四天王ギネ01
時は穏やかに流れていた。
生死を彷徨い、光魔法を習得してからもう一カ月は経つ。
あの日、疲れきって眠ったベルは、しかしながら次の日には目を覚ました。マンシャムは三日ぐらい眠り続けるだろうと思っていたらしいのだが、そこは獣人の再生能力に感謝というところだった。
目覚めてからは本格的に光魔法の修行と、併せて魔法の原理の講座が始まった。魔法の原理の講座は大変興味深く、ベルは様々なことを覚えていった。光魔法は他の魔法とは違って一からの修行だったが、ゲームでどんなことができるのか把握していたベルは習得も早かった。
「魔法には想像力が最も重要なのだ。ベルは想像力が豊かなのだな」
教えた傍から次々と技を習得していくベルに、マンシャムは柔和に微笑んでそう言った。それから真剣な顔つきでこうも言った。
「光魔法は傷を治したり結界を張ったりすることはできるが、死者を蘇らせたり病気を治すことはできない。光魔法にできることは少ないのだ。しかし、大いに役立つ魔法であることは確かだ。そのため重宝され、利用され、時には命さえも狙われる。ベル。君はこれから多くの人に敬われるだろう。しかし己を過信してはいけない。君のできることは少ないのだ。それから邪なことを考える者たちに利用されそうになることもあるだろう。人を疑いなさい。どんなに優しい人も疑いなさい。そして賢くありなさい。損益を必ず考え、判断するように。それから自分の命を大切になさい。治せるからといって決して無茶はしてはいけないし、させてもならない」
ずっしりと重たい忠告だった。
頷いて答えるとマンシャムはにっこり笑って頭を撫でてくれた。
きっとマンシャムは想像もできないくらい辛く悲しい目に遭い、そしてそれを乗り越えてきたのだろうとベルは思った。語ってくれたことは全て自分に言い聞かせていることなのだろう。
過信するな。自分のできることは少ない。優しい人でも疑え。賢く損益を考えて判断しろ。自分の命を大切にせよ。無茶はしてもさせてもいけない。
過信したことがあったのだろう。けれど己の無力を実感した。優しい人に騙されたことがあったのだろう。それから必ず損益を考えるようになった。自分の命も顧みずに行動して無茶なことをしたしさせてしまったのだろう。
マンシャムの人生を思うと込み上げてくるものがあった。
「……師匠はとても強いですね。尊敬します」
ベルが思ったことを絞り出すと、マンシャムは首を振った。
「私はまだまだだ。この世界には、私よりも強い者がたくさんいる。心、技、体。私はそのうちのどれもまだまだ未熟だよ」
この世界随一の魔法使い。唯一光魔法が使えて、賢者とまで言われている人間がそう言った。それはたぶん、謙遜でもなんでもない、彼が心の底から思っていることなのだろう。
「……私も、師匠のように他人を尊敬し、いつまでも成長していけるようニャ人間にニャりたいです」
「ありがとう。ベルなら私よりもはるかに優れた存在になれるだろう。自慢じゃないが、私は人を見る目があるのだ。君は私が見てきた数多の人間の中でも、優れた技と強く素直な心を持った人間だよ」
賢者マンシャムにそう言ってもらえたことが嬉しくてベルは素直に礼を返した。
「さて。薬の調子はどうかな?」
「上々です。試してみますか?」
ベルは掻き回していた鍋の中身をお玉で掬い上げ、マンシャムに見せた。
桃色の液体である。マンシャムは鍋の中身とお玉の中身を覗き込み、ふむふむと頷いた。
「試す必要はなさそうだ。素晴らしい出来だよ。やはり君は飲み込みが早いねベル」
「恐れ入ります。それじゃ、瓶に詰めていきますね」
ベルは火を消し、脇に置いてあった小瓶を持ってその中に液体を注いでいった。
