第19話 リリィという名前
翌朝。
ツェッペリン家の庭では、黒猫が誇らしげに座っていた。
「ニャ。」
その足元には、丸々と太った野ウサギが一羽。
さらに少し離れた場所には山鳥が二羽。
「えぇっ!?」
ルナリーナは思わず声を上げた。
「また獲ってきてくれたの?」
黒猫は「当然」と言わんばかりに胸を張る。
「ニャ。」
「この子猫ちゃん、本当に賢いわ。」
レッドは黒猫を抱き上げる。
「ありがとう!」
黒猫は嫌がることもなく、ゴロゴロと喉を鳴らした。
その日からだった。
魚。
野ウサギ。
山鳥。
時には木の実や山菜まで。
黒猫は毎日のように食べ物を運んでくるようになった。
質素だった食卓には少しずつ彩りが増え、家族の笑顔も増えていく。
「最近、お腹いっぱい食べられるね。」
ブルーが嬉しそうに言う。
「この猫ちゃんのおかげね。」
ルナリーナも微笑んだ。
ブラウンは黒猫の頭を優しく撫でる。
「お前は立派な家族だ。」
黒猫は目を細める。
「ニャ。」
夕食後。
レッドが赤子を抱きながら言った。
「父さん。」
「この子、ずっと赤ちゃんじゃ呼びにくいよ。」
「あっ。」
ルナリーナも頷く。
「そうね。」
「名前を付けてあげなくちゃ。」
家族会議が始まった。
「俺は……。」
レッドが胸を張る。
「ハンバーグ!」
部屋が静まり返る。
ブラウンが聞き返した。
「……何だって?」
「ハンバーグ!」
「みんな好きだから!」
ルナリーナは頭を抱えた。
「食べ物は駄目です。」
今度はブルーが手を挙げる。
「じゃあ……。」
「ゴンザレス。」
「どこの名前なの、それ。」
ルビーが思わず吹き出した。
ブラウンも真面目な顔で考え込む。
「将軍家らしく……。」
「戦勝。」
ルナリーナが即座に却下する。
「女の子です。」
「では……。」
「勝利子。」
「もっと駄目です。」
レッドがまた叫ぶ。
「ドラゴン!」
「人じゃありません。」
ブルーも負けじと続ける。
「ネギ。」
「野菜でもありません。」
家族は大笑いになった。
「もう!」
ルナリーナは笑いながら肩を震わせる。
「みんなポンコツなんだから。」
笑い声を聞きながら、赤子も楽しそうに笑う。
「あぅ。」
その時。
ルビーが赤子を抱き上げた。
「ねぇ。」
「この子を見てると、お花みたい。」
「小さくて。」
「可愛くて。」
「リリィ……ってどう?」
部屋が静かになる。
ブラウンが赤子を見る。
「リリィ。」
レッドも何度か口にする。
「リリィ。」
「かわいい!」
ブルーも微笑んだ。
「うん。」
「一番この子に似合う。」
ルナリーナも優しく頷く。
「素敵な名前ね。」
ブラウンは赤子を抱き上げ、高く掲げた。
「今日から、お前の名前はリリィだ。」
「あぅ!」
まるで返事をするように、小さな手を伸ばす。
家族みんなが笑顔になった。
足元では黒猫も、
「ニャ。」
と一声鳴く。
まるで、その名前に賛成しているようだった。
こうして、魔王の娘は――
リリィ・ツェッペリンとして、新しい人生を歩み始めるのだった。




