四天王ギネ05
マンシャムは立ち上がり、音を忍ばせてベルの寝ているベッドの脇に立った。すると今まで大人しく寝ていたベルが身じろぎし、目をうっすらと開けた。
「……し、しょう……? どうしたんです? 眠れニャいんですか?」
数回金色の目を瞬かせ、ベルは身体を起こした。
「申し訳ない。起こすつもりはなかったんだがね。ただ……少し、君のことを考えていたんだよ、ベル」
「私のこと?」
「そうだ」
マンシャムはベルの隣に腰かけた。
「君は私の弟子となり、短い間で多くのことを会得した。魔法について私から君に教えられることはほとんどないだろう。君は紛れもなく天から授かった才能を持っている」
「そんニャことを言われたのは初めてです」
ベルは少し照れて頬を押さえた。マンシャムは優しく笑い、ベルの足の上に置かれていた片方の手を取った。
「しかしそれは、君が天から監視されていることを示している」
「天の監視?」
ぱちぱちと瞬く。
「そうだ。天からの授かりものを持った者は皆、天に監視される。そのためどこに行っても見つけられ、大きな責任が降りかかり、穏やかに暮らすことはできない。君もすでにそうなっている」
「私もですか?」
マンシャムはこくりと頷いた。
「これから君には様々な困難が待ち受けているだろう。君が想像もしていない困難だ。君はその困難に立ち向かわなければならない。だが、安心しなさい。いつでも私が力になる。もうだめだと思った時、私を頼りなさい。私はもう老いぼれだが、弟子を助けることくらいはできる」
ベルは自分の手を包む、しわくちゃの柔らかい手に右手を重ねた。
「……ありがたいです。マンシャム様に会えて……弟子にしてもらえて良かったです。マンシャム様が師匠で、本当に良かった」
にっこり笑うと、マンシャムはベルの頭を撫でた。するとベルの喉がぐるぐると鳴り、ベルは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「師匠もニャにかあったら言ってくださいね。私では力不足かもしれませんが、全力を尽くします」
「あぁ、そうしよう」
それからマンシャムはさっそく「困ったな」と呟き、手を唇に持っていった。ベルが不思議そうな顔をしてマンシャムを覗き、問いかけると、マンシャムは言った。
「眠れなくなってしまった」
ベルはあははと声に出して笑った。
「私もです。ニャんだか目が覚めてしまいました」
マンシャムはふむ、と頷いた。
「ではこれから回復薬を作ることにしようか」
「えっこれからですか!?」
黒い耳と尻尾がぴんと立った。
「昼に回復薬を作るつもりだったのが少し早まっただけだ。この時間を有意義に使うべきだろう? さ、用意しなさい」
マンシャムはすっと立ち上がって部屋を出ていく。
こんな時間からなんて冗談ではない。昨日も半日回復薬作りで潰れたのに、またこれから作るだなんて、とベルは慌てて呼び止めようとベッドから降り、手を伸ばした。
「にゃっまっ!?」
「二度は言わないよ、ベル」
マンシャムの特技、笑顔の威圧である。
「う~~~! 分かりましたっ! すぐ用意しますッ」
(この鬼師匠め~!)
ベルは心の中で不満を叫びながら部屋の扉を閉め、用意を始めた。マンシャムは扉の外で口角を上げて微笑み、自分も準備をし始めた。
こうして二人は回復薬作りに取りかかり、昼に百本作るはずのものを早朝に百本仕上げたのだった。
瓶に詰めた回復薬を邪魔にならないところに置き、ベルは眠気覚ましに朝日を浴びようと外へ出た。
「ん~~!」
めいっぱい身体を伸ばし、空気を吸い込む。
すがすがしい朝だ。森の中の空気は冷たく澄んでいて、柔らかな光が身体を温めてくれる。たまにはこんな日があっても良いかもしれないと思いながらストレッチをして、家に戻ろうとした。しかし、ベルは気配を感じて立ち止まった。
振り返る。目の前には草原が広がっているだけだが、ちょっとした違和感……何者かの気配があるように思えてならなかった。
耳がくるくる動き、音を拾う。じっと金色の目を凝らし、少しの変化も見逃さないようにする。
バリンッ
「!」
と、突然頭の中に大きな音が響き、宙に黒い穴が空いた。
ベルは咄嗟に杖を出して構えた。
空間から足が伸びてきて、黒いローブの人物が姿を現した。
ギネだった。今回はフードを被っておらず、最初から顔を見せていた。
「また来たのか」
ベルは目を細めた。ギネは顎を引いて上目遣いでベルを見る。
「……できることなら来たくなかったけど、命令だからね」
扉の開く音がしてマンシャムが出てきた。マンシャムはベルが構えていた杖に手を添えて下げさせ、ギネに向かって口を開いた。
「何度来ても私の答えは変わらないと言ったはずだが」
「知ってるよ。今回はあんたに用はない。……用があるのはあんたの方だよ、獣人」
黒い瞳が向けられ、ベルは首を傾げた。
「私?」
「そ。おれにとっては不本意だけど、あんたを連れて来るようにって命令が下ったんだ。だからおれと一緒に来てもらう。これは強制だから、断れないよ」
ベルは右掌をギネに向けた。
「ちょ、ちょっと待ってどういうこと? 私はどこに連れていかれるの?」
「別に今言わなくったってどーせ分かるんだからいいでしょ」
「いいわけニャい! 場所によっては断る!」
「だから断れないんだって」
ギネは呆れたようにため息を吐いた。
「断れニャいってどういうこと!?」
しかしベルは引き下がらない。ギネは眉間にしわを寄せて暴言を吐く準備をしたが、「どこに連れていくのか説明くらいしてあげなさい」とマンシャムが言ったので一旦口を閉じて言葉を整理した。
「……これからあんたを連れていくのはおれの主人……魔王様のところだ」
「ま、魔王!?」
「そ。あんたのことを話したら連れてこいって。言っとくけど、おれへの命令は『連れてこい』だからおれはあんたを連れていくためなら何でもするからね」
ベルは数秒ぽかんと口を開けたまま固まった。ギネは「何その間抜けな顔」と言って怪訝な顔をしたが無視した。




