第35話
「問題用紙と解答用紙は行き渡りましたね」
教卓に立っている黒川先生が、全員の机の上を見回しながら確認する。
「では、始めてください」
クラス全員が問題用紙を裏返し、問題を解き始める。
中間考査は全十科目。昨日から二日間にわたって行われた試験も、これが最後の科目だ。
正直、ここまで受けたテストは、高等部で初めての試験だからか、それほど難しくはなかった。
数学は教科書の練習問題の数字を変えただけのものだったし、地理は教科書の文章の穴埋め問題だった。
英語にいたっては、教科書に載っていた英文を訳す問題と、授業で実際にテスト対策として解いた問題がそのまま出題されていて、解いている側としてはまったく面白くない内容だった。
もっとも、テストの問題を解きながら面白くないなどと思うのは、俺だけかもしれないが。
テストを解き始めてまだ10分も経っていないが、俺はもう問題を解き終わろうとしていた。
今受けている試験は「能力基礎」という科目だ。
この世界に存在する六大能力を答える問題や、六大能力の相性関係についての問題が出題されている。
六大能力とは「炎、水、雷、土、風、氷」の六つの能力のことであり、能力者は基本的にこの六つのうち、どれか一つの能力を有している。
そして、その相性関係は、炎は氷に強く、水は炎に強く、雷は水に強く、土は雷に強く、風は土に強く、氷は風に強い。
この能力の相性は実際かなり重要で、よほどの実力差がない限り、相性の差を覆すことは難しい。
能力の相性が悪い相手に対しては、能力による技のぶつかり合いを避け、相手の身体に直接攻撃する必要が出てくるわけだ。
そんな問題を解き終わり、俺は頬杖をつきながら黒板の上の時計を見る。
テストが終わるまで、まだ40分ほどある。
長い待ち時間をどう過ごそうか考えていたとき、ふと、昨日から赤田さんの様子が変だったことを思い出した。
様子が変だと感じたのは、昨日のお昼ご飯のときだった。
いつもは自分からよく話すタイプなのだが、なぜかあまり話そうとはせず、俺と白蓮が話している様子をじっと見ていた。
中間考査に向けて、ずっと集中しているのかなとも思ったが、寮に戻ってからも俺と白蓮をじっと見ていて、今朝の朝食のときもそれは変わらなかった。
いずれにしても、今日で中間考査が終わる。赤田さんに何かあったのか聞いてみよう。
* * *
「はい、そこまで。解答用紙を回収します。前の席に回してください」
黒川先生のテスト終了の合図とともに、教室中に張り詰めていた緊張が一気に緩む。
一番前の席の子から解答用紙を受け取った黒川先生が、枚数を数えて異常がないかを確認する。
「はい。これで中間考査の全科目終了です。みなさん、お疲れさまでした」
確認を終えた黒川先生が中間考査の終了を告げ、赤田さんが号令をかける。
黒川先生が教室から出るのを見送ると、クラスメイトたちは各々、下校前の掃除場所へと向かう。
俺、赤田さん、白蓮は自分たちの教室を担当しており、他の担当の子三人と一緒に机を動かし始める。
掃除の手順はいたって普通で、机を動かして箒で掃いた後に、雑巾がけをするだけだ。
全体で10分ほどの作業になる。
「これで終わりかな」
俺は教室の雑巾がけを終わらせ、雑巾をバケツの水で洗う。そのままバケツの水をトイレに捨てに行く。
その間に他の子たちが机を元の位置に戻し、ゴミ箱からゴミ袋ごと取り出して口を縛る。
「神崎、よろしく」
白蓮が俺に口を縛ったゴミ袋を差し出す。
ゴミ袋は指定のゴミ捨て場に出しに行かなければならないが、俺が来てからはずっと俺が出しに行っている。
俺以外はみんな女の子のため、ゴミ袋を持ちたくないだろうし、ゴミ捨て場になんて行きたくないだろう。
「了解」
「私も行く!」
俺がゴミ袋を持って教室を出ようとしたところ、赤田さんがこちらに向かって駆け足で近づいてくる。
ゴミ袋は一袋しかないため、赤田さんがついてくる必要性はまったくない。
だが、白蓮たちが止めようとはしなかったし、昨日から様子が変だった理由についても聞きたかったため、特に赤田さんを制止することなく、一緒にゴミ捨て場へ向かうことにした。
「あ、あのさ」
ゴミ捨て場に向かう途中、先に口を開いたのは赤田さんだった。
「何?」
「何で昨日から佳奈のこと、白蓮って呼んでるの?」
「本人からさん付けをやめてって言われたからだよ。さん付けするのは名前を呼ぶ効率が悪いからって」
「効率が悪い?」
俺の返事に、赤田さんは俯いて何かを考え始める。
何を考えているのかはよく分からないが、おそらく、昨日から様子がおかしかった原因はこのことなのだろう。
赤田さんが俯いたまま歩き続け、ちょうどトイレの前を通り過ぎようとしたとき。
女子トイレの入口から、勢いよく女の子が飛び出してきた。
「赤田さん!」
声をかけるも、赤田さんは俯いたままで、飛び出してきた女の子には気が付いていない。
このままではぶつかってしまうと思い、俺は咄嗟に赤田さんを自分の方へ引き寄せた。
「えっ」
いきなり身体を引っ張られ、困惑する赤田さん。
女子トイレから飛び出してきた女の子は急いでいたのか、俺たちに謝るとすぐにその場から立ち去った。
赤田さんは急に俺との距離が近くなったことに驚いたのか、俯いたまま固まってしまっている。
「赤田さん、大丈夫?」
「私も……にして」
「え?」
「私も呼び捨てにして」
「赤田……でいい?」
少し不服そうな顔をしたが、すぐに笑顔で頷いてくれた。
これで、いつもの彼女に戻ってくれるといいんだけど。
「じゃあ、行こっか」
「うん!」
その後、教室に戻るまで、赤田は嬉しそうに中間考査の手応えを語ってくれた。




