第25話
意識を失って倒れ込んだ神崎くんを部屋に運び、私は食堂に戻った。
意識を失ったときは、能力が暴走するのではないかと身構えたものの、そのような様子はなかった。
おそらく、私との訓練中から神崎くんが訴えていた視界の違和感に関わる能力が、長時間発動し続けていたことが原因だろう。
食堂に戻ると、神崎くんが事前に用意してくれていた夕食を、白蓮さんが電子レンジで温め直していた。
「黒川先生! 颯斗は大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。今はゆっくり眠っています」
赤田さんは安堵の表情を浮かべ、今にも溢れそうな涙を手の甲で拭った。
よほど神崎くんのことが心配だったのだろう。
神崎くんが意識を失って倒れたときも、一番最初に駆け寄ったのは赤田さんだった。
「神崎が意識を失ったのは、やはり能力の使い過ぎか?」
部屋着に着替えた理事長が、コップの水を飲みながら尋ねてくる。
「神崎くんが視界に違和感があると言い始めてから、かなり時間が経っていますから、おそらくそうだと思います。ただ――」
「何か気になることでもあるのか?」
「神崎くんは、能力の訓練中も一切疲労を感じていないようでした。ですから、能力の使い過ぎによる体力の消耗が原因だとは、少し考えにくいです」
「多分、脳が原因じゃないですか?」
電子レンジで温め直した料理をテーブルに並べながら、白蓮さんが呟いた。
「脳?」
「神崎の言う違和感のせいで、目から入ってくる情報が増えた。その情報を処理する脳がパンクしたんじゃないかなと」
体力の消耗はなくとも、脳には少なからず負担がかかっているはずだ。
能力をコントロールできるようにすることを急がなければ、日常生活に支障をきたすばかりか、彼の今後にも大きな影響を及ぼしかねない。
「いただきます」
私は白蓮さんが温め直してくれた料理を食べ始めた。
「そういえば、神崎のことだが、これからどうする?」
みんなが黙々と食事を口に運ぶ中、理事長が口を開いた。
「能力の訓練のことですか?」
赤田さんは理事長の質問の意図が分からなかったのか、首を傾げながら尋ねた。
だが、理事長が聞きたいのは、能力の訓練についてではない。
「神崎をこの寮から移動させるか、ということだよ」
理事長の口から出た言葉に、赤田さんと青山さんは驚いた顔をした。
「ど、どうしてですか!」
「遠くが見えるようになったとか、視野が広がったとか、それだけならまだいい。だが、透視までできるとなると、この寮に置いておくわけにはいかないだろ」
「だから、どうしてですか?」
「透視ができるってことは、私たちの知らないところで、生活を覗き見られるってことだぞ?」
神崎くんが透視したとき、どのような視界になっているのかは分からない。
ただ、自分の部屋や、私たちが入浴しているときの浴室など、覗かれては困る場所まで見えてしまう可能性がある。そうした環境を放置しておくわけにはいかないだろう。
神崎くんが、そのようなことを喜んでやるとは思わない。
それでも、教員である私や理事長の立場からすれば、見過ごすわけにはいかなかった。
「た、確かに、言われてみればそうですね」
「で、でも……」
「私は移動させるべきだと思います」
赤田さんと青山さんは神崎くんへの信頼があるからか、この寮から移動させなくてもよいと考えているようだった。
だが、白蓮さんは二人とは違う意見を持っていた。
「ど、どうして?」
「私たちが気にしないって言ったとしても、神崎は気にすると思う。この寮に居続けさせることは、神崎を精神的に追い込むことになる」
やはり、白蓮さんはよく周りが見えている。
まだ出会って一週間ほどしか経っていないというのに、神崎くんのことをよく理解している。
白蓮さんの言うとおり、能力をコントロールできない以上、神崎くんにそのつもりがなくても、能力が暴発して誰かのプライベートを覗き見てしまう可能性はある。
そうなれば、彼は間違いなく自分を責めるだろう。
そして、早く能力をコントロールできるようにならなければと、焦ることになる。
神崎くんにとって、間違いなく悪影響だ。
「黒川はどう思う?」
理事長が、これまで一言も意見を述べていなかった私に尋ねてきた。
私の立場から考えれば、神崎くんをこの寮から移動させるべきだ。
しかし、神崎くんが能力をコントロールできるようになることを考えるのなら――。
「私は、移動させない方がいいと思います」
「そうか。分かった。なら、移動させずに様子を見よう」
理事長は私の提案をすぐに受け入れ、神崎くんを移動させないと決めた。
神崎くんには少し無理をさせてしまうかもしれない。
それでも、能力をコントロールできるようになるためには、必要なことなのだ。




