弁護士クロヴィス・クラピソン 第二十二話
「待て、私は銃はあまり好きでは……」
「言ってる場合か! 囲まれるぞ、早く!」
ナッシュは拳銃の片方をクロヴィスに押し付けると、路地の反対側へ走る。
「来たぞ!」「てめええ!」
バイヤール家の手下は後ろから追って来る者の他にまだ居た。二人の男が、路地の反対側の出口に大きな鉈と手斧を持って現れる……しかしそれは一瞬だった。
―― ババババババババ!! ドン! バキッ!
「ぎゃふわあ!?」「ぐふっ!!」
路地の向こうを疾走して来た蒸気自動車が、男達の目の前でドリフトターンをかまし、車体の横っ腹で男を弾き飛ばす。もう一人は間一髪車体の直撃を逃れたが、右座席に乗っていたオーバンの一撃を側頭部に食らい、仰け反って倒れる。
「そこまでだ! レアル警視庁のオーブリーだ、全員動くな!」
オーバンは座席から飛び降りながら、ナッシュを含めた騒ぎを起こしている者達全員を見渡すように、四尺の鉄の警杖を片手で振りかざす。
「レ……レアルの警察が、何故……」
ナッシュの後ろから殺到しようとしていた十数人の男達の一人が、唖然として呟く。
オーバンは左手でインバネス・コートの懐から捜査令状らしき物を引っ張り出し、男達に突き付ける。
「貴族が絡むと田舎の警察は仕事をしないからな。もうすぐ二十世紀だというのに嘆かわしい事だ。お前達には後で事情を聞くので、大人しく家に帰れ! さてクラピソン弁護士というのは君か? 乗るがいい、バイヤール男爵の所に行こう」
ナッシュは拳銃を持ったまま両手を軽く上げていた。
クロヴィスも手にしていた拳銃を指先で回し、銃身の方を掴む。
バイヤール家の手下達も焦りや怒りの表情を浮かべながら、武器を下ろして行く。
その瞬間。
「ここは……俺達の村だ!」
混乱し、逆上した手下の一人が、警察だと言っているオーバンに、持っていた軍用ライフルの銃身を再び向けた。
―― ドォン!!
口径の大きな、一世代前の軍用ライフルが火を吹いた……しかしその銃身はナッシュの拳銃を持った側の手で押し下げられていた。地面に向けて発射されたライフルの台尻が、反動で男の顎をかち上げる。
「ぐふっ……!」
次の一瞬。クロヴィスとナッシュの視線が交錯する。
クロヴィスは少し期待していた。レアルの警察官が来たのなら、もう大丈夫ではないかと思っていた。しかしその期待は今裏切られた。
ナッシュは焦っていた。まさか警察だと言っているのに発砲されるとは思っていなかった。勿論、本物の警察ではないのだが。
運転席のトマは活路を探していた。こちらは初めから警察のフリは通じないかもしれないと思っていた。警察が来たにしては人数が少な過ぎると。
そしてバイヤール家の手下達は揺れていた。彼等も皆、レアルの警察に逆らうのはまずいと思っていたが、もう仲間の一人が撃ってしまったのだ。それならば……
「黙らせちまえ!」
そこにそう叫んだのは、先程オーバンの一撃を食らって転倒した男だった。男は打たれた所を抑えながら、目を血走らせ、斧を杖にして立ち上がる。
オーバンは努めて冷静に、クロヴィスに向かって言った。
「早く。乗れ」
今立ち上がった男が、斧を振り上げオーバンに襲い掛かる。ナッシュは慌てて銃口をそちらに向けるが、オーバンの杖術の技量は男の力を大きく上回っていた。
「ぐあっ!?」
オーバンの警杖で突き上げるように顎を打たれた男は、一回転して倒れる。
「うおおおおおおお!!」
それを合図にしたように、バイヤール家の男達は一斉に武器を掲げた。古いパーカッション銃が、銃身の長い散弾銃が、クロヴィスに、ナッシュに向けられる……
―― ドドン!
二つの銃声がほぼ同時に重なる。クロヴィスもナッシュと共に引き金を引いていた。
―― ドォン!
散弾銃が火を噴く。しかしその銃口はもう脇の土塀の方を向いていた。ばらばらと土煙が舞い、続いてどさりと、散弾銃の落ちる音が響く。
クロヴィスとナッシュは射撃の結果を見るよりも、自動車の方へ突進していた。
―― ドン!
続いてパーカッション銃が火を噴く。帽子が飛びそうになったナッシュは、それを手で押さえて走る。
「先に行け!」
オーバンが警杖を構えて叫ぶ。クロヴィスとナッシュは言われた通りオーバンとそのまますれ違い、蒸気自動車へと飛び乗る。
「どきやがれ!」
真っ先にやって来たバイヤール家の男が突き出す幅広剣を、オーバンは斜め前に踏み込んでかわし、身を捻る。その警杖は男の鳩尾に深く食い込み、男を二つに折り曲げていた。
「ぐああっ!?」
オーバンは続いて殺到する他の男達を警杖で威圧する。苦悶の声も上げず地面に崩れ落ちた仲間を見て、男達は一瞬たじろいで足を止めた。
「ええい、囲んで倒せ!」
男達はオーバンを挟み撃ちにしようと動き回るが、オーバンは巧みなステップでそれを逃れながら男達を威嚇し、道を塞ぐ。
「オーバン、来い!」
ナッシュが叫ぶ。クロヴィスとナッシュはもう蒸気自動車の後ろにしがみついていた。
トマはゆっくりと自動車を発進させる。
オーバンはもう一頻り警杖を振りかざし男達と間合いを取ると、走り出した自動車を追い掛ける。
「待ちやがれ!!」
バイヤール家の男達は武器を振りかざしてそれを追うが……
―― ドン! ドン!
クロヴィスとナッシュの拳銃での威嚇射撃が男達を怯ませる間に、オーバンは蒸気自動車に追いつき、その助手席に飛び乗った。
しかし。そのまま一気に逃げ切るかと思われた蒸気自動車だったが、四人も乗っているせいか、どこか調子が悪いのか、あまりスピードが出ない。
その為、バイヤール家の男達の中でも足の速い者は追いついてしまう。
「止まりやがれ!」
「こんなもん、ぶっこわして……」
ナイフを持った男が、小さな棍棒を持った男が車に飛びつき、捕まる。
そこで車が大きく、右に曲がる。
「うおおお!?」「畜生!」
男達は振り落とされないよう必死に捕まる。それはクロヴィスとナッシュも一緒だった。
助手席のオーバンは気が気ではなかった。しかしこの場はこれでいいと、運転席のトーマスことトマが囁くのだ。
「この野郎! もう許さねえぞ!」
さらに一人の男が自動車に追いつき、フルーレを口にくわえて車に飛びつき、再びフルーレを握って叫ぶ。
「バイヤール家万歳!」
男が思わずそう叫んだのには訳があった。
都合七人の男達を乗せ、さらに十人ばかりの男達に追い掛けられながら。トマが運転する蒸気自動車は、バイヤール家の館の前の道を走っていたのだ。
男達の重みでか、蒸気自動車はますます遅くなっていた。後ろの男達も必死に走る……それは大斧を持った男や重い軍用ライフルを持った男にとっては大変な事だった。
「バ、バイヤール家……万歳ッ!」
男達は息を切らせながら、バイヤール家の館の門前を駆け抜けて行く。
 




