スパイ・アイドルの実力
(信じられない!サイテーだわ!!)
ハルモニア・ピアーズは肩を怒らせ、メイン司令塔へ向かう渡り廊下をズンズン歩いていた。
とにかく彼女は今、もの凄く怒っていた。
自分を袖にするA・Jも気に入らない。
見た目イケてるのに悪趣味全開のナムも気に入らない。
いきなり現れて人気をさらった赤毛の子豚みたいな女も気に入らない!
(みんな、私を大事にしなきゃいけないのに!モニィ、地球連邦政府事務次官の娘なのに!)
彼女の18年(?)の人生の中で、こんなに思い通りにならない事は初めてだった。
ついでに、あんな悪趣味な服を着た人間に出会ったのも初めてだ。あんな残念な男は見た事ない。
(エメルヒのオジサマ、に言いつけてやる!
オジサマ、私の言うことなら何でも聞いてくれるっていったもの!アイツら全員、ここから追い出してもらうんだから!!!)
荒い鼻息を吐きながら、ハルモニアはメイン司令塔へ突入した。
司令塔ロビーを突き進むハルモニアの後を、くたびれたスーツ姿の中年男が追ってきた。
「待ってよ~、モニィちゃぁん!
ドコ行くの?ほらもうお仕事の時間だよ?
久しぶりのラジオの仕事、早く街のスタジオに入らないと・・・」
芸能プロダクションから派遣されたマネージャーのようだ。口元にヘラヘラと愛想笑いを浮かべているが、目はほとんど笑っていない。
我が儘な事務次官の娘を相手に相当苦労しているようだ。
ハルモニアは振り向きもせず喚き散らす。
「嫌!あんなショボい仕事、やりたくないわ!
何よ、『アイドル全員集合!みんなでワイワイオールナイト!!』って!
売れないアイドルばっかり集めた地方ラジオ局の穴埋め企画じゃない!!」
「だって、他に仕事がなくて・・・い、いや、そんなことないよ?!
ほら、お父様も楽しみにしてるんだしさ、頑張っていこうよ、ね、ね、ね!」
「だいたい、ラジオったって10人くらいでぺちゃくちゃ喋りまくるだけじゃない!
そんなんじゃモニィ、ちっとも目立たないよ!インパクトがある話題ネタでもあれば別だけどさ、こんなド田舎の辛気くさい訓練施設になんの話題があるっていうの!?
そんなことより、モニィ今、メッチャ怒ってんだから!
エメルヒのオジサマにジカダンパンするんだから!!!」
「そんなぁ、モニィちゃ~ん!!」
ある区画へ向かうゲートをハルモニアが素通りした。
その途端、マネージャーは足を止め、半べそで追跡を諦めた。
ここから先はエメルヒの司令室がある。彼に許された者しか通れない。
地球連邦政府防衛事務次官・ビア-ズは、政府・軍ともに強い影響力を持つ。
このお姫様がゲートを通る為のフリーパスは、父親の権力が与えたものなのだろう。
エメルヒは肩で息をしながらキャビネットからブランデーを取り出した。
グラスに注いで一気に煽る。馥郁とした香りが鼻に抜ける感覚に恍惚となった。
続けざまに3杯煽ってようやく気分が落ち着いた時、入口扉を叩く音がした。
「入れ!」
扉が開き、入口の上部に頭を擦りそうにして副官が入ってきた。
彼女は一礼すると、後ろ手で静かに扉を閉めた。
「おぉ、シャーロットか。リュイ達は発ったか?」
「は。」
副官の返答は極端に短い。エメルヒは苦笑した。
「まったくお前は堅苦しいやっちゃな。飲むか?」
掲げて見せたブランデーの瓶に、「いえ」と返事が返ってくる。またしても短い。
再度苦笑し、自分の為に一杯注ぐと革張りのソファに身を沈めた。
「年取ったなぁ。
リュイほどじゃねぇが俺も戦場を駆け回って名を挙げた男だ。それが最近ちょっと暴れたらすぐ息切れしやがる。あー、ヤダヤダ!」
「・・・。」
副官は何も反応しない。ただ直立してエメルヒを眺めるだけだ。
無言の副官相手にエメルヒの一方的な語りは続く。
「戦争なんてみんな同じだぜ。
正義だ人道だっつって白々しいこと喚きやがるが、やるこたぁいつだって同じさ。
皆殺し、虐殺、侵略、陵辱。地獄の方がよっぽどお上品だろうな。
それが嫌でよぉ、がむしゃらに上を目指して突っ走った。
我ながらえげつねぇ手ぇつかって、偉ぇ奴らに媚び売ってへつらって早ウン十年、やっとこさ陳腐な傭兵部隊ながらも大将の身分になったなぁいいが、無戸籍の俺じゃこれ以上いい生活は望めねぇ。
世の中てぇのは不公平に出来てやがるぜ、まったく。」
しんみり語っていたエメルヒの目が、急に爛々と輝きだした。
ぐったりと持たれたソファの背もたれから、突然ガバッと跳ね起きる。
「あのリュイがわざわざ外惑星エリアから連れて帰ったガキ!
ありゃぁ、間違いなく『後宮』のがらみの生き残りだ!
独裁者の息子っつぅ、タークとか言う野郎が何かほざいてやがったなぁ!
『後宮』の生き残りを救済したい?・・・ケッ、笑わせんなって!
さぁて、面白くなって来やがった!
何かあるはずなんだ!頭のイカれた独裁者に囲われてた売春婦に何の価値があるかは知らねぇが、絶対に何かある!
コレはチャンスだぜ、シャーロットよぃ!
このヤマ、相当でっけぇぞ!さぁて、地球連邦に売るか、リーベンゾルに売るか・・・!」
エメルヒは酔っ払っているようだ。
興奮してゲラゲラ笑い出した上官にシャーロットは僅かに眉を潜める。
黙って見守っているとまたしても急に様子が変る。今度は穏やかな、同情のこもった優しい目つきになった。
「・・・あの娘は苦労したんだろうなぁ。お前もそう思うだろ?シャーロットよぃ。」
エメルヒがテーブルの上にあったモカのキャスケットを手にとった。
少女がかぶるには大ぶりの帽子を、しみじみ眺め、しんみりと語り出す。
「『後宮』ってなぁハーレムだ。その生き残りなら無傷じゃあるめぇ。
まだほんの子供だってぇのに・・・。ん???」
三度、様子が急変する。今度は下卑た、嫌らしい笑みを浮かべて激昂した。
「子供?そうか、子供!!!
もしかしたらあの娘、ゴルジェイの落とし胤か?!!
いや、こいつぁ、ひょっとすると血の繋がった父娘で・・・こりゃ酷ぇ、ゲスな話だ!!!
おい、シャーロットよぃ!
明日朝一でこの帽子の持ち主捜して来い!面白ぇ話がきけるぞぉ!!!」
この男、酔うと感情の起伏が激しくなるようだ。
再び大きく体を揺すってゲラゲラ笑い出した上官に、シャーロットは黙って一礼した。
下卑た高笑いが聞こえるドアから、ハルモニアはそっと離れた。
回れ右をすると、忍び足で去って行く。
その顔は、クリームをたっぷりなめたネコのようだった。




