第16話 黒豹の守護者
翌日の夕暮れ。
王都へ向かう街道を、一台の乗合馬車が進んでいた。
荷台には商人や旅人。
そして、クレーム老婆が赤子を抱えて座っている。
「王都へ着けば大儲けだよ。」
老婆は赤子の指輪を見て、いやらしく笑った。
その時だった。
「止まれぇ!」
森の中から十五人ほどの盗賊が飛び出した。
「盗賊だ!」
御者が叫ぶ。
馬が暴れ、馬車は止まる。
「全員、その場から動くな!」
盗賊たちはあっという間に乗客を取り囲んだ。
勇敢に抵抗した護衛も、数で押し切られる。
「くそっ!」
縄が飛ぶ。
一人、また一人と縛られていく。
老婆も逃げ出そうとした。
「ひぃぃ!」
しかし足を引っかけて転ぶ。
「あいたっ!」
そのまま盗賊に捕まり、ぐるぐる巻きにされた。
「全部出せ!」
財布。
荷物。
服。
靴。
身ぐるみを剥がされる。
盗賊は老婆の革袋を見つけた。
「おっ。」
「金貨一枚。」
「今日はついてるな。」
老婆は叫ぶ。
「返せぇぇ!」
「それはワシの金だ!」
もちろん盗賊は笑うだけだった。
「知るか。」
その時。
毛布に包まれた赤子を見つける。
「なんだ?」
盗賊の一人が持ち上げる。
「赤ん坊か。」
「いらねぇな。」
ぽいっ。
近くの草むらへ放り投げた。
幸い毛布が衝撃を和らげ、赤子は怪我をしなかった。
「おぎゃあああっ!」
元気な泣き声だけが夜の街道へ響く。
「行くぞ!」
盗賊たちは荷物を抱え、森へ消えていった。
残されたのは、縄で縛られた乗客たちだけだった。
深夜。
月明かりだけが街道を照らしていた。
草むらで泣き続ける赤子。
「おぎゃあ……。」
その時。
どこからともなく、一匹の小さな黒猫が現れる。
「ニャ。」
赤子の前へ座る。
金色の瞳が月明かりに輝いた。
静かに目を閉じる。
次の瞬間――。
黒い魔力が体を包む。
小さな体が大きくなる。
筋肉が盛り上がり、鋭い牙が伸びる。
黒猫は、巨大な黒豹へと姿を変えた。
月光を浴びた漆黒の毛並みは、美しく神々しい。
黒豹は赤子を優しく口でくわえる。
傷一つ付けないよう、そっと。
そして背中へ乗せる。
赤子は泣き止み、安心したように黒豹の毛へ顔を埋めた。
「グルル……。」
黒豹は森の奥へ駆け出した。
音もなく。
風のように。
誰にも気付かれることなく、その場を去っていく。
翌朝。
「うぅ……。」
縛られていた旅人たちは、近くを通りかかった商隊に助けられた。
縄を切られた老婆は真っ先に叫ぶ。
「ワシの金貨!」
「盗まれた!」
「返せ!」
周囲の誰も答えない。
老婆は辺りを見回す。
そして気付く。
「……あれ?」
「赤ん坊は?」
草むら。
馬車の下。
荷物の陰。
どこにもいない。
「いない!」
「赤ん坊がいない!」
老婆は髪を振り乱して叫んだ。
「あれはワシの財産だったのに!」
「赤ん坊さえいれば逆転できたのに!」
その言葉を聞いた乗客たちは、一斉に顔をしかめた。
「財産……だと?」
「赤ちゃんを物扱いか。」
「あんな状況でも、心配するのは子どもの命じゃなく金か。」
「ひどい婆さんだ。」
誰一人として老婆に同情する者はいなかった。
老婆はなおも地団駄を踏みながら叫び続ける。
「返せぇ!」
「ワシの財産を返せぇ!」
しかし、その声は虚しく森へ消えていく。
一方その頃――。
朝日に照らされた深い森の中を、一頭の黒豹が静かに歩いていた。
その背には、すやすやと眠る魔王の娘。
少女の新たな運命は、王都でも村でもない場所へと向かい始めていた。




