表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伯爵令嬢エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートの平凡な日々  作者: 堂道形人
弁護士クロヴィス・クラピソン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/93

弁護士クロヴィス・クラピソン 第二十三話

 蒸気自動車が、男達が走り去り。門前は一時静かになる。


 館の向かいの樹の上に避難していた雀が二羽、屋敷の跳ね上げ橋の前に戻って来て、そこにほんの少し散らばっていたあわの実をついばみだす。


 蒸気自動車の音が、すっかり遠ざかった後。

 橋の向こうの石煉瓦作りの門櫓の陰から、一人の男が顔を出す。あばたの多い背の低い男で、少し痩せている。着ている服はかつては立派だったジュストコールのようだが、その生地はかなりくたびれていて、肘などはツルツルのテカテカである。

 男は恐る恐る、蒸気自動車が走り去った方向を見つめていたが。やがて深い溜息をつき、ふらふらと跳ね橋を渡り出す。


 二羽の雀は顔を上げる。


 男はさらに歩調を緩めて雀に近づく。雀はぴょん、ぴょんと、二歩、三歩ばかり飛び退くが、それ以上は逃げなかった。


 男はヒキガエルのような口を広げ、ニンマリと笑う。


「ああ……もう餌が無いね……」


 男は懐から小さな巾着を取り出す。絹織りの良い物のようだが、小銭入れにしても小さ過ぎるように見える。

 男がそれを掌の上で逆さに振ると、粟の実が一つまみばかりこぼれる。


「さあさ……お食べ……」


 男は掌を返し、粟の実を地面に撒き、三歩下がる。

 二羽の雀はぴょん、ぴょんと跳ねて来て、再びその実を啄ばみだす。

 男はその様子を微笑みながら見つめていた。



―― ……ババババ ババババ……



 どこかから、自動車の音が聞こえて来る……だがそれは、先程の蒸気自動車が走り去ったのと反対側だった。

 雀達が顔を上げる。

 石を積んだ低い塀と、幅三メートルの水濠すいごうが連なる、バイヤール家の館の前の道へ……曲がり角を横滑りして、横転しそうに片輪を浮かせて曲がりながら……一台の蒸気自動車が現れる。しかしそれは先程と同じ方向からだ。あの車はさっき同じ所から現れ、反対側に走り去ったはずでは?

 それにあの車はあんなに速くなかった。バイヤール家に仕える男達が全力で走れば追いつける程だったはず。


 雀達が飛び去る。


 小柄で少し痩せた男、パトリス・バイヤール男爵は、ようやく自分に迫る危険の種類に気づいた。あの蒸気自動車は本当はもっと速く走れたのだ。

 その蒸気自動車が粉塵を巻き上げながら、館の前の道をこちらに爆走して来る。それを追い掛けていた男達の姿はもう見えない。どこかに置き去りにされたのだ。


「ひ、ひいいっ!?」


 バイヤール男爵は三メートルの水濠にかかる跳ね橋を、屋敷の方へと駆け戻る。


―― ババババ ババババ


「ぬおおお!」


 男爵は跳ね橋を巻き上げる為のウインチに飛びつく。しかし、片方の鎖が切れたまま放置された古びたその仕掛けは、男爵がちょっとやそっと力を入れたぐらいではビクともしなかった。


―― ババババババババ!! ズザザザザザァァ!!


 そこに。四人の()を乗せた蒸気自動車は現れた。跳ね橋の正面まで来て激しく横滑りし横転しそうに片輪を浮かせて曲がりながら……そのまま館へと突っ込んで来る!


「ぬわああ!」


 男爵は跳ね橋を諦め館の中庭へと走る。しかし蒸気自動車はズルズルと後輪を引き摺るように蛇行しながら突っ込んで来た。


―― ババババハ゛ハ゛ハ゛ハ゛!!


 逃げ惑う男爵の後ろから、自動車の後部荷台にしがみついていたナッシュ(エレーヌ)の魔の手が伸びる。


「来いッ!!」

「どわああ!」


 ナッシュ(エレーヌ)の手は男爵のジュストコールの後ろ襟を掴むが、男爵は転倒して抵抗する。蒸気自動車は通過し、自分も転倒しそうになったナッシュ(エレーヌ)は手を離す。


「ひいいっ!?」


 男爵は急いで立ち上がり辺りを見回す。門櫓だ、門櫓の中に逃げ込めれば。そう思ったのだが門櫓の入り口の辺りでは、蒸気自動車から飛び降りた別の、インバネスコート姿の()が膝立ちから立ち上がろうとしていた。オーバン(サリエル)である。

