マヌケ般若はカレーの香り
ナムはテオヴァルトの勇姿喜ぶコンポンの、ダブダブのジャンパーの背中にいきなり手を突っ込んだ。
「おわぁ!?って、あー!それ俺の!!」
「お前ンじゃねぇよ!預けてただけだろが!!
使えもしねぇくせに自分のモンのように持ち歩きやがって!」
引っ張り出したのは、棍棒。火星を発つ前にコンポンに預けたナムの武器だ。
認証レンズに指紋を読み込ませて伸ばすついでに、歯で腕のマヌケ般若時計を引きちぎる。
それをテオヴァルトの出現に浮き足立つ武装兵達の真ん中に放り込んだ。
うきょきょきょきょきょきょきょーーーーー!!!
マヌケ般若が牙をカタカタ鳴らして奇声を上げた!
「げっ!気色悪!!」
武装兵が思わず後ずさると、般若は煙幕をはき出した!
何故か食欲をそそるカレーの香りが漂い、黄土色の煙が辺りを覆う。
コレで驚かないヤツなどいない。武装兵達は混乱した。
「行くぜエーちゃん!」
ナムは一声叫ぶと武装兵達に躍りかかった!
しかし、A・Jは動かない。
「ったく、どこまで悪趣味なんだあのアホは・・・。」
覚めた目で黄土色の煙を眺めてつぶやくのを見て、シンディがいきり立つ。
「あんた何やってんのよ!さっさと動きなさいよ、チャンスじゃない!!」
「・・・面倒。」
「なんですってぇ!!!・・・え?」
その時、煙幕の中から黒く鈍い光を放つ二つの物体が飛んできた。
飛来物は両方とも、シンディを庇うように手を伸ばしたA・Jの両手の中に収まった。
「38口径・・・チッ!」
忌々しげにそうつぶやくA・Jの目つきが変る。
気だるげな雰囲気を一掃し、ナムが敵から奪ってよこした拳銃を両手で構えて狙い撃つ!
機関銃のように連射される弾丸が武装兵達を襲う!
ライフルのトリガーに指を掛ける利き手を打ち抜く早さと正確さに、武装兵達は戦慄した。そこをナムとテオヴァルトが襲撃し、それぞれの武器でたたき伏せる。
「テオさん、助かった!でも何でここに???」
「話は後だ!時間をくれてやったら不意打ちが無駄になる!」
カレー粉が主原料と思われる煙が晴れる頃、武装兵達は全員「患者」になっていた。
「リグナムぅ!俺は45口径以下は使わねぇっていっただろうが!」
「勘弁しろよエーちゃん。敵さんから奪うのにいちいち口径なんか見ねぇって!」
軽く揉める2人をよそに、テオヴァルトは隻眼の男と対峙した。
「形勢逆転、だな。お前ら何モンか吐いてもらうぞ。」
「・・・。」
隻眼の男は倒れた部下達を眺めている。
特に「ロベルト」「コーウェン」と呼んだ年若い部下達を。
「おっと、病人でも容赦しねぇってなぁ警告したぜ?手向かった方が悪い・・・。」
テオヴァルトの言葉は途中で切れた。
隻眼がギラリと光った。周囲の空気が冷たい怒気をはらんでいく。
「・・・部下思いだねぇ・・・。」
テオヴァルトはトンファーの柄を握りしめた。
「ここは引き受けた!リグナム、ルーキー達連れて逃げろ!
メイン司令塔へ行け!地下に基地の外へ抜ける隠し通路がある!!」
男の隻眼を見据えたまま叫ぶ。
この男は、強い。目を離すわけにはいかない。
ナムはすぐに「逃げろ」の意味を察した。
「行くぞ!・・・来い!!」
最後の一言はシャトルの昇降口に向かって怒鳴った。
モカがひらりとシャトルから飛び降る。
駆け寄って来るのを確認してから、ナムは地面に転がるへしゃげたマヌケ般若を思いっきり蹴飛ばした。
うきょきょきょきょきょきょきょーーーーー!!!
シャトルの外壁に当たって弾けたマヌケ般若は再び絶叫、今度は納豆の匂いがする茶色い煙幕をはき出した!
「ロディさんさぁ、ナムさんの趣味に合わせて発明するの、止めなよ!」
「反省してます・・・。」
煙に紛れて逃走する中、ロディがフェイに怒られ頭を垂れる。
「リグナム!!」
ハンカチで口元を覆う母の声は、全力疾走する息子の耳には届かなかった。
一方、白亜のメイン司令塔内、司令室では、別の事件が起こっていた。
自慢の高級デスクでPC画面と向き合い、ミッション完了報告データをつまらなさそうに眺めていたエメルヒは、突如画面に現れたエマージェンシー警報に眉をつり上げた。
少し焦ったが、表示された場所がシャトル着床ポートとわかると苦笑する。
(どうせ、トーキョー大学のシャトルでリグナムが駄々こねて暴れとるんだろう。)
本気でそう思っていた。
しかし次の瞬間、パパパパパッと複数の警報画面が一斉に表示されて目を剥いた。
C棟会議室、B棟内全域、A棟射撃場、寄宿棟食堂・・・。基地のほぼ全域が異常事態に陥っていることになる。
エメルヒはデスク上の電話から受話器をひったくった。
「シャーロット!おい、シャーロットよぃ!
どうなってやがる、聞こえねぇのか?シャーロット!!」
応答がない。無口な女だが上官に返答しないないなど初めてだ。
呆然と受話器を眺めるエメルヒの耳に、出入口の扉をノックする音が飛び込んできた。
「入れ!」
即座に入室を許したのは、シャーロットだと思ったからだ。呼びつける以外でこの部屋に来るのは彼女しかいない。
だから、来訪者を一目見たエメルヒの驚愕は壮絶だった。
思いも寄らないどころじゃない。
間違ってもここに居てはいけない人物だった。
「快くお招きいただき感謝します。ミスタ・エメルヒ。」
来訪者が、感謝の言葉を口にする。
後ろ手で扉を閉めると、高級絨毯の上を大股で歩み寄ってきた。
「ご高名は太陽系の果てにある我が国にも届いてますよ。お会い出来て心から光栄です。」
エメルヒの手から受話器が滑り落ちる。
デスクのすぐ側までたどり着いた来訪者は、宙で硬直するエメルヒの手を両手で握り、親愛を込めて上下に振った。
「お初にお目に掛かります。
私は『ターク』。
皆さんが『リーベンゾル・ターク』と呼んでいる者です。」
来訪者はエメルヒの青い顔を穏やかに見つめ、心から嬉しそうに微笑んだ。




