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伯爵令嬢エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートの平凡な日々  作者: 堂道形人
弁護士クロヴィス・クラピソン

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弁護士クロヴィス・クラピソン 第二十四話

 スリテア村から五キロメートル程離れた丘の上。

 古代帝国時代、ここには大きな城が築かれていたという。しかし現在では当時の城の床の敷石の一部しか残されていない。全ての構造物は近世までに石材として全て持ち去られたらしい。


 蒸気自動車はそこに停車していた。

 周囲には全く民家は無い。この丘は水利が悪く、今ではただの牧草地としてしか使われていなかった。


「改めて申し上げるが、私だって不本意だ! こんな事はしたくなかった。貴殿のやり方は悪徳貴族としても杜撰ずさん過ぎる……何故、示談の提示に訪れただけの弁護士を痛めつけようとしたり、翌日にはわざと自分の息のかかった判事補を近づけて罠に掛けようとまでするのだ。貴殿はいつもそのようにしているのか!」


 クロヴィスは男爵に迫る。彼はナッシュから押し付けられた拳銃をもう返してしまっていたので、武器などは何も手にしていない。

 それでもこんな所まで連れて来られ、四人の若い()に囲まれたバイヤール男爵は酷く怯えていた。


「待ってくれ……その判事補というのは一体」


「カトラスブルグのワーデン判事補だ」


「か、彼は確かに古い顔見知りだが、最近は会って居なかった」


「貴方は彼が計画通り私をここまで連れて来た後、丘の上の家に避難した事は知らないと主張するのだな?」


 トーマスは険しい表情で腕組みをしている。オーバンは警杖に両手を預け仁王立ちの構えで男爵を見つめていた。

 ナッシュだけははあまり興味が無さそうに、だいぶ無理をさせた蒸気自動車のあちこちを点検していた。


「それで……ただ示談を申し入れに来た弁護士を痛めつける為に大勢のならず者を集める金はあっても、怪我をさせた少年に払う金は無いと? 私には全く訳が解らん。まさかそれが貴様達古い貴族の誇りとやらなのか」


 男爵は黙り込む。クロヴィスの肩は怒りに震え出す。


「それとも……そんなにも歯向かう平民が憎いとでも言うのか……」

「そ……それはこっちの台詞だ……」


 男爵は低い岩に座り込み片膝を抱えていたが、震える声で反論する。


「お前達こそ、いつまで貴族を憎む気だッ……!」

「何だと……?」


 男爵は顔を上げ、クロヴィスを見上げる。


「だってそうだろう! 示談!? お前は私にいくら請求するつもりだった!? 数百万か!? 数千万か!?」


 男爵は立ち上がり、右手の指を大きく開き、左手の指を三本立てて、クロヴィスにかざす。


「いいか! バイヤール家は五百年続く由緒ある男爵家だ! 我が男爵領は三千ヘクタール! 最盛期の半分以下だが決してただの貧しい田舎紳士などではない……そうだろう!?」


 男爵家の当主、パトリス・バイヤールはそう言ってクロヴィスに向かい合い、胸を張る。

 クロヴィスは男爵の変化に気付き、少し困惑し始めていた。


「おいおい、そうだと言ってくれなきゃ困る。ハハハハ……三千ヘクタールだぞ……近所のストーンハートは三万ヘクタールらしいがな……おい弁護士。もしストーンハートの当主が乗った馬車が子供をねたらどうする? 私への請求の十倍請求するんだろう?」


「……そのような事は無い」


「嘘をつけ!」


 男爵はクロヴィスに詰め寄る。トーマスはそれを止めようかともしたが、クロヴィスに視線で制止される。とはいえそのクロヴィスも、状況に困惑していた。


「知っているぞ! 被告が貴族なら弁護士は途方もない金額を請求するし、実際の裁判ではそれが通ってしまうのだと! 今はそういう時代なんだと……新聞にも雑誌にも、そんな判例がしょっちゅう乗っているではないか!」

「それは誤解だし言い掛かりだ! 少なくとも我が国ではそんな判例はほぼ無い、新聞に載っているのは要求した段階の金額や、遠い異国での馬鹿げた極端な判例のニュースであって、真実であるかどうかも確認されていない、あれは新聞社が新聞をたくさん売る為の……」

「信用出来ない! 貴様らのようなレアルから来た人間など信用出来るものか!」


 バイヤール男爵は自分の髪の毛を掻き毟りながら叫ぶ。その様子は、決して演技でも嫌がらせでもないようだった。


「先生、金額を言った方が早いぜ」


 ナッシュが、アクセルターンの時にえぐれ、よじれてしまった車輪のゴムを直しながらつぶやく。

 クロヴィスは深い溜息をつき、うなずく。


「パトリス・バイヤール殿。私はバイヤール家の馬車に轢かれて負傷したマルコ・シメオン及び、彼の休業により損害を被るアサン鉄工所の代理人として貴方に示談を申し入れる。請求額はマルコの二か月分の医療費と休業損害として六百フラム、そして事故時のバイヤール家の当事者達の態度には反省も思いやりもなくむしろ大変に傲慢であった為、慰謝料として三千フラム。またアサン鉄工所がマルコの休業によって受ける損害賠償として六百フラム。以上を要求する」


