第19話
「なんだあ、おめえは」
上級生はクラスメイトの胸ぐらを掴んだまま、俺の方に振り返った。
クラスメイトは俺の顔を見ると、信じられないものでも見たかのような表情を浮かべた。
「そいつのクラスメイトだ」
「ほー。で、何の用だ?」
「そいつを放せ」
「先輩に対する口の利き方がなってねえな。今まで習わなかったのか?」
典型的なガラの悪い先輩といった口調に、俺は呆れていた。
普通の人間も能力者も、大して変わらない。そんなことを改めて感じさせられた。
「後輩をカツアゲするようなやつに、口の利き方なんて気にしなくていいだろ」
「言うじゃねえか、クソガキ」
上級生はクラスメイトの胸ぐらから手を離すと、俺の方へと身体を向き直した。
どうやら、標的をクラスメイトから俺に移したらしい。
「う、うわあああ!」
解放されたクラスメイトは、一目散に逃げていった。
それを見た上級生は、ゲラゲラと大声で笑った。
「せっかく自分を助けてくれたクラスメイトを見捨てるなんてな」
「別にいいだろ。仲が良いわけでもないんだし」
「お前、なんでそんなやつを助けたんだ? 今から俺に痛い目に遭わされるっていうのによ」
「関係ねえだろ、あんたに」
なぜ助けたのかと聞かれても、ただ放っておけなかっただけだ。
確かに、俺はあのクラスメイトと仲が良いわけではない。
話をしたこともなければ、名前だって知らない。
それでも、目の前で困っている人間を見捨てることに、物凄い罪悪感を覚えた。
正直なところ、クラスメイトが逃げてくれて、俺は少し安堵していた。
あの事件で、俺はクラスメイトを助けられなかった。
そのことが、今の俺の行動に影響しているのだろう。
「さて、どうしてやろうかな。一瞬で終わらせても面白くねえし、ここはゆっくりじっくりいたぶってやるよ」
そう言うと、上級生は俺に向かって手を突き出した。
「水の檻」
上級生の手から水が生まれたかと思うと、それは一瞬にして俺の身体を包み込んだ。
やがて水は大きな泡のような形状になり、俺はその中に閉じ込められてしまった。
「ぐっ……」
水の中ではうまく動けない。
おまけに、いつ息が続かなくなってもおかしくない状況だ。
下手に動かず、少しでも長く息を保つことに集中した方が賢明だろう。
「まったく焦る様子を見せねえ。気に入らねえなあ」
「颯斗!」
かすかに声のした方へ目を向けると、赤田さんや白蓮さんたちが集まっていた。
さっき逃げたクラスメイトの姿もある。どうやら、助けを呼びに行ってくれたようだ。
「早く神崎を解放してください」
白蓮さんは上級生を睨みつけながら、こちらに近づいてくる。
「おっと、それ以上近づくなよ。こいつがどうなってもいいのか?」
上級生は俺を指差し、ニヤニヤと笑っている。
その笑みを見た白蓮さんは不快感を露わにし、さらに睨みつける目に力を込めた。
「緑、私が神崎を凍らせるから、すぐに溶かして」
「それ、凍らせた時点でアウトじゃないの?」
「多分アウト。でも、あのまま息が続かなくなるよりはマシでしょ」
赤田さんと白蓮さんは何やら話し合っているが、あまりいい解決策が浮かんでいるわけではなさそうだ。
誰かが先生を呼びに行くのが一番早い気もするが、職員室へ向かおうとする者はいなかった。
目の前で起きていることが信じられない。そんな様子で、みんな立ち尽くしている。
この上級生がこんなことをしているのが信じられないのか。
それとも、俺がクラスメイトを助けた結果、こんな目に遭っていることが理解できないのか。
それにしても、この上級生はどこまで救いようのない悪人なんだろう。
自分が上級生なのをいいことに下級生をカツアゲし、邪魔されたら今度は暴力を振るう。
どうして、こんなやつに――。
「颯斗を解放してください! じゃないと、颯斗が……」
「助けてやってもいいが、代わりのやつを出せよ。俺は今、こいつのせいでイライラしてんだ」
「く、そ……」
このままでは、赤田さんたちにまで危険が及ぶかもしれない。
なんで、こんなやつにやられなければならないんだ。
自分の利益や都合のために、他人を平気で傷つけるようなやつに。
こいつには、生きる価値なんてない。
俺は絶対にこいつを許さない。
たとえ、どんな手を使ってでも、俺はこいつを――。
「……殺す!」
その瞬間、俺の中で何かが弾けたような気がした。




