モカの告白③ 汚辱の刻印
駆け寄ろうとするサマンサをリュイが再び制して止めた。
サマンサはリュイを睨んだ。しかしそれ以上は動かなかった。
局長の命令は絶対である。苦しみのたうつ少女に対してでも、例外は無い。
「まだ終わってない。話せ、最後まで!」
リュイはどこまでも冷酷だった。
「・・・アンタさぁ!!!!」
椅子を蹴散らして何かがリュイに飛びついた!
突然胸ぐらを掴まれたリュイが狼藉者を冷たく見返す。
ロディが、カルメンが、ビオラが息を飲んで固まった。傭兵達も目を見張る。
ナムが、基地で絶対的な存在である局長・リュイに手を挙げた。
許されない行為だった。
撲たれる舎弟達を庇うのとはワケが違う。
守るべき法のない傭兵部隊は力関係がすべて。上官への反逆は厳罰、その掟は正規軍隊の軍則よりも厳しい。ナムの行為は殺されても仕方が無い凶行である。
それでもナムは掴み上げたリュイのシャツを放さない。
むしろギリギリと、さらに締め付け真正面からリュイの顔をガン睨む。
リュイは無言でナムを見返していた。
やがてナムの手を掴み、シャツの襟ごと引きちぎってナムの横っ面を張り飛ばした!
椅子がなぎ倒され、テーブルの上にあった皿やマグカップが床に落ちて砕け散り、飲みかけのビール缶から中身が派手に飛び散った。
倒れたナムはすぐに身を起こし、口腔にたまった血をペッと吐き捨てた。
こんなに怒り覚えたのは初めてだった。
違法薬物の売人相手にキレるのとはまったく違う。痛みすら感じない。
モカを苦しめる、この男を殴りたい!!!
殺意にも似た強烈な怒りに、大きく息を吸い込んで強く拳を握りしめた。
そんなナムの思いを見透かすように、しかし身の程をわきまえろとでも言うかのように、見下ろしてくるリュイの目はどこまでも冷たい。
(上等だよ、やってやる!!!)
ナムはゆっくりと立ち上がった。
「・・・焼き印、を・・・!」
一触即発の緊張を破ったのは、苦しみもがくモカだった。
全員が弾かれたように、床で蹲るモカへと目線を戻す。
「・・・焼き印を、穿たれました・・・性奴隷の、証だって・・・。
・・・その後は・・・火事・・・?爆発・・・?よく、覚えてな・・・い・・・。」
左胸すぐ下辺りのTシャツを指が白くなるほど握りしめ、モカは再び嘔吐した。
吐瀉物に血が混じっている。限界だ。これ以上は体も心も持ちそうにない。
「・・・怖い・・・怖い、お母さん・・・!!」
掠れた声で母を呼ぶ。モカは小さな子供のようにすすり泣いた。
リュイが動いた。
苦しむモカの腕を掴み無理矢理立たせると、頤を掴んで顔を上げた。
そして涙で曇った虚ろな目をのぞき込み、大声で怒鳴りつけた。
「そいつは、いない!おそらくもう死んでる!大丈夫だここには居ない!!!」
あの「呪文」!?
ナムは思わずリュイを凝視した。
「・・・い・な・い・・・?」
「そうだ、ここにはいない!」
リュイは繰り返し言い聞かせる。
「たぶん・・・いや、確実に、もう死んでいる。」
モカの荒い呼吸が少しずつ落ち着いていく。
それを確認したリュイは、彼女を食堂の入り口へと突き放した。
「俺の部屋へ行ってろ!」
よろめきながら食堂を出て行くモカに、ベアトリーチェとビオラが付いていこうと走り出す。
しかし、リュイはまたしてもそれを止めた。
「追うな。」
「いい加減になさい!ほっとける状態じゃないでしょ!!」
とうとうサマンサがキレた。
腰に吊したアサシン・ナイフを抜きかねないサマンサの血相にチラリと目線を走らせ、リュイは初めて食堂内の部下達に向き直った。
「PTSDだ。アレには心的外傷後ストレス障害の発作がでる。
ああなると、俺以外の人間は怖がって錯乱する。放っておけ、今は追うな。」
「!?そんな・・・。」
サマンサは絶句して後ずさった。
「今回は症状が重いが、普段起こす発作くらいなら1人で乗り切るように鍛えてある。
・・・だから今は構うな。この先は、俺から話す。」
リュイはモカが座っていた椅子を起こし、座った。