ベルが作っているのは傷を癒す薬、いわゆる回復薬である。薬草から作られるもので、光魔法を込めてあるので効き目は抜群だ。とはいっても光魔法のように一瞬で傷が治るわけでもなければ、消費期限も一週間程度といったゲームとは随分仕様が変わったものであった。物に光魔法を込め、それを持続させるのは随分と難しく、マンシャムでさえ傷の修復を早める程度、期限は二週間といったところが限界らしい。
よくよく考えてみれば、薬で傷が一瞬で治っていたら悪用されるだろうし、相当高価なものになるはずだとベルは思った。薬一つで世界のバランスが崩れてしまう。この光魔法の込められた回復薬でさえ、ほとんど王侯貴族にしか出回らない大変高価なものらしいのでそれくらいがちょうど良いのかもしれなかった。こういうところはやはり、ゲームと現実世界の違いの一つなのだろうなとベルは思った。
「師匠、詰め終わりました」
数にしてぴったり百。ベルはそれをまとめて木箱に入れた。
「ありがとう。ベルが来てくれて本当に助かる。いつもは老体に鞭を打って一人でやっていたのだ」
マンシャムはローブをはおりながら笑った。これからマンシャムはこの回復薬を売りに街へ出る。
こうして回復薬を作って王侯貴族に売りに出して金を稼いでいるそうだ。金が欲しければもっと作れば良いし、むしろ納品元は腐るほど欲しいらしく強請られるらしいのだが、マンシャムは月に一日百本を九日しかつくらない。つまり、九百本である。その九百本を各国に均等に分配して売るのだそうだ。
「それでは行ってくる。留守を任せたよ。いつも言っていることだが、誰か来たら追い払ってほしい。その際は魔法を使ってこの辺り一帯を破壊してくれて構わないよ。なるべくこの場所には立ち入ってほしくないので追い払うのが優先だ」
「はい、そのようにします。気をつけて行ってきてください、師匠」
ベルが笑いながら言うとマンシャムは優しく微笑んで扉を開け、風と共に消えた。
「ふぅ」
ベルはマンシャムが開けっ放しにしていった扉を閉めて椅子に腰を下ろした。肩の疲れをほぐすためにぐるぐる回す。
回復薬を作るのは思ったより疲れる。
便利ツールを出して確認してみると、体力が三分の一減っていて、魔力が半分くらいになっていた。たった百本作るだけでこれだけ消費するのだから、少ししか納品できないのも頷ける。
(本当は毎回納品にもついていきたいけど、師匠は留守番をしてほしいって言うし……もう少し慣れてからかな)
すでに街には降りてみたことがある。食料の買い出しについて行ったのだ。
街並みは想像通り中世ヨーロッパ。生活水準は低すぎるわけでもなければ高いわけでもなく、平和で平凡だった。いろいろな人に話を聞いて情報を得ようとしてみたが、大した情報は得られなかった。もっとこの世界について詳しい情報を得るには、この世界の重役である大物に会わねばならないのかもしれない。
(とはいえいきなりどっかのお偉いさんのところへ突撃するわけにもいかないし、そもそも師匠が何も知らないのに他の人が何かを知っているとも思えないなぁ。それに師匠みたいに優しい人じゃないかもしれないし……。どんな人でも疑って損益を考えろっていうのはその通りだよなぁ)
一度死にかけたことでこの世界が現実みを増し、ベルは慎重になっていた。
特別な存在というのは目を引きやすく、それでいて悪用されやすい。この世界では光魔法を使えるだけで重宝される。しかもベルは光魔法を使えるだけでなく、四大精霊魔法も闇魔法も身体強化スキルも使えるのである。これからは能力を隠し、慎重に動いた方が良いかもしれなかった。
(あれ、この感じ)
そんなことを考えながら椅子で休憩していると、妙な感覚がしたのに気づいた。何か、薄い膜が破られたような感覚だ。この感覚は初めてこの家にやってきたときに感じたものと同じだった。ということは、結界が破られたということである。




