第21話 福の神の力
「失礼します。」
昼過ぎ。
ルビーのかかりつけ医が、いつものようにツェッペリン家を訪れた。
白髪交じりの老医師は、長年ルビーを診てきた人物だった。
「では、診せてください。」
ルビーは椅子に座り、腕を差し出す。
医師は脈を測り、胸の音を聞き、目の色を確かめる。
しばらく診察を続けていたが――
「……おや?」
医師の手が止まった。
もう一度脈を取る。
「おや、おや?」
さらにもう一度。
「これは……。」
ルナリーナが心配そうに尋ねる。
「先生、何か悪くなりましたか?」
医師はゆっくり首を振った。
「逆です。」
「驚きました。」
「ほとんど治っています。」
「えっ!?」
家族全員が声をそろえた。
医師は信じられないという表情でルビーを見る。
「もちろん、まだ少し症状は残っています。」
「ですが、以前とは比べものになりません。」
「この回復は奇跡と言っていいでしょう。」
ブラウンも目を見開く。
「本当ですか?」
「ええ。」
医師は真剣な顔で尋ねた。
「何か特別な治療をされたのですか?」
「新しい薬でも?」
家族は顔を見合わせる。
答えに困っていると、レッドがにやにやしながら前へ出た。
「福の神が来たんだよ。」
「福の神?」
医師は首をかしげる。
レッドはリリィを指さした。
「あの子!」
医師は思わず笑ってしまった。
「ははは。」
「なるほど。」
「子どもが来て元気になった、という意味ですね。」
家族は曖昧に笑うしかなかった。
本当のことを話しても信じてもらえないだろう。
医師は薬箱を閉じる。
「もう強い薬は必要ありません。」
「軽い薬だけ続ければ十分でしょう。」
机の上へ小さな包みを置く。
「この調子なら、もっと良くなりますよ。」
ルビーは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。」
医師は嬉しそうに帰っていった。
診察が終わると、部屋の隅で静かに座っていたブルーが口を開いた。
「僕も……。」
「抱っこしていい?」
リリィは笑顔で両手を伸ばす。
「あぅ。」
ブルーはそっと抱き上げた。
その瞬間だった。
ぽう……
リリィの指輪が、ごく淡く光る。
「……あれ?」
ブルーは目を閉じる。
真っ暗だった世界に、かすかな明るさが差し込んだ。
「光……?」
顔全体がぽかぽかと温かい。
春の日差しを浴びているような心地よさだった。
「なんだ……これは。」
ルビーが驚く。
「お兄ちゃん?」
ブルーはゆっくり目を開ける。
「少しだけ……。」
「光を感じる。」
「えっ!?」
ブラウンが立ち上がる。
「本当か!」
「うん。」
「まだ見えるわけじゃない。」
「でも……。」
「前より明るい。」
家族は息をのんだ。
レッドだけが腕を組み、得意そうな顔をする。
「分かった!」
みんなが振り向く。
「リリィには癒やしの力があるんだ!」
「だからルビー姉ちゃんも元気になったんだよ!」
「なるほど!」
……と本人だけは完全に納得していた。
ブラウンは苦笑する。
「本当にそうかもしれんな。」
その日から。
ブルーも毎日リリィを抱くようになった。
ほんの少しずつ。
ほんの少しずつ。
闇の中に、小さな光が差し込み始めていた。
夕食。
食卓には香ばしい肉料理が並ぶ。
「今日もおいしい!」
「リッチのおかげね。」
最近では毎日のように、リッチが獲物を持ち帰ってきていた。
野ウサギ。
山鳥。
時には鹿の肉まで。
以前では考えられないほど、食卓は豊かになっている。
しかし――。
その香ばしい匂いは、風に乗って近所まで流れていた。
塀の向こう。
一人の女がじっと屋敷を見つめている。
「おかしい……。」
意地の悪そうな隣人だった。
「昨日も肉。」
「今日も肉。」
「貧乏将軍家のくせに……。」
目を細める。
「何か隠してるわね。」
その日から隣人は、ツェッペリン家を監視するようになった。
窓の隙間から。
塀の陰から。
まるで獲物を狙うように。
そして、その視線は――
やがてリリィへ向けられることになる。




