そんな貴方に『強制連行』
「きゃぁ!モカさん、しっかりして!」
A棟脇駐車場大型輸送車の陰で、盗聴機が伝える司令室での会話に聞き入っていたナム達は、シンディの悲鳴に飛び上がった。
モカが今にも気絶しそうだ。
顔色が真っ青で、見開かれた目は虚ろ。
両手で口元を押さえてガタガタ震え、体が足下からふらつき始めた。
必死で呼びかけるシンディの声も、どうやらほとんど聞こえていない。
明らかにおかしい。火星の食堂で見せた異常な様子と同じだ。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)の発作が起きようとしている。
「『後宮』の性奴隷には、 焼き印 が施されているのです。
それが『後宮』の拷問部屋の 認証パス なのですよ。」・・・
盗聴電波受信機から聞こえた言葉に、あの「焼き印」が鋭く痛んだ。
自分を呼ぶ義妹の声が遠のいていく。モカは冷たい恐怖に戦いた。
服を着替える時、シャワーを浴びる時、決してそれを見ないように目を反らし続けてきた。
火星基地のシャワー室入口にある姿見鏡が恐ろしかった。無慈悲にそれを突きつけてくるから。
左の胸すぐ下に穿たれた、悪魔の紋章。
2匹の蛇が互いに喰らい合い断末魔にのたうつ、おぞましいモチーフのエンブレム。
まさか、あの「拷問部屋」の鍵だったなんて・・・!
目の前が真っ暗になった。
隣で抱きつき支えてくれるシンディも、心配そうに見つめる仲間達も、まったくなにも見えなくなった。
代わりに見えてきたのは、あの「拷問部屋」の凄惨な光景。
血塗られた拷問機器、生臭い腐敗臭、母の悲鳴、ケダモノの哄笑、そして・・・!
パァン!!!!
「!!?」
急に意識がクリアになった。モカは一気に覚醒した。
「よっしゃ!やることは決まったな!」
ナムが打ち合わせた掌を開き、ヒラヒラさせながらニンマリ笑う。
「絶対にモカは渡さない。エメルヒにも、リーベンゾル・タークにもだ!
テオさんが隠し通路があるって言ってたな。先ずはメイン司令塔地下を目指す!
ロディ!スパイ・ビーは何機持ってる?」
「さ、3機っす!」
「よし、メイン司令塔探ってくれ。地下への入口を探すんだ。」
A・Jが苦い顔で詰め寄った。
「おい、リグナム!
まさかこの面子で動く気か?ほとんど素人のガキばっかりじゃないか!」
「そうなんだよね~。もちょっと実戦慣れしてる奴がいたらいいんだけど。」
ナムの右手が頭の後ろを掻きむしる。
「まさか基地全体がもう制圧されちまってるとはな~。
・・・司令室の盗聴機がいい仕事したな。お陰で基地の状況が把握できた。
モカ、グッジョブ!!!」
「え?あ、う、うん。」
元気いっぱいのサムズアップに、モカは曖昧に頷いた。
「司令室ならもう敵さんの正体把握してるかと思って聞いてみたら、まさかの大物登場だ!
敵さんのボスがいるメイン司令塔が手薄とは思えねぇしなー。
ちっ、小うるさいけどカルメン姐さん達も連れてくか!
ロディ、スパイ・ビーであの2人も捜してくれ。たぶんどっかで男取り合ってケンカしてるだろーから。」
「う、うぃッス!」
メイン司令塔に行く気満々のナムに、A・Jがキレた。
「おい正気か?!相手はリーベンゾルの武装兵だぞ!?
そんな奴ら相手に、本気でやり合えると思ってんのか?!」
「そこはまぁ、エーちゃんもいるし何とかなるって♪」
「ふざけんな!また俺を巻き込みやがって、下手すると全員死ぬぞ!?」
A・Jがナムの胸ぐら掴んでガクガク揺する。
怒ったシンディが止めようと、A・Jに向かって口を開いた時だった。
「そやで、ヤメときや~。
司令塔もA棟も武装したおっさん達でいっぱいや。行ったら死ぬで~!」
突然、おかしな口調の声がした。
すぐ横の茂みからノソノソと這い出してきたのは、スレヴィだ。
さっきからずっといたらしい。彼は立ち上がると頭や服に付いた葉っぱを払い落とした。
「今この基地ヤバイで!
