大戦の闇の中で
太陽系中が戦場となった「リーベンゾル大戦」。
投入された地上部隊・陸軍歩兵の正しい数は、今現在も解っていない。
公式発表では大戦終結までの20年で、延べ3億6千万人と言われているが、正確ではない。この数は大戦の規模を考えても極めて少ない。
地球連邦政府軍はその理由を、星間ミサイルと宇宙艦隊の空爆が主な攻撃手段だった大戦のあり方によるものだと説明した。
事実、兵士達は要塞基地でIT兵器を繰り、宇宙艦船に乗船して電磁バリヤーや迎撃砲で守られながら戦った。連邦政府軍に籍を置く軍人で実際に戦場へと降り立った者は、極めて少なかった。
「民間人の避難誘導と救済」という立派な使命を背負い地上に投入されたのは、連邦政府軍正規部隊ではなく、ASの傭兵達だった。
「大戦」時、激戦宙域に大量に送り込まれた彼らは戦死者の数に数えられなかったのだ。
担った大義に見合わない安価な報酬で、生きて帰れる保証のない戦地に送られた傭兵達。
リュイもその1人だった。
「俺達に与えられたミッションは、リーベンゾル帝国内政および軍事情報の諜報。
投入された部隊は8部隊。ゴロツキの傭兵ばかりを集めて編成した即席の諜報部隊だった。
潜入に成功したのは俺の隊だけだ。他の部隊がどうなったかは知らん。」
「リーベンゾルに潜入した?!それ、いつの事!?」
語り始めたリュイはサマンサの問いかけに面倒そうに顔をしかめた。
血相を変えて驚く彼女の方を見もせずに、サラリと一言で回答する。
「6年前だ。」
「!? いや、ちょっと待った!」
今度はテオヴァルトが腰掛けていた椅子を蹴って立ち上がった。
「6年前?!確かそん時、あの国に初めて潜入を果たした部隊があったって聞いたぞ?!
そんじゃ、リーベンゾル国内で独裁者が行方不明になってるってぇ一報を伝えた小隊ってのは・・・!?」
「俺がいた隊だ。」
またしてもサラッと返され、テオヴァルトは呆けた表情のままゆっくり椅子へと腰を沈めた。
「無線で伝えたのは隊で一緒になった雇われ兵士の1人だ。瀕死の重傷で助からなかったがな。
潜入3日で俺以外全員死んだ。骨も拾えねぇ有様だった。
・・・リーベンゾルには3度行った。どれも最悪だった。」
「だろうな。そこに行って帰ってきたヤツがいるなんぞ、思ってもみなかったぜ。」
額に汗をじっとり浮かべたマックスが渇いた笑みを漏らした。
「しばらくして空爆が始まった。
地球連邦政府軍の屑共が強行したリーベンゾル帝国大規模空爆。
『7日間粛正』だ。アレはその時に拾った。」
部下達の動揺をよそに、リュイは淡々と話を続けた。
混乱極まるリーベンゾルの戦場で、リュイはその少女を救った。
何をされたかは一目瞭然だった。
少女は辛うじて息だけしている瀕死状態で、何日も生死の狭間を彷徨った。奇跡的に覚醒してもまるで廃人のように生気が無く、本当に回復するのにはかなりの時間を要した。
身体の傷は少しずつ癒えたが、心の傷は癒えなかった。
少女は深刻な後遺症に苛まれ、昼夜を問わず苦しんだ。
当時のリュイには、この少女が生きながらえるとはとても思えなかった。
「身元がわかる何かを聞き出そうとするとすぐ錯乱した。
自分の名前すら言わない。だから今日まで詳しい事情は聞かなかった。
激戦区にいれば大の大人でも大抵ああなる。ほっとくしか、なかった。」
ベアトリーチェが聞いた。
「名前も言わないって、じゃあ『モカ』って名前は・・・?」
「俺が勝手に付けた。」
「モカ・マタリ・・・コーヒーの銘柄だな。なるほど、アンタらしいな。」
テオヴァルトが苦笑する。
リュイは部下達を見回した。
「独裁者の後継者を名乗る野郎が、『後宮』にいた性奴隷の生き残りを捜している。
・・・そんなヤツはいない。あの空爆で全員死んでる!」
「なぜ、そう言い切れる?」
マックスの質問に、リュイの答えは簡潔だった。
「見たからだ。」
リュイの表情が微かに曇ったのに気付いたのは、サマンサだけだった。
マックスの眉がつり上がる。
「見た?どういう事だ?」
しかしリュイはこの質問には答えなかった。
「『後宮』は入口も窓もない要塞だ。そこへ迎撃できない量のミサイルと都市破壊型KH弾。
・・・モカ以外、誰も助けられなかった。」
「生きたまま丸焼けか、被ばく後30分も生きていられない殺人光線の餌食。残酷だねぇ・・・。」
アイザックが小さく首を横に振る。
腕を組んで考え込んでいたサマンサも眉を潜めてつぶやいた。
「『後宮』は脱出不可能な要塞だった。だったら空爆の生き残りがいるなんて考えるだけ愚かだわ。
何故、リーベンゾル・タークは『後宮』の生き残りを捜すの?」
「さぁてねぇ。いまさらあんな国のトップになろうってヤツのやるこたぁさっぱりわからん!」
マックスが声を張り上げた。努めて陽気を装った、わざとらしい声だった。
「だが、もっと小せぇ野郎の頭ン中くらいはわかる。
・・・エメルヒだ。あのジジィ、何か気付きやがったな?
エベルナ司令基地への総員招集。モカ1人呼び出すよりゃ穏やかだわな。」
衝撃が走った。
リュイの話に聞き入っていたナム達の顔色が、全員同様に青ざめる。
「・・・え?え?なに???」
「なぁなぁ、みんな、どーしたんだ???」
わからないなりに不穏な空気を察したシンディとコンポンが狼狽える。
3人のルーキー達の中で、事を理解したフェイだけが言葉を失い俯いた。
リュイはモカに行った。「最悪の事態を考えろ!」と。
招集命令が掛かった時から、今ここに居るメンバー全員がエメルヒの人質になった。
傭兵達だけでなく、諜報員達、しかもルーキー達にまで招集されるのは、そういう事なのだ。
逆らえば容赦無い制裁を課してくる。
もしまだ未熟なルーキー達が、制裁の標的にされでもしたら・・・。
「閉口令だ。今の話、一言でも漏らせば命は無いと思え。
明日エベルナへ飛ぶ。全員そのつもりでいろ。」
リュイは椅子から立ち上がった。
一瞬だけある一点を見つめて佇んだが、すぐに背を向け食堂の出口へ歩き出す。
呆然と立ち尽くす部下達を置いて、彼はそのまま出て行ってしまった。




