1章 第2話 【家族】
先程は閻魔大王と会話……と言うには一方的な話をしていた翔。目を覚まして、自分が赤ちゃんになっている事に気がつく。
目の前の二人、紫髪紫瞳の若い男性と紫髪紫瞳の綺麗な女性が翔を大事そうに抱えている。
「————」
二人は口を動かしていて、何かを喋っているが聞き慣れない言語のため翔には理解できなかった。だが——、
——状況的にこの二人は親、だよな……?
◇ ◇ ◇
翔が転生してから三年が経った。最初は聞き慣れていない言語だったが少しづつ言葉を覚えて行くことで、聞きとる事や、喋ることができるようになった。もちろん歩くこともできる。
「よぉし! 今日も読み聞かせてやるから覚悟しろよぉ?」
「何で読み聞かせるだけなのに、覚悟が必要なのさ」
「いや、それはあれだよ。あまり起きてるとイヴに怒られるだろ?」
紫髪紫瞳の男性——アダムは毎晩飽きもせず翔に本を読み聞かせている。
紫髪紫瞳の女性——イヴはアダムが読み聞かせているのを見ると、いつまで起きてるんだと怒る。それをアダムは警戒している。実際二.三回は怒られている。その時翔は寝たふりでその場を凌いでいるが、イヴに怒られるアダムを見ていると、申し訳ない気持ちで仕方がない。
「……それは確かに」
「それじゃ、始めるぞ。昔々世界を破滅に追い込んだ三つの首を持つ龍がいました。その体はデカく世界の八割を覆う体躯でした」
翔はこの英雄譚を何度も聞いているのに、初めて聞く話のように目を光らせながらアダムと一緒に本み見つめる。
「人々は絶望していました。しかし、そこに一人の男が現れました。彼はエデンと名乗った。彼は三首龍を討伐すると言い出しました。そして、彼は三首龍を討伐して見せました。彼を世界が英雄と称えた。英雄はお姫様と結婚して、一緒に幸せに暮らしました」
「……今も世界は平和なの?」
「いや、平和じゃないな。魔王はいるし、モンスターもいる。果ては六大魔獣なんて化け物といるくらいだ」
「六大魔獣?」
魔王とモンスターは理解できる。だがヘルにとって六大魔獣とは聞き慣れない単語だった。
アダムは頷き言葉を続ける。
「六大魔獣は、世界を作ったとか言われてるな。モンスターのさらに上の存在みたいなもんだ」、
ヘルは顎に手を当てる。
神が世界を作ったわけじゃないのか? 世界を作った魔獣が敵とか無理ゲーじゃね……?
「……いつか、平和になるかな?」
「いつかはなるさ。その平和を作るきっかけにヘルがなっても良いんだぞ?」
真剣な眼差しで返してくるアダム。平和を作るきっかけに翔——ヘルがきっかけになっても良いと言ってくる。
「英雄になるのも悪くないかもしれないね」
「まぁ、まだまだ長生きするんだ。答えを出すには早いな。ん? どうした? もう眠いか?」
「うん。ちょっと眠くなってきた」
「なら今日は寝るか。おやすみ」
「おやすみ」
アダムと……お父さんとこうして「おやすみ」を言うのはいつぶりかと思いに耽るヘル。
これからどんな生き方をしていくのか、考えながら夢に落ちて行く。
◇ ◇ ◇
さらにあれから四年が経ちヘルは七歳になった。そして今は——、
「ほら! これの何が気に食わないの! 簡単なことでしょ〜?」
「いやいや、簡単だよ? 簡単すぎるんだよ! 普通に髪と瞳で扱う属性が分かるってどうなの!?」
イヴとはお昼食後にこうして、この世界の常識を知るために勉強をする事になっている。この異世界の常識にヘルは悪戦苦闘していた。
「普通は戦った時に初めて、あ! 火の魔法使いだ! って分かるもんでしょ? なのに初めからあいつは火属性だな。なんて分かったらつまらないよ!?」
「楽しむんじゃないのよ? 見ただけで属性が分かるなんて、親切でいいじゃない」
「うぅ」
確かに初見で属性が分かれば対策はしやすいとヘルは納得できてしまう。
しかし、転生前はゲームでその場その場で判断していたためそちらの方がやり甲斐を感じてしまうのもゲーマーの性。
「も〜、一旦これは置いといて十歳になったらやる事があります。それは——」
「——はい! 冒険者登録です!」
「正解です!」
ヘルはイヴがずっと言ってきている冒険者登録を早くしたくて堪らない。この冒険者登録でステータスやら、魔法が使えるかどうかが分かるらしい。
気にならないわけがない。
ここできっと主人公補正が有るのだとヘルは信じている。魔法を使ってみたい。これを思ったことがない人はいないと思う。魔法を使う夢を見たり、妄想したりするはずだ。
「早く十歳にならないかなぁ」
