第17話 妹ができた!
朝日を浴びながら、黒豹は森の中を駆け続けていた。
背中には、小さな魔王の娘。
「グルル……。」
娘は安心しきった顔で眠っている。
しかし――。
黒豹の足取りが少しずつ重くなっていく。
(……まずい。)
魔力の消耗が激しい。
本来なら、この姿を長時間維持できるほどの力は残っていなかった。
それでも赤子を守るため、無理を続けていたのだ。
「グル……。」
数時間後。
街道へ続く森の近くまで来たところで、黒豹の身体が淡い黒い光に包まれた。
シュゥゥゥ……
巨大な身体は急速に縮み、
再び一匹の小さな黒猫へ戻ってしまった。
「ニャ……。」
子猫はその場へ座り込み、大きく息をする。
もう魔力はほとんど残っていない。
赤子は毛布に包まれたまま眠っていた。
「ニャッ!」
子猫は慌てた。
このままでは危ない。
きょろきょろと辺りを見回す。
やがて森の先に、一軒の古びた屋敷が見えた。
「ニャ!」
子猫は全力で走り出す。
屋敷の庭では、一人の少年が木剣を振っていた。
「せいっ!」
「はっ!」
まだ十歳ほど。
額には汗を浮かべながら、何度も素振りを繰り返している。
「千二百九十八!」
「千二百九十九!」
「千三百!」
その時だった。
「ニャー!」
子猫が足元へ飛び込んできた。
「おっと。」
少年は木剣を止める。
「どうした?」
子猫は少年のズボンを前足でちょんちょんと突く。
「ニャー!」
そして少し走っては振り返る。
また鳴く。
「ついて来いってこと?」
少年は首を傾げる。
「分かった。」
木剣を置き、子猫の後を追う。
森へ入ると、子猫は一直線に進んでいく。
数分後。
「……え?」
毛布に包まれた赤子が眠っていた。
「赤ちゃん!」
少年は駆け寄る。
抱き上げると、赤子はゆっくり目を開けた。
「あぅ。」
「なんでこんな所に!?」
少年は驚きながらも、赤子をしっかり抱きしめる。
「大丈夫。」
「もう安心だから。」
子猫は安心したように小さく鳴いた。
「ニャ。」
少年は急いで屋敷へ戻る。
庭では母親が洗濯物を干していた。
「あら?」
「どこへ行って……。」
母親は言葉を失う。
「えっ?」
「その赤ちゃん、どこから来たの!?」
少年は息を切らしながら答えた。
「この子猫が教えてくれたんだ!」
「森に落ちてた!」
「だから連れて帰ってきた!」
母親は頭を抱える。
「えぇぇ!?」
「ちょ、ちょっと待って!」
「どういうこと!?」
完全にパニックだった。
少年は満面の笑みで赤子を見つめる。
「妹ができた!」
母親は思わず叫ぶ。
「ちょっと待ちなさい!」
「勝手に決めないの!」
「うちは貧乏なのよ!」
「赤ちゃんを育てるなんて無理よ!」
少年は赤子をぎゅっと抱きしめた。
「でも……。」
「このままだったら死んじゃうよ。」
母親は言葉を失う。
その通りだった。
見捨てることはできない。
しばらく黙って考え込んだあと、小さく息をつく。
「……お父さんに相談しましょう。」
「それまでは家へ入れなさい。」
少年の顔がぱっと明るくなる。
「うん!」
「ありがとう、お母さん!」
少年は嬉しそうに赤子を抱え、家の中へ駆け込んでいった。
玄関先では、小さな黒猫が丸くなって座っている。
「ニャ。」
まるで役目を果たしたと言うように、小さく鳴いた。
そして家の表札には、古びた文字でこう書かれていた。
――ツェッペリン将軍。
魔王の娘と、この家との運命の出会いが、ここから始まる。




