魔王城05
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「もうっエルの所為で散々にゃ」
「良い汗かけたなベル。また呼んでくれよ。いつでも協力するぞ」
「絶対呼ばニャい!」
二人は身体から湯気を上げながら廊下を歩いていた。
あの後、どうやって状況を把握したのか分からないが、大変おかんむりなアスガープが現れて二人はこっぴどく叱られた。
アスガープの説教はねちねちと長く、しかもそのほとんどがベルに向けられた。エルシオンは「面目ない!」とはいうものの終始笑っていたので絞りがいがなかったのだろう。対してベルは真摯に受け止めて「はい、はい、ごもっともです……」と相槌を打って聞いていたので、アスガープの矛先がベルに向いたのも当然だった。
ベルは暮れまで続いた説教だけで心身ともに疲弊したのだが、アスガープは最後に庭を元通りに直すまで戻るなと指示して去った。そのため二人は夕食も食べずに庭で作業することになった。植物はベルの魔法ですぐに元通りになったが焦げた石畳はどうにもならず、新しいものを敷き詰めるしかなかった。幸いリスク管理能力の高い庭師がストックを用意していたため買いに走ることはなかったが、作業は日付が変わるところまでかかった。日付を越えて、ようやく作業を終えた二人はまず汗を流すために風呂に入り、今は食べ物を探しに食堂へ向かっているところであった。
(それにしても、鎧の中身がこんなに男前とは……。ゲームでも驚いたけど、実際に見るとまた違う)
ちら、と目を上げてエルシオンの顔を観察するベル。
短めのアッシュゴールドの髪に垂れた目。眉は太く上がっていて、唇が厚い。顎のラインのしっかりした、色気のある男らしい顔つきである。身体も二メートル近くあり、がっしりしているので相当な男前に見えた。
「ん? 俺の顔に何か用か?」
ベルの視線に気がついたエルシオンが微笑んで赤い瞳を向ける。
「こうも別人に見えるものニャのかニャと思っただけだよ。その顔でいるとモテそうだね」
素直に感想を述べるとエルシオンはハハッと声を上げた。
「まぁそうだな。女に困ったことはない。鎧を脱いで迫ればだいたいは上手くいく」
にっと笑ってベルに目を流す。自分にそういう表情が似合っていると分かっている顔だった。ベルは金色の目を細めた。
「そうだろうね。鎧で隠しているとただの暑苦しい男だ。声がでかいんだよね」
「黙っていればと言われることはよくある。結局最後は捨てられるしな」
「分からニャくもニャいニャ。見た目が良いだけましと思うことだね」
「見た目ならベルも良いと思うぞ。顔は可愛い。体つきも良い。俺は好みだ」
ベルはふふっと笑った。
「男前に言われると嬉しいニャ。……でも、エルに今の私がどう映っているのか知らニャいけど、本当の私は全然可愛くニャいよ」
ベルの身体はゲームで決めた容姿のため、元の身体とはまるで違う。可愛い顔もしていなければ胸が大きく手足の細いメリハリのある身体でもないし、猫耳も尻尾も生えていない。褒められて素直に嬉しいと思う反面、作られたものだからなという気持ちになってしまう。
「本当のベル?」
エルシオンは首を傾げる。ベルは「ニャんでもニャい」と言って食堂に入った。
食堂は暗く、すでに使用人は休んでいて誰もいなかった。ベルがタクトを振ってランプの一部に火を入れると、いくつかの大きなテーブルや椅子がぼんやり照らされた。
ベルとエルシオンはそのまま厨房まで歩いた。
食器や調理器具が並べられ、綺麗に片付いている。残り物もなさそうだった。
「食材ならあるみたいだが」
引っ掛けられたり床に詰まれたりして置かれている野菜を物色しながらエルシオン。
「作るしかニャいニャ。エル、料理はできる?」
鶏のタマゴを見つけて手に取るベル。
「さっぱりだ。火を使えば家ごと燃え、刃物を使えば机もろとも切れる」
