第39話 伝説の引き出しの木
翌朝――。
まだ空が白み始めたばかりの頃。
「ワン。」
「ニャ。」
タンとリッチは、山の方から一本の苗木を運んでいた。
二匹で両側からくわえ、息を合わせてゆっくりと歩く。
苗木はまだ幼く、人の背丈ほどしかない。
幹は細いが、表面には銀色と金色が混ざったような不思議な模様が浮かんでいた。
葉は小さく、かわいらしい黄色いハート形。
朝日に照らされると、きらきらと輝いて見える。
「ワン。」
「ニャ。」
二匹は庭の隅へ行くと、一生懸命に土を掘り始めた。
前足で土をかき出し、苗木をそっと植える。
最後に土を丁寧にかぶせると、近くの桶から水を運び、根元へかけた。
「ニャ。」
「ワン。」
二匹は満足そうに頷き合うと、何事もなかったように縁側へ戻り、丸くなって眠り始めた。
しばらくして。
「ふぁぁ……。」
ルビーが庭へ出る。
そして、
「えっ!?」
思わず声を上げた。
「何、この木!?」
昨日まで何もなかった場所に、小さな木が立っている。
ルナリーナも出てくる。
「あら、本当。」
「こんな木、植えたかしら?」
ブルーも腕を組んだ。
「いや、知らない。」
レッドはすぐに犯人を見つけた。
「タン。」
「リッチ。」
二匹は目をそらした。
「……。」
「……。」
「やっぱりお前たちか。」
「ワン。」
「ニャ。」
悪びれる様子は全くない。
むしろ褒めてほしそうだった。
ルビーは木の周りをゆっくり歩く。
「見たことがない葉っぱ。」
「幹の模様も不思議。」
「薬草大全には……。」
家へ駆け込み、本を開く。
薬木。
霊木。
世界樹。
精霊樹。
何度探しても見つからない。
「ない……。」
ブルーが首をかしげる。
「薬草じゃないのか?」
ルビーは本棚を見回した。
そして一冊の古い本を取り出す。
埃を払い、表紙を読む。
『珍木大全』
「そんな本まであるのか。」
レッドが驚く。
「父さんが昔、古本市で買ってきた本よ。」
ページをめくる。
珍しい木。
幻の木。
絶滅した木。
そして――
「あっ!」
ルビーの指が止まった。
そこには庭の木と全く同じ絵が描かれていた。
『引き出しの木』
「えっ?」
ブルーも覗き込む。
ルビーは説明を読み始めた。
「諸葛仙人が存在を主張した伝説の木。」
「これまで実物が確認された記録は一切ない。」
「そのため、学会では空想上の植物と考えられている。」
レッドが目を丸くする。
「空想!?」
ルビーはさらに読み進める。
「成長すると幹に引き出しのような空間が生まれる。」
「その引き出しへ薬草を保管すると、永久に鮮度が失われないという。」
「乾燥薬草、生薬、果実、霊薬、すべて保存可能と伝えられる。」
ブルーが息をのむ。
「永久保存……。」
ルビーは最後の一文を読んだ。
「ただし――」
「引き出しが育つまでには最低でも百年かかるとされる。」
全員が固まった。
「百年!?」
レッドが叫ぶ。
「僕、生きてないじゃん!」
ルナリーナも苦笑した。
「私もね。」
ルビーは本を閉じる。
「しかも、この木自体が誰にも発見されたことがないから。」
「評価は星七つ・未発見木。」
「伝説扱いね。」
ブルーは木を見上げた。
「つまり……。」
「今、この庭に世界で初めて発見された可能性があるってことか。」
ルビーは少し考えたが、肩をすくめた。
「でも百年後まで引き出しはできないんでしょう?」
「私たちには関係ないわ。」
そう言って笑う。
「これは観賞用ね。」
ルナリーナも微笑む。
「葉っぱもかわいいし、お庭が明るくなったわ。」
その横でリリィは、小さな木を見上げながら嬉しそうに手を叩いた。
「あぅ!」
「き!」
タンは尻尾を振る。
「ワン!」
リッチも満足そうに目を細めた。
「ニャ。」
二匹だけは知っているようだった。
この木が、百年後ではなく――
リリィのそばで育つことで、常識を超える成長を始めることを。
しかし、そのことを知る者は、まだ誰もいなかった。




