魔王城04
ベルは便利ツールを開いてエルシオンのステータスを見てみた。
(やっぱり)
エルシオンのステータスには抜きんでているものがなかった。攻撃力は高いが、ずば抜けているわけではない。ただ、どれも水準が高かった。どうやらエルシオンは高水準のバランス型のようである。このバランスの良いパラメーターは、ゲーム上での精人の特徴でもあった。
(それに加えて一殺の必殺技持ちだから油断するとやられるんだよなぁ)
ベルはゲーム上で彼が放つ一殺の一発を知っている。やりすぎないように釘を刺してあるが、万一のために近づけさせないのが一番である。
「タフだニャ。諦めたらどう?」
「俺は諦めるという言葉を知らん!」
エルシオンの足が持ち上がる。
「ニャるほど。じゃ、こっちにおいでよ」
「お!?」
ベルがタクトを振るとエルシオンの身体にかかる重力が元通りになった。途端エルシオンは加速し、あっと言う間にベルの目の前にやってきた。
「はっ!」
ビュンッと剣が振り降ろされる。しかしそこにベルの姿は無く、エルシオンはすぐにベルを探して振り返った。
二、三メートル離れたところにベルがいる。エルシオンは再びベルに切りかかっていったが、また気づくとベルから離れたところにいた。
「一瞬でそうと気づかれないよう俺を空間移動させたのか。ギネもよくその手を使う」
「みんな考えることは同じみたいだね」
無知で周りが見えていない敵ならベルが移動していると勘違いしてくれそうなものだが、エルシオンは騙されてくれなかった。力の限り剣を振り回してくる野蛮人かと思っていたが、冷静に考えて戦っているようだとベルは認識を改めた。
「そういうときの解決方法はこれしかない!」
腹の中から出た声が煩くてベルは耳を伏せた。その間にエルシオンは長剣を真上に持ち上げ、腕を伸ばした。
(あ、あれは!?)
そのモーションに覚えがあったベルの背中に鳥肌が立った。尻尾もぶわっと大きくなる。
「にゃっ!? まっ待つにゃ!!」
ベルは慌てて手を振ってエルシオンを止めようとしたが、エルシオンは止まらなかった。
「太陽の剣よ! 我が道を照らす光を放て!」
長剣が煌めき、炎の渦が柄から切っ先まで刃を覆った。
「紅炎!!」
エルシオンが剣を振り下ろした瞬間、爆発したように勢いよく剣から炎があふれ出した。真っ赤な炎は瞬く間に辺り一帯に広がって庭中を舐め、全てを焼き尽くした。エルシオンが立っている場所から扇状に焼け焦げた跡が広がっている。被害は庭の約半分だ。美しかった庭がたった一発で真っ黒な炭になってしまったわけである。
「……やりすぎたか?」
ベンテールを親指で上にずらし、赤い瞳で確認する。
どこにもベルの姿がなかった。
紅炎という技は、瞬く間に全てのものを燃やし尽くしてしまう技だ。炎が通ったと思ったら焦げた跡しか残らず、炎さえも残らない。燃えるものがなくなるからだ。ベルも骨まで焼き尽くしてしまったのかもしれなかった。
「あ、若の姿もない。……まず、い!?」
突然背中に強烈な一発を食らい、エルシオンはたたらを踏んだ。
驚いて振り返ってみると、そこには子魔王を小脇に抱えたベルが立っていた。
「殺す気か!! 危ニャいから本気は出さニャいようにってあれほど言ったのに!!」
エルシオンは赤い目をぱちくりさせてから冷静に呟いた。
「……あぁ、空間移動で別空間に逃げたのか」
「あぁじゃニャいよ! 死ぬかと思った! スカートがちょっと焦げた! 範囲的にまだギネの方が優しかったよ!」
ベルは自由な左手でスカートの裾を指す。確かにベルの言う通り、裾がほんの少し焦げていた。彼女の被害はその程度である。
「大したもんだな猫娘。俺のこの技を食らって生き残られるやつはそういない。すごいじゃないか」
「猫娘はやめて! ベル! 褒められても嬉しくニャい! もう今後一切、エルシオンには頼まニャい!!」
ベルはぷんぷん怒っているが、エルシオンは全く気にせず笑っている。その怒号と笑い声が飛び交う中に、「おい……」というか細い声が混ざった。しかしベルもエルシオンも初めは気づかなかった。
「おい!!」
腹から声を出すとようやく二人は口を閉じ、声の主に注目した。
「いつまで抱えているつもりだ! 降ろせ!」
「あ、ごめんニャ」
ベルは脇に抱えていた子魔王を地面に降ろした。エルシオンが大技を使ってくることを読んだベルは咄嗟に子魔王を抱えて別空間に逃げたのである。
子魔王は服のしわを伸ばし、容姿を整えてから二人を見上げた。
「貴様ら俺をこんな目に遭わせてただですむと思うなよ」
ぎろりと睨む子魔王。なかなか凄みのある顔をしているが、魔王のようになるにはまだまだかかりそうだ。
「はっはっは! 若! 無事で良かった!」
エルシオンが大きな手で子魔王の肩を叩いた。バンッと痛そうな音が鳴り、子魔王は表情を歪めて「貴様は力の加減を覚えろ!」と文句を言った。
「すみません若様。エルシオンには後でちゃんとお仕置きしておきますので怒らないでください」
「俺か! 俺が悪いのか! そうか俺だなっ!」
豪快に笑うエルシオン。ベルはじっとりとエルシオンを見つめ、子魔王もうっとうしそうな顔をして彼を見上げるのだった。
豪快な笑い声の響く焼け焦げた中庭。
それを見渡せる廊下に黒いローブの人物が佇んでいた。
焼け焦げた庭を背景に、天を仰いで笑うエルシオンと呆れた様子で見上げる子魔王。それから猫耳を立て、尻尾でバシバシ宙を叩いて怒っているベル。聞こえはしないが何を話しているかはだいたい予想がついた。
「あらぁ珍しいわねぇ。気になるのぉ? ギネ」
窓から彼らを見ていたギネの背後にレチェットが現れる。レチェットはそのままギネの腕にくっつこうとしたが、ギネは距離を取ってそうはさせなかった。
「つれなぁい」
残念そうな顔をする。ギネは眉を寄せて一瞥しただけで何も言わず、穴を空けて別空間に隠れてしまった。ギネは誰に対してもこうだった。すぐに別空間に逃げてしまうのである。
レチェットは彼が見ていた景色に視線を移した。
「……かぁわいい」
細められた瞳に映るのは、猫耳の魔法使い。彼女はまだ、ここが魔王と呼ばれる男の城であることを知らないのである。
カツン、とヒールの音が廊下にこだました。
二つ目の音は鳴らなかった。