 中庭や館の方へ逃げようにも、今そちらには突っ込んで来た蒸気自動車が居て、トーマスの操縦でアクセルターンをかまそうとしている。

 勿論、男爵は男達の名前は知らなかったが……


「ま、待てっ!? お前達は何なんだ!? 本当に弁護士かっ!!」


 男爵は目を見開いてそう叫ぶ。

 蒸気自動車の助手席の男……クロヴィスが、半ば立ち上がりながらそれに応じる。


「誠に、不本意だッ……! しかし判事補まで買収済みで役に立たないというのなら、法の正義を執行する為、多少の違法行為に手を染めるのは……いや、やはりこんな事は駄目だ」

「おい!? ここまで来てまだそんな事言ってんのかよ! 俺達は今日何回死に掛けた!?」


 荷台にしがみついていたナッシュ(エレーヌ)は声を荒らげるが、それより早く、クロヴィスは座席から飛び降り、バイヤール男爵の元へと駆け寄る。


「ききっ、君は正義の弁護士だろう!? 正義の弁護士が何故こんなッ!?」

「法は正義だが弁護士は別に正義ではなく、駄目な物は駄目だが今は関係無い!」


 クロヴィスは苦渋に顔を歪めつつ、バイヤール男爵に拳銃をつきつける。

 それでも男爵は逃げようと立ち上がるが、その時には荷台から飛び降りて来たナッシュ(エレーヌ)との間に挟みうちにされていた。


「ひ、ひいっ!? 誰か! 誰かー!」


 小柄な男爵は叫ぶが、両側からクロヴィスとナッシュ(エレーヌ)に抱えられ、持ち上げられてしまう。トーマスは自動車のターンを終え一気に近づく。


「早く! 早く乗れ! オーバン(サリエル)、君も……どこへ行く!」

「いいから急げ! 奴等が追いついて来るぞ!」


 トーマスは叫ぶ。オーバン(サリエル)はクロヴィスとナッシュ(エレーヌ)が男爵を捕獲するのを確認すると、跳ね橋を掛け渡って行った。


「は、離せ! 離してくれ!」


 クロヴィスとナッシュ(エレーヌ)により、男爵は蒸気自動車の荷台の上に引き摺りあげられて行く。


「トーマス、代わってくれ!」

「ああ、解った」


 ナッシュ(エレーヌ)はトーマスに代わり運転席に座り、トーマスはクロヴィスと共に男爵を抑えつける。


「脱出するぞ、オーバン(サリエル)!」


 ナッシュ(エレーヌ)は叫びながら蒸気自動車を再び発進させるが。


「待て! 今片付ける!」


 跳ね橋の向こう側に立っていたオーバン(サリエル)が叫ぶのと同時に。蒸気自動車に振り切られながらも、館一周の道を駆け通して来たバイヤール家の手下の先頭が跳ね橋の入り口に現れた。


「だ……男爵様ッ!」


 先頭の、ナイフを手にした男は叫びながらまずそこに居たオーバン(サリエル)に突きかかるが、オーバン(サリエル)は杖でその攻撃を受け流しつつ男の懐に入るや、脇腹から男を抱え上げ、


「ぐわっ……あああ!?」


 水濠の中へと投げ落とす。

 そこへさらに、二番目、三番目、四番目の男が追いついて来る。


「うおおお!」「男爵の……為にッ!」「うらあああ!」


 鋸刃の短剣、革巻き棍棒、弾切れの短銃で男達は一斉にオーバン(サリエル)に殴りかかるが、駆け通して来た男達の足元がおぼつかなかった事もあり、またオーバン(サリエル)が十分な杖術の達人だった事もあって。


「ぐぁはっ!?」


 ある者は杖の先で鳩尾みぞおちを突かれ、


「ぐえっ!!」


 ある者は杖の柄で脇腹から二つ折りにされ、


「えっ……」


 またある者は強かに側頭部を打たれ、三人三様に個別撃破されうずくまり、転がる。


「今だ、早く!!」


 オーバン(サリエル)が確保した退路目掛け、ナッシュ(エレーヌ)が運転する蒸気自動車は突っ込む。

 まだ遠くから走って来る男達は居たが、もう間に合いそうな者は居なかった。


オーバン(サリエル)、君も早く!」


 クロヴィスは男爵を抑えながら空いた手を伸ばす。オーバン(サリエル)は蒸気自動車を斜め後ろから追い掛けながら、クロヴィスの手を掴む。


「それっ!!」


 クロヴィスの手に一気に引き上げられ、オーバン(サリエル)も蒸気自動車の助手席に飛び乗った。


「助けて! 助けてくれェーッ!!」

「男爵! 騒ぐと落ちるし落ちた方が危ないぜ!!」


 ナッシュ(エレーヌ)は一気に蒸気を送り、自動車を加速させる。


―― ギュギュギュギュギュギュ!! ドドドドドドドド!!



 カーテンや鎧戸の向こうで村人達が恐る恐る見守る中、スリテアのバイヤール男爵は、蒸気自動車に乗った四人組の男に略取されて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