「そんなに外を眺めてもあと三年もあるのよ。気長に待ちなさい。あと、外には出ちゃだめよ?」
「分かってるよ」
アダムとイヴはヘルを外に出そうとはしない。いつだか「何で?」と聞いたが答えてはもらえなかった。特に考えないようにする事にした。
「それより、属性が外見で判断されるって事は、俺の場合……黒髪金瞳、これ何属性なの?」
「あはははは」
イヴは明後日の方を向き空笑いを上げる。それをヘルは訝しげに見つめる。
以前イヴが言っていた。火、水、土、風、闇、光、無属性と7属性が存在すると。そのうち黒髪は無属性に分類される。そして金瞳……これは光属性の証。でも——、
「金瞳ってエデン家しか持って産まれないはずなんだけどね〜?」
「——! ま、まさか……俺って実はエデン家だったり……?」
「「それはない」」
薪を運んでいたアダムが玄関から入ってきて、イヴと口を揃えて否定する。
アダム、イヴ、ヘルの三人は笑い合ってご飯の支度を始める。
◇ ◇ ◇
あれから三年が経ち明日には十歳の誕生日。
——長かった。アダムに夢を見せられ、イヴに現実を告げられる日々。
転生してからヘルはこの世界の言葉をアダムの英雄譚の読み聞かせでだいぶ楽に覚えられた。文字と、計算はイヴが昼食後の勉強でみっちりと教わった。焦がれ続けた冒険者登録にもうすぐで辿り着く。
「また読んでるのか? よく飽きないなぁ」
「お父さんが俺に毎晩読み聞かせたからだろ?」
アダムは六歳ぐらいから読み聞かせをしてくれなくなった。文字を読めるようになったから、読み聞かせてくれなくなったとヘルは思っている。
「やっぱり『始まりの英雄』の方が好きなのか?」
「いや、そっちも嫌いじゃないけど『旅する水雄』かな」
この世界には誰もが知っている英雄譚が二つある。一つは世界を破滅から救った英雄の話。もう一つは汚染された世界の水を浄化しながら人を助けつつ旅をする話。
人を助けながら旅をするってのは憧れるな。目指すならこんな英雄になりたい。
……転生前の親子を殺してしまった事は絶対に忘れない。ヘルがもっと心と体も強かったら救えたはずだ。二人を殺すなんて結果にはならなかった。
あんな悲劇をもう二度と起こさないように力を付けて、人を助けて生きていくとヘルは心に強く誓う。
「明日は朝早いんだからあまり、遅くまで起きてるなよ?」
「分かってるよ。明日の俺は誰よりも早く起きる自信があるのもお忘れなく」
「はは、それはそうだな。じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
イヴは既に横で寝てしまっている。家族三人で同じ布団に川の字になって寝ている。
明日は待ちに待った十歳の誕生日。そして、冒険者登録でステータスやら魔法を使えるかどうかが分かる。興奮しすぎて眠れないとヘルは思っていたが——、
蝋燭の灯を消し、未来の自分の姿に想いを馳せていたヘルの額に柔らかい物が当たった気がしたが、理解する間もなく夢に落ちていく。
「おやすみ、ヘル」
「おはよう! 太陽さん! ハッピーバースデー、俺! さよなら、平穏な人生! これから始まる手に汗握る強敵との戦いや、パーティを組み苦楽を共にする絆、そして芽生える恋心。そんな未来のために俺、努力するよ!」
カーテンを勢いよく開ける。今日の太陽はいつもと違い、失明の心配をしてしまうくらい輝いてる気がした。天気は快晴で、視界いっぱいに広がる青空と同じくヘルの心も曇りなど一つもない。
今は目の前のことよりも、先のことでいっぱいだ。
「もう起きてたのか。本当に早かったな、そんなに楽しみだったのか?」
「俺の人生で初めて外に出て、世界を知る事になるんだから当たり前でしょ」
ニヤニヤしながら聞いてくるアダムに、ヘルは少し不機嫌な感じで言い返す。
これがヘルにとって本当の意味で異世界での人生が始まる気がしている日だから。
「あら〜? もうみんな起きてるのね。もう行く?」
「行こう。もう行こう。今すぐ行こう! いてっ!」
イヴに顔を近づけ鼻息を荒くして、答えているとアダムによる拳骨が頭を砕く。
ヘルは蹲り砕かれた頭を押さえつつ、涙目になりながらアダムを睨みつけていると——、
「よし、それじゃ〜行きましょうか!」
一瞬で準備を終えたイヴが部屋に戻ってきて、玄関を開ける。これがヘルにとっての初めての——、
「冒険者ギルドに出〜〜発!」
「「うわぁ!」」
イヴがヘルとアダムの手を取って、初めて家族三人で外出をする。




