魔王城03
「は? 何でおれが手伝わなきゃいけないの」
耳をイカ耳にし、両手を合わせてお願いのポーズをとっているベル。ギネは眉を寄せてあからさまに嫌そうな顔をしている。
「お願い! ちょっとでいいの。こういうのは初めが肝心ニャの。初めが上手くいかニャいとニャめられるの。すごいところを見せておけば子どもは尊敬してくれるものだから!」
ベルがギネにお願いしているのは、子魔王に見せるデモンストレーションの手伝いである。
教育係と言っても座学は全てアスガープが担当しており、ベルに割り当てられたのは魔術の技術教師のみであった。
子魔王の予定はこうだ。午前中は座学。昼食の休憩を取ってから音楽やダンスなどの芸事を日替わりで学び、午後のティータイムが終わってから夕食までの間が魔術の訓練。休憩を挟んでいるとはいえ、みっちり時間を管理された英才教育を受けていることを知ったベルは驚いたが、王侯貴族なら当然だという。しかも子魔王は勉学に励む模範的な生徒のようで、謁見の間を出た後、ごく自然にアスガープと共に座学を学びにいった。地位や名誉をほしいままにできるのは良いことだが、それ相応の努力を強いられるのはたまったものじゃないなとベルは少しだけ子魔王に同情したのだった。
もうすぐティータイムが終わる。
ベルはあと何十分もしないうちに魔術の教師としていきなり子魔王の前に立つわけだが、どうしても魔術のデモンストレーションをしたくて相手を探していたのである。
面識があるのはギネしかいなかったのでギネに頼もうとしたのだが、謁見の場から出た後ギネは姿を消してしまい、なかなか見つからなかった。もうすぐで時間、というところでようやく見つけたのである。
「いや。あんたが若様にどう思われようがおれには関係ない。面倒なのはごめんだよ」
しかしギネはこの一点張りである。
「そんニャこと言わずに頼むよ。さっき私を本気で殺そうとしたことは水に流して(ニャがして)あげるから!」
そっぽを向いていたギネがベルを見た。
「魔王様の前でやったあれのこと」
「手は抜かないって言った」
「抜かニャいにしてもあれはひどいよ! 本気で死ぬかと思った!」
「あんたが死んだらそこまでのやつだったってだけで終わり。おれには関係ない」
「ひどいやつだニャ! せっかく許してあげようと思ったのに!」
「許してもらうもなにもない。おれは魔王様に言われてあんたと戦っただけ。レチェットに邪魔されて決着はつかなかったけど」
ベルはにこっと笑った。耳がぴんと立ち、毛が逆立って大きくなっていた尻尾が通常に戻った。
「それじゃ、もう一回やろう! 今度こそ決着つけるの!」
ギネはため息を吐いた。ベルの魂胆は見え見えである。
「いや。やらない。決着なんてどーでもいー。どうしても相手が欲しいなら他のやつに頼めば? レチェットもエルシオンもあんたと腕試ししたいと思うよ」
ギネは足元に穴を空け、どぷんと水にでも浸かるようにして別空間へ姿を消した。
「あっ逃げた!」
ベルは尻尾をうねうねと動かしてギネの消えた場所を睨んだ。もう穴も消えてしまっている。
不思議なことに、魔王城の城内でベルは空間移動魔法を使えなかった。ゲームの中でも使えなかったことを思い出し、ベルは特別な何かの所為で使えないのだろうと解釈していた。
ギネを追うには足を使うしかないのだが、あと十分もしないうちに訓練が始まってしまうので再びギネを探しに行くことはできそうにない。仕方なく、ベルは他の人に相手を頼むことにした。
(むやみに手の内を曝したくないからギネに頼もうと思ったんだけど、仕方ない。相手の力量を知る良い機会だと思おう)
そうしてベルは急いでデモンストレーションの相手を呼びにいった。
魔術訓練の場所は中庭である。指定された時間ギリギリにつくと、すでに子魔王は一人で待機していた。
「逃げたと思ったが来たか。いいだろう。値踏みしてやる」
子魔王は腕を組んでベルを睨みつけた。本当に魔王にそっくりだ。生き写しである。もう少し凄みを得られたら完全に魔王だった。
「それはこちらの台詞です若様。私は貴方がどこまでの闇魔法……魔術を習得しているのか見てから指導をします。でもその前に、若様も私がどういう人物ニャのか気にニャると思ったので自己紹介がてら私の魔術をお見せいたします」
「ふん。そういうことか。そいつはその相手か」
子魔王が視線をベルの後ろへ動かす。
ベルの後ろには銀の鎧の男、エルシオンが立っていた。
「いかにも若。この猫娘が若に実力を見せたいと言うので協力することにした。俺も戦ってみたかったしな!」
鎧の中から快活な男の声がする。ベルは「猫娘はやめてほしい」と不満を述べたが、聞こえていないのかエルシオンは何も答えなかった。
気を取り直してベルは咳払いをした。
「じゃ、ちょっとやってみますね。若様、よろしければ合図をしていただきたいのですが」
「構わんぞ」
「では三、二、一、始めでお願いします」
口調も似ていると悠長なことを考えながら、ベルは辺りを見回して他に人がいないか確認した。さすがに使用人には近づかないよう言い渡してあるのか、近くには誰もいなかった。庭の端の方に黄緑色の頭や茶色い頭が見える程度である。これなら誰かが巻き込まれることもないだろう。
ベルは距離を取ってエルシオンと向かい合った。エルシオンが腰に下げていた長剣を抜いて構える。ベルもタクトを出してエルシオンに向けた。
子魔王はタイミングを見計らってカウントダウンを始めた。
「三、二、一、始め」
エルシオンが地面を蹴り、突進してきた。
ベルはタクトを振った。
「オペグラビティ」
するとエルシオンの足が石畳を割り、地面に食い込んだ。傍から見るとそれだけのように見えるが、実は今エルシオンには通常の十倍もの重力がかかっていた。
「ハハッこいつは随分と重い!」
(普通の人なら立っていられないと思うんだけどな)
エルシオンは笑いながら埋もれた足を持ち上げ、一歩を踏み出す。ベルは再びタクトを振った。
ビシィッ
エルシオンの足元にクレーターができ、上半身が下がる。
「すごいな!」
それでも彼は楽しそうに話しながら歩を進めた。ビシィ、ビシィ、と音を立てながらベルに近づいていく。
ベルは素直に驚いた。鎧の効果もあるかもしれないが、通常の二十倍もの重力に耐えられる肉体を持つエルシオンに。しかも彼は立って歩いて近づいてくるのである。
(さすが四天王エルシオン。ゲームではこの人のタフさと攻撃力の高さに泣きそうになったなぁ)
ゲームの中の四天王エルシオンも彼と同じ、銀の鎧の剣士だった。彼はギネと違って魔王城以外でも姿を見せ、幾度も剣を交えた相手であった。
魔王城以外での彼は大きめの長剣使いだったが、魔王城ではそれを二本扱う双剣使いだった。本気の時は双剣を使うということなのだろう。




