四天王ギネ06
「ちょ、ちょっとタイム!」
手でTの形を作る。しかしギネには伝わらず「タイムって何?」と聞き返されたが、これも無視し、マンシャムの腕を引っ張って後ろを向いた。
「師匠、どういうことニャの!?」
頭を突き合わせ、ギネには聞こえないように小さな声を出す。
「彼の言った通りだ。彼は君を魔王様の元へ連れていくためにここへ来たようだ」
「そんニャことは分かってますよ!」
ベルは少し声を荒げたが、咳払いして声の調子を元に戻した。
「そうじゃニャくて、ニャんで私ニャのかってことです。あのギネってやつは私じゃニャくて師匠に用があったはずでしょう? ニャんでそれが私への用に変わってるんですか!? 師匠、ニャにか知っているでしょう!」
「知っているとも知らないとも言えない。私は魔王様ではないからね」
「分かってますよ! 魔王ってあの魔王ですよね? えっと確か名前がグリーティア……」
「そうだ。君の知っている世界で、この世界を支配していた魔王だろう」
「ニャんたってそんニャ人に目をつけられニャきゃいけニャいんですかっ」
「君が四大精霊魔法や闇魔法、そして光魔法をも使える獣人だからだろう。私だってそんな人物がいたら会いたくなる」
ベルは目を大きくした。
「えっ。ニャんで光魔法のことも……あっ! さては師匠図りましたね~~!! 追い払えって言ってギネと戦わせたのはそういうことですか!」
「ほう。ベルは察しがいいね」
「師匠の鬼~!!」
長い尻尾がバシバシと宙を叩き、耳がイカ耳になっている。ギネはベルとマンシャムが話している間、右へ行ったり左へ行ったり、バシバシ動いたりする尻尾をずっと観察していた。
マンシャムはハハハ、と一笑いしてから一変して真剣な表情をした。
「しかしベル。よく考えてみなさい。君の中のこの世界と、実際のこの世界の食い違いについて。私がその話を聞いたとき口にした意見を覚えているかね?」
マンシャムが真剣な顔をするときは大事な時だ。ベルは素直に思考を巡らせてその時のマンシャムの言葉を探した。
「私の知っている世界は、この世界と似た別の世界かもしれニャいと」
「そうだ。そして私はその時、『魔王が世界を支配していた時代は過去を探してもない』と言った。覚えているかね?」
頷くベル。
「さぁベル。考えてみなさい。君の中のこの世界と実際のこの世界の食い違いについて、もう一つ別の仮説が立たないかね?」
ベルは唇に手を当てて考え始めた。
(デーモンクライの世界と実際のこの世界との違いについての仮説……?)
似ているだけの別世界という仮説の他に、もう一つ。マンシャムが引き合いに出してくれた『魔王が世界を支配していた時代は過去を探してもない』という情報は新しい仮説を導くために必要なものなのだろう。
(世界の理や魔王城の内情は一致しているけれど、魔王には支配されていない世界……。過去を探しても魔王が世界を支配していた時代はない……。けど……)
「そうか、過去じゃニャいニャら未来」
ハッとして口に出すとマンシャムが頷いた。
「君は『時間の経ち方が違う』と言っていたね。君の世界での一年がこちらの世界の何十年にもなるのなら、それもあり得るのではないだろうか」
「さすが師匠。確かにそうかもしれません。私の知っている世界が、この世界の未来……」
口にして、ぞっとして言葉が途切れてしまった。
もし、本当にこの世界が『魔王に支配される前の時代』であるならば、これからこの世界が魔王に支配されるということになる。
ゲームの世界はゲームとしてはありがちな設定だった。極悪非道な魔王が惨殺や虐殺を繰り返し、人々を支配して、圧制で苦しめる。プレイヤーと仲間たちは焼き払われた村を通り過ぎたり、圧制に苦しみ餓える人々を目の当たりにしたり、魔王の部下によって人が殺されたりするのに憤り、耐えながら旅をする。どこにでもあるRPGだ。ゲームの世界ではありきたりだ。
しかし、今ベルのいる世界は紛れもなく現実だ。ゲームではない。実際に見て触れて体感できる現実なのだ。現実にそんなことがこれから起こるなんて考えたくもなかった。
「師匠、ダメですよそんニャの。絶対に現実にしちゃいけません」
ベルは震える声を出した。
「ベル」
マンシャムはベルの肩にそっと手を置いた。
「そう思うなら、見極めなさい。まだそうと決まったわけではない。そして、まだ起こっていないことなら止められるかもしれない。それができるのはたぶん、君しかいないのだ、ベル」
深い青の瞳がじっと見ている。
本当にそうなら、この世界の破滅を止められるのがベルしかいないのなら、あまりにも大きな責任だ。ベルはぎゅっと胸の前で持った杖を抱きしめた。
「……ずっと考えていたんです」
ずっと頭の片隅にはあった。
「どうして私はこの世界に来てしまったんだろうニャって。ニャにか意味があるんじゃニャいかって。もしかしたら、それが使命ニャのかもしれません」
それから死ぬ間際に思った、何か大きなことを成し得たいという願望。全てが線で繋がったような気がした。
ベルは決心した。この世界に来てしまった時に、この世界で生きていくことを決めたように。
「……私にニャにができるのかは分かりませんが、やってみます。その使命が果たせたら、自動的に帰れるかもしれませんし」
来るのが突然だったのだから、帰るのも突然かもしれない。そうでないにしても、魔王の側なら様々な情報が得られそうだった。魔王は間違いなくこの世界の重要人物であり、そのうえもしかしたらベルがこの世界に来てしまった理由になる人物かもしれないのだから。いずれにせよ、これは好機であるように思えた。
ベルが振り返ると、それまでベルの尻尾を観察していたギネが目を上げた。
「待たせたね。私行くよ。連れていってほしい」
耳と尻尾をぴんと立たせて強い意志を持った顔をしているベルに、ギネはじっとりとした目を向けた。
「もともとそのつもりだけど。ま、別にいーけど。じゃ、早速行くよ」
ギネが右手を持ち上げると瞬く間に黒い穴が空いた。ギネはちらとベルを見てからその穴の中に入った。ベルはドキドキする胸を押さえ、二度深呼吸してマンシャムを振り返った。
「師匠! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい。私はずっとここにいるよ」
ベルはにこりと笑い、手を振って穴の中に入っていった。
ベルが入ると穴はすぐに収束して閉じた。
マンシャムはしばらく二人が消えた空間をじっと見つめていた。
この世界にこれから何が起こるのか。それは賢者マンシャムにも分からなかった。しかしこれから彼女に起こることは想像できる。
マンシャムはベルが自分と同じ道を歩まないよう、願うばかりだった。




