第9話 クレーム老婆と流れ着いた宝
激流は三日三晩、樽を運び続けた。
岩にぶつかり。
渦に巻かれ。
それでも樽は沈まない。
中では、小さな女の子が静かに眠っていた。
下流の小さな村。
夜明け前の川辺を、一人の老婆が歩いていた。
腰は曲がり、手には長い棒。
その顔を見ただけで、村人は道を変える。
村一番の嫌われ者。
通称――クレーム老婆。
「まったく、昨日の魚屋はケチだったねぇ。」
「ワシが常連なんだから、一匹くらいオマケしなさいっての。」
ぶつぶつ文句を言いながら、川へ仕掛けられた魚捕りの籠を覗いて回る。
もちろん、自分のものではない。
他人が仕掛けた罠だ。
「今日は何匹入っとるかね。」
籠を開ける。
空っぽ。
「ちっ。」
次の籠。
小さな魚が二匹。
「これじゃ足りん。」
勝手に懐へ入れる。
その時だった。
「ん?」
上流から、大きな樽がゆっくり流れてきた。
「ありゃ何だ?」
老婆は棒を伸ばし、器用に樽を岸へ引き寄せる。
「重いねぇ。」
ごろごろと転がし、蓋を開けた。
「おや?」
中には毛布。
その毛布がモゾモゾと動く。
「……赤ん坊?」
女の子だった。
すやすやと眠っている。
さらに毛布をめくると――
「おおっ!」
老婆の目が大きく見開かれた。
美しい宝石。
一つ。
二つ。
三つ。
数えていく。
「十五個!」
さらに豪華なネックレスが三本。
宝石のついた腕輪まで入っている。
「ついてるねぇ!」
老婆は声を上げて笑った。
「こんな拾い物があるなんて!日頃の行いかね!」
赤子には、小さな指輪が三つはめられていた。
「これも高そうだね。」
老婆は一本抜こうとする。
ぐいっ。
「ん?」
もう一度。
ぐいぐい。
「取れん。」
石鹸をつける。
布で引っ張る。
それでもびくともしない。
「なんだい、この指輪。」
赤子の指にぴったり吸いつくようにはまり、まったく外れる気配がない。
「まぁいい。」
「あとでゆっくり考えりゃいいさ。」
老婆は赤子を抱き上げ、樽も転がしながら自宅へ向かった。
村外れの古びた小屋。
中へ入ると、老婆は机いっぱいに宝を並べた。
「ほぉ……。」
朝日が差し込み、宝石が七色に輝く。
「どれも高そうだ。」
「一つ売るだけで、何年遊んで暮らせるかねぇ。」
老婆の頬が緩む。
赤子は床に敷いた毛布の上で、小さく笑っていた。
「あぅ。」
「ちょっと待っときな。」
老婆は赤子をちらりと見る。
「泣いてないなら大丈夫だろ。」
袋へ指輪十五個とネックレス三本を詰め込む。
赤子の指輪だけは外れなかったので、そのままだ。
「さぁて。」
「さて、いくらになるか楽しみだね。」
老婆は鼻歌交じりに家を出た。
家の中には、生後一年ほどの小さな女の子が一人だけ残された。
その頃、王都ではまだ誰も知らない。
魔王の娘が、こんな辺境の村に流れ着いていることを。
そして、この欲深い老婆との出会いが、少女の運命をさらに大きく変えていくことを。




