいた方がいいかも……。でも……)
頭の中に靄がかかっていく。
眠気が身体を支配していく。
この場に残る理由は一つ。この世界の未来を魔王の手から守るため。けれどもそれは、放棄してしまっても何の問題もない。ベルにはその責任もなければ、未来が必ずそうなると決まったわけでもないのだから。
自分の保身を考えるなら、今すぐこの場から離れて隠れた方が良い。世界が魔王の手によって地獄に沈もうとも無視し、適当にやり過ごせば良いのだ。その結果元の世界に戻れなくなったとしても大きな問題はないように思えた。人生なるようになる。
しかし、どうも割り切れない。ここで諦めてしまったら、一生後悔する気がしてならない。
それは何となくの不安だ。誰にでもある将来への不安に似ている。何かを決意してしまえば、消えるはずだ。宙ぶらりんになっているから気になるだけなのだ。
これからどうしようか。
どうすべきなのか。
本来なら魔王城に来ようと決める前に考えておくべきだったのではないかと己に問う。あの時はやってやろうじゃないかという気持ちが先行して、細かいことを考えていなかった。我ながら猪突猛進だなぁなどと笑って、再びああでもない、こうでもないと考えながら、思考の海に沈んでいった。
気がつくと朝だった。
眩しさに目を開けてみて、すぐに昨日の夜そのまま庭の隅で寝てしまったらしいと思考回路が繋がった。
ベルは顔を手で覆い、バキバキの身体をゆっくりと起こした。身体中が痛い。石畳の上で寝るのは良くないなと思いながら立ち上がると、視界の隅に何かがちらついた。
「?」
何だろうと思いながら視線を向けると、花のアーチの影から誰かがこちらを見ていた。癖のある黄緑色の髪をした、小魔王と同じくらいの歳の子どもである。
そういえば何度か庭で見たことがある。それからベルは庭を直すために常駐している庭師の小屋を訪ねたとき、あんな見た目の子がベッドで寝ていたことを思い出した。
少女は庭師の仕事をしているのだろうとベルは予想した。庭の手入れのために来たらベルが寝ていたので、不審に思って様子を見ていたというところだろうか。
「貴方はここで働いているのかニャ?」
優しく声をかけたつもりだったが、子どもはビックリして飛び上がると走って去っていってしまった。
(まぁ知らないやつに話しかけられたら逃げるよな)
ベルは走り去る子どもの後ろ姿を見ながら身体を伸ばし、真昼の魔王城を見上げた。
煉瓦と石でできた重厚な造りの城。幾何学式の庭は綺麗で、空は相変わらず青い。
「……まぁ、悪くニャいか」
そうしてベルは目覚ましに大浴場へ向かうことにしたのであった。




