魔王城07
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闇魔法もとい魔術の基本は弱体化だ。攻撃力や防御力を下げるのはもちろん、毒状態にしたり麻痺状態にしたりすることもでき、多岐にわたる。
次に空間魔術。何もないところから物を出したりしまったり、別空間に身を隠したり、空間移動つまりワープをすることができる魔術だ。
その次は洗脳魔術。魔物や人間を操ったり精神操作をしたりすることができる。
それからベルがマンシャムに見せた物体操作魔術は洗脳魔術とは違い、自ら動かないものを動かすことのできる魔術だ。
そして重力操作魔術。ベルがエルシオンにかけてみせた、重力を自在に操る魔術である。
ゲームの世界では多少の変動はあれ、だいたいこの順番で魔術を覚えた。
「若様はどんな魔術が使えますか?」
魔術と闇魔法は同じものをさす言葉だが、魔人は魔法と区別したがって魔術という言葉をよく使った。ベルもそれに倣って魔術という言葉を使っている。
「……」
ベルが用意した椅子に座った子魔王はそっぽを向いたまま答えてくれない。初日はエルシオンが庭を半壊させたおかげで授業にならず、おまけにアスガープに叱られる様子を見られてしまったので信用が下がっているのだ。
仕方なく、ベルは勝手に見ることにした。
子魔王の戦闘レベルはあまり高くなかった。それでも以前街に降りて確認した一般の子どもたちよりは随分高い。覚えている魔術もレベル相応のものだった。
「……若様、相手の力を下げる魔術は使えますか?」
「……貴様、俺を馬鹿にしているのか」
子魔王はベルを睨んだ。
「答えてください若様」
「使えるに決まっている。それは最初に覚える魔術だ」
「では麻痺、毒、眠らせたり目を見えニャくしたりはできますか?」
「造作もない」
「いつ覚えましたか? 力を下げる魔術の後ですか? 前ですか?」
「後だ。貴様、そんなことも知らずに俺の教師をしているのか」
子魔王は訝しげな顔をしたが、ベルはその言葉で確信を持った。やはり、ゲームと同じ順番で魔術を覚えるようだ。
「分かりました。ではこれから空間移動の魔術を覚えましょう」
ベルの記憶が確かなら、次は空間移動魔術、いわゆるワープを覚えるはずだった。魔術の指導書などがあるわけではないので、ここは自分の経験から順に辿っていくのが良いと考えたのである。
「弱体化させる魔術を全て習ってからではないのか?」
子魔王は不思議そうな顔をした。
(なるほど。その疑問、確かにそうだ。弱体化魔術を残らずさらってから、全く違うジャンルの魔術に取りかかるのが一般的な考え方だろう。でもゲームでは違った)
言われて気がつき、ベルは顎に手を持ってきて少々時間を割いて考察した。
(あと残っている弱体化魔術は魅了や混乱、恐怖……。たぶん、それらの魔術は複雑なんだ。毒や麻痺とかと違って人によって何が魅力的かとか、怖いのかとかが違うから……。だから次に覚えやすい魔術は対象によって左右されにくい空間移動魔術なんだろう)
自分の考えをまとめたベルはもう一度言った。
「これから覚えるのは空間移動魔術です。その後に残りの弱体化魔術をやりますのでご安心を」
「空間移動魔術はもう少し経験を積まねばならぬとアスガープは言っていた。……先に学べるに越したことはないが……」
子魔法は眉を寄せて不安そうな顔をした。きっと今までの魔術訓練ではずっと弱体化を学んでいたのだろう。教師が変わった瞬間に違うことを言われて混乱しているのだ。教師で指導方法が統一されていないと、子どもは不安になるものだ。
「大丈夫です若様。私の師匠、賢者マンシャム様が考えついた効率的ニャ順番ニャんです」
咄嗟に適当な嘘をついてしまったが、子魔王はそれならと納得してくれた。賢者マンシャムの名を使うのは使える手のようだ。信頼が厚い。
「ではまず私がやってみますね。こう、カーテンを開くイメージで空間を割いて」
ベルは手に持ったタクトで頭の上から足元に向かって一本の線を引いた。すると宙に縦長の真っ黒い穴が空いた。
「どこに出たいか頭の中に浮かべニャがら空間を通ります」
真っ黒い穴にベルは身体を通した。
二メートルくらい離れたところに二つ目の穴が開き、そこからベルが出てきた。
「こんニャ感じです。若様もやってみてください」
もう一度空間を通って戻ってきたベルは子魔王に指示した。
子魔王は立ち上がり、人差し指の黒い爪で空間を割こうとした。しかし、上手くいかないようで空間がなかなか割けない。『空間を割く』なんてイメージのしにくいことなので難しいのかもしれなかった。子どもにとって、イメージできないものはないもの同然だ。子魔王の眉間に深いしわが寄っていく。