 クロヴィスはそこまで一気に言って、クロヴィスの返事を待つ。


「ふふ、ふ、ふ……クククク……」

「何がおかしい。私の要求は四千二百フラム、あのならず者共を一か月養うのより安いぐらいだろう」



 バイヤール男爵は、膝から崩れ落ちる。両手で顔を覆い、慟哭どうこくする。


「そんな金が……急に払えるものか……三千ヘクタールの領地? 私は何度も……何度も返納を申し出ているのだ……もうやめさせてくれと……これらの地主は税制上の理由で土地を私の名義にしているに過ぎず、その税に苦しんでいるのが私だ……この村には小麦以外の産物は殆ど無い。小麦は植民地や新世界からの輸入で値段は下がる一方……私に出来る事は、ただ自分の畑の小麦を一生懸命作る事ぐらいだった! 男爵家の名誉に賭けて申し上げる! 金などもう無い! あるのは借金だけだ!」


 そこへナッシュが、自動車をいじるのをやめ、油まみれになった手を手ぬぐいで拭きながら近づいて来る。


「じゃああのごろつき共は何なんだ? あんたが貧乏男爵なら、あいつらは何であんたの為に集まるんだ」


 ナッシュは自分達が来た背後の道を指差す。

 男爵はこの上なく目を見開く。


「みんな同じなのさ……時代の変化について行けず、田舎の村でただ神に祈って生きて来たんだ……あのごろつき共だって!? あれがバイヤール騎士団の末裔だ!! 東から押し寄せる蛮族共を、南から押し寄せる高慢ちき共を打ちのめし、ロマールの森の女達を守り抜いた誇り高き一族の!! なれの果てだ……」



 これにはクロヴィスも、半歩後ずさり、息を飲んだ。


「私だって何度も言っているし、そう出来る者は皆そうした……父の代、祖父の代、もっと前からそうしている、騎士の時代など遠い昔に終わっている、もうバイヤール家に義理立てする理由は無い、皆も時代の変化について行くべく、この地を離れろと。だけど……そう出来ない者も居るのだ……」


「彼らが、貴方を頼っている、或いは……貴方から搾取していると?」


 クロヴィスの問いに、男爵は眉間に皺を寄せ眉はハの字にゆがめて反論しようとするが……唇が震えるだけで、言葉が出て来ない。

 そこに口を開いたのは、意外にもオーバンだった。


「恐らく違うだろう。バイヤール家の為に戦う事、主君の危機の時には全てを置いて駆けつける事、その誇りが彼等の最後の財産であり、心の拠り所なのだ。男はパンと肉だけで生きている訳ではないからな」


 そのオーバンに、ナッシュが反論する。


「そんな下らねえ拠り所抱えて犯罪者になるのの何が財産で誇りだよ。おまけにまともな銃は一丁だけ、あとは農家の納屋にあるような物ばかり、あれじゃ山賊以下だぜ、あんな有様で騎士団ごっことは片腹痛ぇ」

「ナッシュ君! 君には解らんのだろうがそれは侮辱が過ぎる!」

「何だこの野郎文句あんのか」

「二人とも! つまらん喧嘩はやめたまえ! 全く君達は相性がいいのか悪いのか解らん」


 睨みあうオーバンとナッシュの間に、トーマスが割って入る。


「あれがバイヤール騎士団だっていうなら、もうちょっと立派にしてやればいいじゃねえか、それが出来ないならとっとと解散しろよ」ナッシュ。

「男爵は解散したいと言っているし、転身出来る者は既にそうしたのだ。今居るのはもう騎士団の誇り以外何も持ってない者達だ。そうだろう?」オーバン。


 クロヴィスは懐から、一度火口(ほくち)を潰して消してい紙巻き煙草を取り出して口にくわえる。


「バイヤール殿。貴方や貴方の……騎士団の面々がレアルの人間を憎む理由を聞かせては貰えないか。過去に詐欺にでもあったのだろうか」


「発電所を作るから、送電施設を作るから、道路を舗装するから……色んな投資話に、何度騙されたかもう解らん……方々で……先祖が守って来た森を切り開き、畑を潰した。金も使った。しかし送電線がスリテア村を通過する事で得られる配当は雀の涙で、ただで電気が使えるという約束は……最初からそんな物は無かったと笑われた……」


「……貴方がレアルの弁護士だと名乗った時から、彼等はまたかと思ったのかもしれないね」


 マッチ箱が空だったので煙草を諦めようとしていたクロヴィスにオーバンが近づき、ライターの火を貸す。


「ありがとう……そうか……色々と納得は出来たが、気分は最悪だ」


 クロヴィスは浅く、煙草を一息吸う。


「もっとも、話はまだ謎だらけだ。何故君達は私を助けてくれた? 君達のおかげで私も死なずに済んだし、男爵もあの騎士団(・・・)も余計に負う罪を最小限に抑える事が出来たのだと思うのだが」

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