モカの告白② 歪んだ欲望の果て
あまり広くはない、殺風景な窓のない部屋。それが少女の「世界」だった。
生活で困る事はあまりなかった。食事は充分に与えられたし、衣類もある。太陽光は人工太陽光ライトで浴びられたし、夜は清潔な寝台で眠れた。
部屋の出入り口には鍵が掛かっていて外には出られない。物心ついた時から、少女は母と2人きりでそこで暮らしていた。
厳密に言えば、2人きりではなかった。
夜になると時々おぞましい悲鳴が聞こえたり、扉の向こうで誰かが争っている荒々しい物音が聞こえてきた。だから部屋の壁の向こう、扉の向こうに母以外の誰かがいるのは解っていたが、幼い少女にその物音は恐怖でしかない。聞こえてきた時は怖くて母の胸にすがって泣いた。
月に何度か出入口の重い扉が開いて、母をどこかに連れ出す無表情な兵士もいた。
自分を置いてどこへも行って欲しくなかったが、母は決して連れて行ってはくれなかった。
どうしても放れたくなくて、一度だけ駄々をこねた時、母は手を振り上げて少女を撲った。ショックで泣き叫ぶ少女を置いて母は行ってしまったが、帰ってきた時は少女を抱きしめ、泣きながら何度も謝ってくれた。
一緒に行きたいと思うのは母を困らせるのだと理解した少女は、二度と我が儘を言わなかった。
母は特別美しい人ではなかったが、とても優しい人だった。
少女が自分を取り巻く環境の異常さを理解できたのは、すべて母のお陰だった。
母は少女を愛し、大切に育んだ。自分の知る限りの知識を教え、他人を労り思いやる優しさを教え、外の「世界」を教えようと努めた。
今思えば、それはどんなに過酷な事だっただろう。
母子を取り巻く環境は、その教えとはまったく真逆の世界だったのだから。
独裁者のハーレム。
武力で他国を侵略し、略奪した金で築いた「後宮」。
家畜のように拉致・監禁した男女を陵辱・拷問しては悦に浸る、歪んだ欲望を満たすためだけの宮殿。
少女は成長するにつれ、母親と暮らす「世界」の姿を少しづつ理解していった。
コンポンが周囲を見回し、また小声でロディに聞いた。
「・・・あの、セードレイって、何?」
ロディは衝撃のあまり答えられない。
「後で教えるから、今は黙ってて!」
フェイがコンポンをヘッドロックして黙らせた。
普段ならナムがやる事だが、そのナムは今、だた呆然と立ち尽くすだけだった。
「・・・これは凄い事になったねぇ・・・」
食堂の入口すぐ側の壁にもたれて腕組みしたアイザックが飄々とつぶやく。
「普通に考えたら、モカっちは・・・。」
「リーベンゾル・ゴルジェイの、娘・・・。」
ベアトリーチェが自分が言ったその言葉に戦き、震える手で口を覆った。
独裁者の息子を名乗るリーベンゾル・タークの妹、と言う事になる。
タークが自分の血筋を偽っていなければ、だが。
「続けろ。」
リュイは冷たく命令した。
「後宮」での生活は6年前まで続いた。
6年前・・・それは、地球連邦政府軍が「7日間の粛正」と名付けた大規模なリーベンゾル空爆作戦が実行された年である。
その日、母を連れに来た兵士達は少女も部屋から引きずり出した。
母は必死で少女を守ろうと抵抗したが、無駄だった。2人は有無を言わさず「ある特別な場所」へ連れて行かれた。
壁や床一面に飛び散り染みこんだどす黒い血の跡、生臭い腐敗臭、鉄の鎖や錆びた刃の器具、真っ赤に燃える高炉にくべられた鉄の棒。まだ10歳になったばかりの少女でも、ここが拷問部屋だとすぐにわかった。
そのおぞましい場所で何の罪もない母子を待っていたのが、「あの男」だった。
大きな体躯、ギラギラと異様に光る双眼、身の毛がよだつ下卑た笑み。少女には男が恐ろしいバケモノにしか見えなかった。
男は怯える少女から母を引き離すと、少女の目の前で陵辱した。
飢えた野獣がか弱い獲物をむさぼり喰らうかのような、暴力と狂気。無力な少女に痛めつけられる母を助ける術など何もない。酷く残酷な、悪夢だった。
やがて母を喰らい尽くした男が身を起こし、隅で震える少女を見た。
男は笑った。残忍な、とても人とは思えない歪んだ嘲笑だった。
少女の方へ足を向ける男。しかし何かに気付いて足下を見た。
母がその足にすがりつき、男を見上げて懇願していた。
やめてやめて、その子だけは許してください!
私はどうなってもいいから、どうか、どうかその子だけは・・・!
母の悲痛な叫びは、必死であるだけに男の逆鱗に触れた。
男は一声咆哮すると、母を激しく殴打した。
母のたおやかな身体は殴られ蹴られ、血を吹き折れた。
お母さん!お母さん!!お母さん!!!
心は張り裂けそうなほど叫ぶのに、声がまったく出なかった。
少女の目の前で、母は絶命した。
返り血を全身に浴びた男が空気を振わせ哄笑する。
男は動かなくなった母を容赦無く蹴り飛ばすと、再び少女へ向き直った。
・・・そして・・・。
「・・・わたし、は・・・実の父親、に・・・・・・!」
限界だった。
モカは椅子から倒れるように転がり落ち、身をよじって激しく嘔吐した。




