四天王ギネ03
(これは闇魔法だ。不安を煽るのは闇魔法の一つだ)
闇魔法というものには、直接傷つけるような魔法はない。空間を操ったり相手を操ったり精神状態をいじったり麻痺させたりといった、状態異常を付与させる魔法が主なのである。ゲームの中のギネはこちらに状態異常を付与させたり防御力を下げさせたり様々な闇魔法をかけてきたが、攻撃してくるのは侍らせていた魔物だった。
(恐怖付与の闇魔法なら、この怖さにも説明がつく。それからたぶん真っ暗なのは空間が違うからだ)
空間についての知識はマンシャムが教えてくれた。
ベルが何もないところから物を出したりしまったりするのは、闇魔法で空間を作り出しているからだと。闇魔法は空間を操り、空間を作ったり穴を空けたりすることができるそうだ。
(だったら、私も空間移動すれば……)
ベルは頭の中でイメージを作りあげた。すると不思議なことに、ゆっくりとベルの身体が暗闇に溶けていった。
真っ暗な世界には何の姿も映っていない。
誰もいない。
何もない。
ただ、墨をこぼしたような真っ黒な闇が広がっているだけだ。
「見つけた」
とん、とギネの肩をベルが叩いた。
驚いたギネが振り返ると、にっこり笑ったベルの顔が目に入った。
「あんた魔術も使えるのか……!」
ギネは目を大きくしてベルから距離をとった。
獣人が精霊魔法、それから魔術を使えるなんてギネは聞いたことがなかった。身体の構造、この世界の理としてそれは不可能なはずなのだ。混血であっても、身体は精人、獣人、魔人に分けられる。間なんてない。しかし、あの娘は精霊魔法で火の玉を出し、魔術で空間を移動してみせた。有り得ない。この世界の理から逸脱している。
ギネは何が起こっているか分からず、混乱した。
「使えるよ。何故かは私にも分からニャいから聞かニャいでほしいニャ」
今度は左側から声がした。目を向けるとくすくす笑って尻尾を動かすベルがいた。
「いろいろできるのは便利だし、楽しいからおすすめするよ」
右からも聞こえる。右を向くと、そこにもベルがいた。
「その分修行は大変だけど、やりがいはある」
後ろからだ。振り返るとそこにベルがいるだろうことが分かったのでギネは振り返らなかった。
「こんなこともできるニャんて、本当に魔法はすごいニャ~」
頭の上でベルが浮かんでいる。
右にも左にも後ろにも上にもベルがいる。
それだけではなかった。見渡す限り、ベルがいる。何十、何百と、黒と赤を基調とした可愛らしい服を着た黒猫娘がいる。
黒猫娘はくすくす笑いかけてくる。全員が金色の目をギネに向け、尖った犬歯を露わにして、楽しそうに笑っている。
それが無性に恐ろしくなってきて……。ギネはため息を吐いた。
パチンッ
ギネが右手の指を鳴らすと、空間がねじ曲がって一点に吸い込まれていき、元の森を切り開いた草原と小さな赤い屋根の家のある景色に戻った。
「満足したかニャ?」
数歩先ににこりと笑ったベルが立っている。対戦しようと決めて向かい合った時のままだった。
「……あとちょっとかな」
ギネは小首を傾げ、顎を引いてねめつけるようにベルを見て再び指を鳴らした。
パチンッ
一見何も起こらないように見えた。けれどベルには分かっていた。
近づいてくる。近づいてくる。無数の気配が、森の中からこちらに向かって近づいてくる。
ドドドドドド……
森の中に土煙が上がっているのが見える。小さかった足音が大きくなり、地面を震わせ始めた。
「うわ、すっごいニャー」
ベルは思わず声を漏らした。
ギネの背景に何十、ひょっとしたら百を超える量の魔物がいる。それが全てベルを見て、ベルだけを狙っていた。
ギネは百に近い数字の魔物を同時に、それも遠くから呼び寄せて操ることができるようだ。相当優秀な闇魔法の使い手だとベルは思った。そりゃ魔王城で四天王を勤めるはずだと。
こんな状況だが、ベルは便利ツールを開いてギネのステータスを確認した。思った通り、魔力量が多い。マンシャムよりも多かった。街で盗み見た平均的な人間のステータスと比較すると、魔力量が五倍近かった。ちなみにベルは三倍程度、マンシャムは四倍程度である。
「ねぇ、ちょっと貴方」
ベルが呼ぶとギネは眉を寄せた。
「あの魔物、倒したら片付けるの手伝ってくれニャい? 師匠が帰ってくるまでにここを元通りにしニャいといけニャいんだけど、さすがにあの量は大変だから」
ギネは無表情に見つめるだけで答えなかった。
たぶんここでベルが生きていられると思っていないからだろう。それならきっと、生き残ってもう一度お願いすれば手伝ってくれるはずだと思いながら、ベルは杖を構えた。
「それから、自分の身は自分で守ってね! コスモス・ブラースト!」
「!」
ベルの周りに風がわだかまり、無数の大きな風の刃が発射された。風の刃は凄まじい速さで草原を揺らし、真っ直ぐに魔物たちに飛んでいくと、あっと言う間に彼らの身体をぶつ切りにした。
咄嗟に空間に潜って回避していたギネは、宙に作った黒い穴から顔だけを出し、魔物たちを振り返った。
一匹残らず肉の塊になっている。ものの見事に一掃だ。
ギネは無言でただの肉塊になってしまった魔物たちを見つめ、ため息を吐いて空間から全身を出した。
「……思ったより容赦ないね。どーでもいーけど」
それから踵を返した。
「今日は一旦帰る」
満足したようには見えないが、あっさりと帰っていこうとする。
「ちょ、ちょっと待って!」
ベルの方が慌ててギネを呼び止めた。
「片付けるの手伝ってほしいって言ったじゃニャいか! 約束破るの!?」
「約束なんてした覚えない」
ギネはさっさと歩いていってしまう。意外と足が速い。
「こらー! 師匠に怒られても知らニャいからニャー!! ギネってやつが散らかしていったって言ってやるからニャー!!」
ベルはむっとして叫んだ。するとギネが足を止めた。ベルはおや、と心の中で疑問符を浮かべた。
「……あんた、何でおれの名前知ってるの?」
ギネは目を大きくしてベルを振り返った。ベルは心の中でしまった、と呟いてから、何とか誤魔化そうとした。
「師匠が言ってたの! ギネっていう魔人が来るかもしれニャいとかニャんとか……」
ギネは目を細める。嘘を見透かされているような気がしてベルは内心冷や汗をかきながらも堂々とした態度を崩さなかった。
「あっそ。別にどーでもいーけど……」
ギネは再び歩み始めた。
しかし一歩進んで立ち止まり、何故かまた振り返った。
「……」
パチンッ
ギネが指を鳴らすと、塀のように転がっていた魔物の死体がぎゅっと凝縮され、そのまま歪んだ空間の中に消えてしまった。
「あ、ありがと」
ベルは礼を言ったが、ギネに聞こえたのかは分からなかった。彼は振り返ることなく、また足を止めることもなく、ぽっかりと開いた黒い空間の中に入って姿を消してしまったからだ。