ワケわからん奴らがワラワラ湧いて出て、あっちゅう間に占領してもーた!
基地の傭兵共、手も足も出んかったわ。普段ワイらに威張り散らしよるクセに、しょーもない!
訓練サボって抜け出しといてよかったわ~。お陰で捕まらずにすんだ、ラッキーやで!」
背中の葉っぱを払ってやりながらロディが聞いた。
「じゃ、他の人達みんな捕まったって事ッスか?」
「そや。アンタらんトコのベッピンのネェちゃんらも捕まっとったで。
あと、『鉄巨人』もや!」
「シャーロット副官も捕まったのか?!」
目を剥いて驚くA・Jにスレヴィが気まずそうに答える。
「ほぉかエーちゃん(昨日以来、スレヴィもずっとこう呼んでいる)、あん人に恩っちゅうもんがあるんやったな。敵さんがマルギー達訓練生を人質に取りやがったんや。
ああなると『鉄巨人』もお手上げや。あん人、強面やけどホンマはめっちゃ優しいからな。」
ルーキー達が顔を見合わせた。
「なぁなぁ、もしかして・・・。」
「その人が、僕達・・・いや、俺達がエメルヒに傭兵にされそうだった時・・・。」
「助けてくれた、『副官』さんなの・・・?」
3人揃ってモカを見る。
モカは微笑み、小さく頷いた。
「とにかくここは逃げるが勝ちや!」
スレヴィが拳を握って力説する。
「ワイは元々傭兵だのスパイだのになる気はサラサラないんや、とっととズラからんと命が幾つあっても足らへんで!
偶然とはいえ深い事情がありそーな話聞いてもぉたけど、何も聞かんかった事にしとくんで、一つ勘弁しといてや!」
早口でまくし立てつつ、足はもう逃げる気満々で動き出そうとしている。
そんなスレヴィの首は、いきなりガシッとホールドされた!
「よぉし!戦力ゲットぉ!!」
驚くオーサカ民の頭を小脇に抱え、ナムが陽気にガッツポーズをして見せた!
「はぁあ!?
ちょ、ナムはん、今の話聞いとったんかいな、ワイ今からトンズラするつもり・・・!」
「いートコ来たわ~!話、聞いてくれてたみたいだしスッゲぇ助かるわ~!」
「うっわ、人の話ガチ無視かいな?!助けへん、助けへんで!!」
「レヴィちゃん、結構強ぇんだろ?頼りになりそーだと思ってたんだよね~♪」
「って、をぃ!ワイまであだ名で呼ばれとるし!!」
「ニックネームとあだ名は違うんだぜ?あ、これ前も言ったか。
よっしゃ、先ずはウチの姐ちゃん達と『鉄巨人』奪還作戦、行ってみよー!
モカ、これMCつける?」
「ちょおぉぉおい!!?」
その様子を眺めるルーキー達がつぶやいた。
「ねぇ、エーさん(とうとうフェイもこう呼ぶようになっている)とロディさんの目が遠くを見てるよ?」
「まるで自分を見ているようだってカンジだな。」
「なんか、哀れね・・・。」
モカはルーキー達の会話に思わず吹き出しそうになる。
慌てて口元を押さえた時に気が付いた。
(あれ?私、普通に笑ってる・・・。)
いつの間にか、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の発作は治っていた。
大張り切りのナムにスレヴィが連行されていく。
「何やねんこの展開は!?
勘弁してーな、おい!ナムはん、ナムはーん!!!」
その後ろをビミョーな面持ちで付いていくA・J、ロディと、生暖かい目で見守るルーキー達。
今、このエベルナ統括基地は前代未聞の危機的状況にみまわれている。
なのに、彼らには緊張感の欠片もない。
このミッション、どうなる事やら。
モカは顔をそらして笑いをかみ殺した。