「力のコントロールが上手くいってニャさすぎじゃニャいか? まぁそれニャら座って待っててもらうしかニャいニャ。たいそうニャ物は作れニャいから期待せずに待ってて」
ベルは料理器具に食材を用意して手早く料理をし始めた。一カ月間マンシャムの家で家事手伝いをしていたこともあって、それなりに生活能力が向上していた。腹を満たすためだけに一食作るくらいはできた。
エルシオンは作業台の向かいに椅子を持ってきて座り、ベルの作業をじっと見ていた。
「……ベル。なんでお前はここに身を置くことにしたんだ?」
「急にどうしたの?」
静かなトーンで話し始めたエルシオンに、ベルは半分笑いながら返した。
「いや、こうして見ると普通の娘じゃないかと思ってな。レチェットのように半分狂気じみた女ではなく、お前はこうして料理もできる普通の娘だ。それが何でこんなところにいるのだろうと思っただけだ」
「ギネに連れてこられたからに決まってるでしょ」
タマゴを割り、味付けをして溶きほぐす。
「お前なら逃げられただろう」
「魔王様には逆らえそうもニャい」
「それも逃げられたはずだ。ベルはそれだけの力を持っている」
「買いかぶりすぎだよ」
火を灯して温めたフライパンの上に溶いたタマゴを流し、切った野菜を入れた。
「俺は、一度戦えばそいつの力量が分かる。お前は強いぞ、ベル。マンシャム様や……魔王様にも引けをとらないのではないかと俺は思う」
「あんニャ化け物たちと同じにしてほしくニャいニャ。エルには私がそんニャ化け物に見えているの?」
「そんなところだ。一目見たときから強いとは思ったが、戦ってみて確信した。お前はこの世のものとは思えない程強い」
ベルは「この世のものとは思えニャい程、か」と呟き、できあがったものを皿に移した。
「私はただちょっと魔法が使えるだけの猫娘だよ。さっきエルが言ったように、普通の娘と思ってくれてればいい」
「魔法が使える獣人はお前しかいないぞ」
「それでも私は普通の女の子だよ。……厳めしい鎧を脱いだエルが男前みたいにね」
にこりと笑って皿をエルシオンの前に置いた。綺麗な黄色いオムレツだった。ふわんと湯気が立ち昇り、食欲をそそる匂いがする。
魔法でスプーンを渡すとエルシオンは礼を言ってオムレツを食べ始めた。
「だと良いがな。ベルが魔王様を脅かそうとするのなら、俺はお前を殺さなくてはならない」
自分の分を作るためにエルシオンに背を向けていたベルは、振り返らずに眉を寄せた。
「そういうことは本人を目の前にして言うことじゃニャいと思うニャ」
「分かりきったことだ。隠すものでもなければ隠せる性分でもない」
「そういうところが良いところであり、悪いところでもあると思うニャ。だから女に捨てられるんだよ」
二つ目のオムレツを作り終えたベルが振り返ると、すでにエルシオンのオムレツは跡形もなく消えていた。ベルは唖然とした。
「一瞬で消えた……」
「美味かった。それも食って良いか?」
「いいけど……エル、どのくらい食べるつもりニャの?」
「これならあと二十皿は食える」
「二十皿!? そんニャに作れニャいよ! 過労死させる気!?」
ベルは皿を手渡しした。エルシオンはそれを受け取りながら答えた。
「作れるだけでいい」
作らせるつもりである。
「はぁ。食材がある分だけやるけど、明日にニャってまたアスガープに怒られても知らニャいからね。私は正直にエルが食べたって言うよ」
「正直なのは良いことだ。俺も正直にベルが作ったと言おう」
「それじゃ共倒れだよ!」
エルシオンは声を上げて笑った。廊下にまで響く笑い声を上げるエルシオンにベルは小さなため息を吐いた。
それからベルは魔法を駆使して同じ野菜入りオムレツを食材が尽きるまで作ってやった。エルシオンは本当によく食べ、なんと合計十三皿も平らげたのだった。




