シチューと野宿と優しさと
どこかからデミグラスソースの匂いがする。
(今日晩ご飯の献立は、ビーフシチューなのかな。)
モカは小さなパウチの封を開けた。
中身はビスケットタイプのコンバット・レーション。ウェストポーチに入れていつも携帯している非常食である。
辺りはもうすっかり暗い。エベルナの統括司令基地には夜が訪れていた。
B棟裏手のスレヴィの隠れ家で、廃タイヤに座るモカはコンバットレーションをかじった。
今夜はここで野宿するつもりだ。ここなら静かだし人目にも付かない。
体を休めるくらいなら何も不自由はしないだろう。
ナムが親友(?)のA・Jとグラウンドで騒いでいる頃、フェイと別れたモカはメイン司令塔に近いA棟裏手に向かった。
エメルヒの司令室に置いてきたのはキャスケットだけじゃない。こっそりテーブルの下に盗聴機を取付けておいたのだ。
強い電波は探知される恐れがあるので出力を最小限に抑えている。盗聴にはなるべく機体に近づく必要があった。モカがA棟裏手で盗聴を開始した時にはもう重要な話は終わっていたが、傭兵部隊がまた「仕事」を押しつけられる会話は聞けた。
エメルヒの思惑はすぐにわかった。「捕獲」に邪魔なリュイを追い払ったのだ。
今はまだ無事に逃げおおせている。けどいつまでも続かないだろう。
きっと明日朝一で命令される。たった1人での司令室への出頭を。
(でも、そんな事どうでもいい!局長・・・私の所為でまた、戦場へ・・・。)
モカは小さく吐息を付く。
手元に残ったかじりかけのレーションは、もう食べる気にはなれなかった。
リーベンゾルでリュイに救われてから、モカは今日まで彼と共に生きてきた。
幾度となく「仕事」へ向かうリュイを見送り、「もう会ないかもしれない」と怯える日々を送ってきた。
傭兵達は戦場へ赴き、自らの手を血で汚して命を削る。彼らがどんなに強かろうと、必ず生還するとは限らない。そんな保証など、どこにもないのだ。
しかも今回の「仕事」は自分が原因。自分の所為でリュイ達が危険な目に遭うのだと思うと、我が身の心配どころではない。
ましてや、食欲などもうちっとも・・・。
「こーら!またアンタが1人でふさぎ込んで!」
思いに浸っていたモカは、驚いて顔を上げた。
カルメンが立っていた。手に丸いパンとシチューの皿をのせたトレイを持っている。
「こういう時こそメシ喰いな!ってのは、リーチェ姐さんの台詞だけどね。
喰いたくない気持ちはわかるけど、そんな事でどーすんの!
アンタ、ただでさえ食が細いだろ?そんなんじゃ胸だって育たんでしょーが!」
「ええぇ!!?」
胸を押さえて飛び上がる。こんな時だというのに、心の底から狼狽えた。
慌てた顔が可笑しかったのか、カルメンは失笑してモカの隣に腰を下ろした。
「コレ、ビックリするほど不味いけどね、栄養はあるはずだ。少しでも食べな。」
「・・・ごめんなさい。いただきます。」
差し出されたトレイをおとなしく受取る。シチューはまだ仄かに湯気が立っていた。
小惑星植民型のコロニーは、環境調整システムで空気中の酸素や湿度が管理されている。
その為かB棟裏手のスレヴィの隠れ家は、安普請な寄宿舎よりも快適だ。
「ここ涼しいな。今日はアタシもここで寝るわ。」
「!?でも・・・。」
「遠慮、しない!」
「・・・。」
ピシャリ、と言われて口をつぐむと、別の人の声がした。
「そうよ、モカ。こういう時くらい甘えなさい。」
毛布を抱えたビオラが歩み寄ってきた。
「・・・仲間、でしょ?」
優しく微笑み、毛布を差し出す。ビオラの一番美しい表情だ。
「ありがとうございます・・・。」
感謝の気持ちで胸が一杯になる。モカは素直に毛布を受取り、小さくお礼を口にした。
見る者を魅了して止まないビオラの微笑。しかしカルメンには通じない。
カルメンは眉をつり上げ立ち上がった!
「アンタはチビ共見てろって言っただろ!なにしゃしゃり出て来てんだ!」
「ルーキー達はロディがちゃーんと見てますぅ!
あの子達もここへ来たがったのよ?駄々こねて大変だったんだから。」
「局長がいない時の指揮官はアタシだ!
空っぽの頭でも命令くらいわかるだろ?!ちったぁ従え、この出しゃばり!」
「うっさいわねぎゃぁぎゃぁと!
ミッション中でもあるまいし、なにが指揮官よ、エラそーに!
そっちこそこれ見よがしにお節介かましてんじゃないわよ!嫌らしい!!」
「なんだと!蜂蜜女!」
「なによ!野蛮女!」
いつものケンカが始まった。
(全然隠れ家ってカンジじゃなくなっちゃったな・・・。)
モカは苦笑し、シチューをスプーンですくって口に運んだ。
心配してくれる人たちの、普段通りの様子を眺めながら食べる「ビックリするほど不味い」シチューは、少しだけ美味しかった。