「う~ん」
ベルは頭をひねった。イメージしやすいものはないだろうか……。
「そうニャ」
ひらめき、ベルはある物を出した。
「はい。若様これを持ってください」
「ぬいぐるみ……?」
ベルが手渡したのは子魔王の掌サイズの小さなぬいぐるみだった。可愛らしい黒猫のぬいぐるみである。
「お手玉って知ってますか?」
子魔王は首を傾げた。さすがに知らないか、とベルは心の中で苦笑いして自分が持っていた黒猫のぬいぐるみでお手玉をし始めた。
「こうして手の中を行ったり来たりさせる遊びです」
ぬいぐるみは一つなので随分簡単だ。右手で放ったぬいぐるみを左手で捕まえ、再び投げて今度は右手で捕まえれば良い。それを繰り返せば立派なお手玉だった。
「本当はこうして投げて(ニャげて)捕まえるんだけど、これを空間魔術でやってみますね。いいですか、若様」
ベルは右手に持った黒猫のぬいぐるみを投げた。
「投げて(ニャげて)、左手に出す」
上昇していたぬいぐるみがパッと消え、ベルの左手に乗った。
「!」
子魔王が目を大きくする。ベルはにこりと笑って続けた。
「投げて(ニャげて)」
左手のぬいぐるみを投げる。
「右手に出す」
ぬいぐるみがパッと消えたと思うと右手に現れた。
「若様、左手を出してください」
子魔王は素直に空いている左手を差し出した。
「投げて(ニャげて)」
右手のぬいぐるみを投げる。
「若様の左手に出す」
消えたぬいぐるみが子魔王の左手に現れた。瞬間、子魔王の目が輝いて見えた。しめた、とベルは思った。子ども騙しだが、されど子ども騙し。生意気でも子魔王はまだ七歳かそこらだろう。学びを遊びの中に組み込んでしまえば食いつきも良く、習熟率も上がる。ようはやる気の問題である。
「イメージは簡単でいいですよ。投げた(ニャげた)ぬいぐるみを消して逆の手に出すだけ。面白いでしょ? 一人だけじゃニャくてこうして複数人で遊ぶこともできますよ」
「……っ。こんな、子ども騙し……」
子魔王は呟いたが顔はまんざらでもなさそうだった。
「子どもでいられる時間は少ニャいです。だから子どものうちに子どもしかできニャいことを全部やっておくのが一番ですよ」
そう言ってベルは子魔王の左手に乗っていたぬいぐるみを回収した。視線を下げていた子魔王が視線を上げる。
「今日の修行はこれにします。言っておきますが、これは修行だからマスターするまで終われニャい過酷なトレーニングです。できるまで夕食も食べられニャいですよ? いいですか?」
首を傾げて問いかける。すると子魔王は右手に持っていた黒猫のぬいぐるみを握りしめて宣言した。
「よかろう。すぐできるようになってやるわ」
適度に追い込んでやるのも効果的だ。ベルはにこりと笑い、子魔王のお手玉特訓もとい空間魔術特訓を見守った。
約三時間後。
「思っていたより簡単だったな」
ふふんと得意げに笑い、子魔王は自分とベルの手四つを使って空間お手玉をしていた。
自分の右手にあるぬいぐるみを投げ、空間移動させてベルの左手に落とす。ベルがぬいぐるみを投げるとまた空間移動させて今度は自分の左手に落とす。再び左手のぬいぐるみを投げ、別空間に移動させてみせた魔王は挑戦的な目をベルに向けた。
「俺がどこに出すか当ててみるがいい」
「う~ん。若様の左手?」
子魔王はにぃっと笑った。
「甘いぞ。貴様の頭の上だ」
ぽん、と黒猫のぬいぐるみがベルの頭の上に乗った。ぴくぴく、とぬいぐるみの両脇のベルの耳が動いた。
「ずるいです若様」
「手だけとは限らぬ」
子魔王は楽しそうに笑っている。こうして見ると、見た目は魔王にそっくりだがただの子どもだ。ベルはなんとなく年相応の彼に安心した。
子魔王は魔王の子だということもあってか、成長速度が速いようだった。ベルとしては物を別空間に移して狙ったところに出すことができれば及第点だったのだが、子魔王は別空間にとどめることも覚えた。教え子が期待を上回ってくれるのは素直に嬉しい。
「確かにそうですね。一本取られました。……今日はここまでにしましょうか、若様。もうじきアスガープが呼びに来ます」
「……うむ」
ちょっとだけ名残惜しそうな顔をして子魔王はぬいぐるみをベルに差し出した。
「これは若様にあげます」
子魔王の手をそのまま握らせてやる。青い目がきらっと輝いたように見えた。表情はそんなに変わらないのだが、目は口程に物を言うとはこういうことかと思うくらい、子魔王は目に出る。
「……ふん。こんなもの俺には必要ないが、仕方ないからもらってやる」
口はものすごく素直じゃない。ベルは眉を下げて笑った。
それからすぐに小言をぶつぶつ呟きながらアスガープがやってきて、子魔王は去っていった。




