第13話
赤田さんが口にした言葉と、その行動に俺は困惑していた。
やっと会えた。
赤田さんは確かにそう言った。だが、俺には彼女と会った記憶がない。
腰まで伸びた赤い髪と、綺麗な緑色の瞳が印象的な彼女と、どこかで会っていたのなら、忘れようとしても忘れられないと思う。
「ちょっと待ってくれ。やっと会えたって、どういうことだ? 俺と君は初対面だよな?」
俺は赤田さんから少し離れ、ずっと気になっていた疑問をぶつけた。
「私のこと、覚えてない? 小さい頃、研究所で一緒にいたんだけど」
「研究所? 小さい頃って、何歳ぐらいのことか覚えてる?」
「五歳のときだよ」
「なるほどな。悪いんだけど、俺、六歳より前の記憶がまったくないんだ。だから、君の言うとおり一緒にいたとしても――」
「そ、そうだったんだ」
赤田さんは、少し残念そうに俺の言葉を受け止めた。
俺には、六歳になる前の記憶がない。
気づいたときには施設で生活していて、両親や親戚には一度も会ったことがなかった。
だから、両親の顔も覚えていないし、施設に入る前にどんな生活を送っていたのかも、まったく覚えていない。
何とか思い出せないかと考えていた時期もあった。だが、過去のアルバムなども残っていなかったため、いつしか思い出すことを諦めていた。
研究所にいたと赤田さんは言っていたが、俺も彼女も、そこで一体何をしていたのだろう。
新しい情報ではあるものの、何かを思い出せそうな気配はなかった。
「忘れててごめん」
「私の方こそ、いきなり抱きついたりしてごめん」
赤田さんは少し落ち着きを取り戻したようだった。
そんな彼女を見て、俺も少しホッとした。
「これからは一緒にいられるんだよね?」
「星光学園に通うことになってるから、たぶん一緒にいられるんじゃないかな。この寮でお世話になるかもしれないし」
「あ、そうだった」
赤田さんは俺の返事を聞いて安心したようで、先程まで流れていた涙も止まっていた。
そんな彼女の様子を見て、俺もなんだか安心した。
「荷物も置いたし、食堂に戻ろうか」
「うん」
俺は赤田さんと一緒に部屋を出て、食堂へと戻った。
その途中、二階の様子を確認する。
どうやら、この寮は一階が共用スペースで、二階に個室が並んでいる構造らしい。
二階には九つの部屋があり、それなりに大きな寮だった。
「お、戻ってきたな」
俺と赤田さんが食堂の扉を開けると、理事長がすぐさまこちらに歩いてきた。
どうやら、俺がこの寮に住むかどうかという話は、すでに決着がついているらしい。
「神崎、君がこの寮に住むということで話は決着した。私は黒川と夕飯を買ってくるから、自己紹介などを済ませておいてくれ」
「は、はあ。ありがとうございます。あの、ここって食堂ですよね? 夕飯は作らないんですか?」
先程までとはずいぶん違う理事長の態度に戸惑いながら、俺は理事長に尋ねた。
理事長は俺たちと入れ替わるように食堂を出ようとしていたが、その瞬間、食堂にいた女性五人全員がピクリと反応した。
その様子を見て、俺は聞いてはいけないことを聞いてしまったのだと悟った。
「実は、誰も料理ができないんですよ」
俺がどうフォローしようかと考えていると、黒川さんがあっさりと明かした。
理事長以外の全員が、気まずそうに俯く。
料理ができないこと自体は、別に悪いことではないのだが……。
「そうなんですね。材料はないんですか?」
「確か、何かのお肉が入っていたような気が……」
俺は黒川さんと一緒に台所へ入り、冷蔵庫の中を確認した。
中に入っていたのは、冷凍された豚のこま切れ肉、ニラ、玉ねぎ、それに賞味期限がギリギリの卵だった。
調味料は味噌、醤油、砂糖がある。
……なぜ砂糖が入っているのだろう。
「それじゃあ、何も作れないだろう? だから買いに――」
「ニラ玉と豚汁ぐらいなら作れそうですね。俺でよければ作りますよ」
俺がそう言うと、女性五人全員が驚いた表情を見せた。
「なら、お願いしようかな」
理事長は食堂を出るのをやめ、先程まで座っていた椅子に座り直した。




