第10話
「葉山さん、お世話になりました」
「これからいろいろあると思うけど、頑張ってね」
俺は車を降りると、葉山さんに向かって一礼した。
葉山さんの車がUターンして走り出したのを確認し、俺もトンネルの方を向いて歩き始める。
改めて見ると、このトンネルからは威圧感のようなものを感じた。
このトンネルを抜けてしまうと、二度とこちら側には戻ってこられない。
そんな雰囲気を感じた。
俺がトンネルに向かって歩き始めると、黒髪の女性はこちらを向いて一礼した。
その瞬間、俺はその場で立ち止まった。
こちらに一礼した女性は、星光学園の関係者だ。
そして、星光学園の関係者であるということは、つまり能力者ということになる。
あの秋山先生と同じ、能力者なのだ。
そう思った途端、足の震えが止まらなくなり、歩けなくなってしまった。
俺が立ち止まったことに気づいたのか、女性の方から俺に近づいてきた。
内心では逃げたいと思っていた。それでも足の震えは収まらず、俺はその場に立ち尽くすことしかできなかった。
「神崎、颯斗くんですか?」
「……はい」
「初めまして。私は黒川茜です。よろしくお願いします」
黒川さんは俺に近づくと、そっと背中をさすり始めた。
最初は、能力者に自分の身体を触れられることへの恐怖しかなかった。
しかし、気がつけば足の震えも収まっていた。
黒川さんの声や、優しく背中をさすってくれる手に、どこか懐かしさを感じる。
俺は「大丈夫です」と告げ、黒川さんの方へ向き直った。
「神崎颯斗です。こちらこそよろしくお願いします」
「ここから学園まで少し歩きますが、大丈夫そうですか?」
黒川さんは心配そうな顔で俺を見つめながら尋ねた。
「ありがとうございます。大丈夫です」
「分かりました。では、行きましょうか」
俺は黒川さんの隣に並び、トンネルに向かって歩き出した。
トンネルは思っていたほど長くはなく、すぐに抜けることができた。
トンネルを抜けた先にまったく違う世界が広がっている、なんてことはなく、トンネルに入る前と変わらない風景が続いていた。
「基本的に一本道なので迷うことはありませんが、ちゃんと私についてきてくださいね」
「分かりました」
黒川さんに声をかけられたこともあり、改めて彼女の方を向いた。
長い黒髪と赤い眼鏡が特徴的だが、それ以上に印象的なのは、明らかに若いことだった。
葉山さんの話からすると、この黒川さんが俺の新しい担任の先生ということになるのだろう。
しかし、先生にしてはあまりにも若すぎる。
大学生のお姉さんと言われても、違和感なく受け入れられるくらいには若い。
秋山先生と初めて会ったときも若い先生だと思ったが、黒川さんはそれ以上だった。
「どうしました?」
「いえ、黒川さんがかなり若く見えるので驚いていました。先生なんですよね?」
「はい。今年の4月から教職員になりましたので、一般的な先生のイメージからすると、実際に若いと思いますよ」
「そうなんですか。どうりで」
今年の4月からということは、つい最近まで大学生だったということだ。
大学生くらいという俺の印象も、あながち間違いではなかった。
「神崎くん」
「はい」
「私からも、一つ聞いてもいいですか?」
「はい、大丈夫です」
黒川さんは、俺にとって聞かれたくないことを尋ねようとしているのだろう。
少し俯いたまま話し始めた。
「神崎くんは、能力者が起こした事件に巻き込まれたんですよね」
「……はい」
「能力者について、神崎くんはどう思っていますか?」
俺が知っている能力者は、秋山先生と黒川さんの二人だけだ。
秋山先生は、その能力で俺からすべてを奪った。
殺したいほど憎いと思っている。
黒川さんとは今会ったばかりだが、不思議とそういう感情は湧いてこない。
能力者というだけで一括りにして、憎しみを抱いてもおかしくはないだろう。
でも、黒川さんと秋山先生は違う。
そう思えてならなかった。
「確かに、俺からすべてを奪ったあの能力者のことは憎いです。でも――」
これから星光学園で出会う能力者たちが、どういう人間なのかは分からない。
ただ、一つだけ言えることは――
「すべての能力者が憎いわけじゃない。悪い能力者がいれば、いい能力者だっている。黒川さんを見ていて、そう思いました」
「えっ?」
俺の答えに、黒川さんは少し驚いた顔でこちらを向いた。
能力者に対する怒りや恐怖。
きっと、そういう答えが返ってくると思っていたのだろう。
「これからお世話になります」
俺はそう言いながら、黒川さんに右手を差し出した。
黒川さんは少し安心したような表情を浮かべ、俺の右手を握った。




