第31話 肉祭りの罠
三日後。
ツェッペリン家の庭では、大きなかまどから香ばしい煙が立ち上っていた。
ジュウウウゥ……
鹿肉。
魔狼の肉。
山鳥。
野ウサギ。
次々と焼き上がる。
「今日は将軍家肉祭りです!」
レッドが元気よく叫ぶ。
「いっぱい食べてください!」
村人たちは笑顔で集まってきた。
「ありがとう!」
「手土産を持ってきたぞ!」
「うちの畑で採れた野菜だ。」
「私は焼きたてのパン。」
「うちは干し果物。」
「卵もあるぞ。」
次々と手土産が積み上がっていく。
ルナリーナは何度も頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「こんなにいただいて……。」
村人たちは首を振る。
「将軍家にはいつも世話になってる。」
「これくらい当然だ。」
その中で――。
一人だけ、手ぶらでやって来た女がいた。
ナルルだった。
(ただ飯だけ食べて帰ればいい。)
(どうせ誰も気にしない。)
そう思いながら席へ座る。
宴は大盛り上がりだった。
「うまい!」
「この鹿肉最高だ!」
「リッチのおかげだな!」
笑い声が庭いっぱいに広がる。
リリィは庭をよちよち走り回る。
「あぅ!」
黒猫に戻ったリッチが後ろをついていく。
「ニャ!」
レッドも混ざる。
「待てー!」
三人は庭を元気いっぱい走り回り、村人たちも思わず笑顔になる。
「平和だなぁ。」
誰もがそう思った。
ただ一人、ルビーだけは違った。
その時を待っていた。
宴もたけなわになった頃。
ルビーが一本の酒瓶を持ってナルルの前へやって来る。
「あら、ナルルさん。」
「はい?」
「手ぶらで来られたでしょう?」
ナルルは少し眉をひそめる。
「ええ。」
ルビーはにっこり笑う。
「だから、あなたのお家にあったお酒をいただいてきました。」
そう言って酒を杯へ注ぎ足した。
トクトクトク……
ナルルの顔色が変わる。
「……は?」
「勝手に?」
「何ですって?」
ルビーは首をかしげる。
「あら?」
「言ってなかったかしら。」
「この肉祭りは、何でもいいから手土産持参って。」
「あなたは何も持ってきていなかったので……。」
「さっきレッドに取りに行ってもらったんです。」
レッドが元気よく手を挙げる。
「持ってきたよ!」
ルビーは続ける。
「あなたの顔を潰さないようにと思って。」
「どうぞ。」
「一緒に飲みましょう。」
ナルルの喉が、ごくりと鳴る。
(まさか……。)
(あの酒……。)
(毒を混ぜた時に近くへ置いてあった瓶じゃ……。)
手が震え始めた。
「わ、私は……。」
「お酒は飲めないの。」
一瞬、会場が静まり返る。
レッドが目を丸くする。
「え?」
「ナルルさん、お酒飲めないの?」
村人たちが顔を見合わせた。
「初耳だぞ。」
「この前の収穫祭じゃ、真っ先に飲んでたじゃないか。」
「あの時、一番酔っぱらってたぞ?」
笑い声まで起きる。
ナルルは冷や汗を流した。
「きょ、今日は体調が……。」
ルビーは穏やかな笑顔を崩さない。
「このお酒は何のために置いてあったんですか?」
「え?」
「飲まないなら、どうして家に置いてあったんです?」
「そ、それは……。」
言葉に詰まる。
ルビーは酒杯を差し出した。
「どうぞ。」
「ただのお酒ですよ。」
ナルルは一歩後ずさる。
「いや……。」
「飲んでください。」
「……。」
「せっかく持ってきたんですから。」
周囲の村人たちも口々に言う。
「そうだぞ。」
「将軍家がこんなにごちそうを用意してくれたんだ。」
「酒くらい飲めるだろ。」
「お前が酒好きなのは村中が知ってるぞ。」
「何をそんなに嫌がってる?」
ナルルはさらに一歩後ろへ下がる。
額から汗が流れ落ちる。
呼吸も乱れてきた。
「どうしたんだ?」
「顔色悪いぞ。」
警備隊長は黙ってその様子を見つめていた。
その目は鋭い。
ルビーは杯を持ったまま、一歩だけ近づく。
「ナルルさん。」
「本当に……。」
「このお酒、飲めないんですか?」
会場の空気が一変する。
笑い声は消えた。
誰もがナルルを見つめている。
そしてナルルは――
震える手を胸の前で握りしめたまま、一歩、また一歩と後ずさっていった。




