第1話 【閻魔大王】
目の前には絵本から飛び出したような閻魔大王がいる。少し違うのは顔が赤くなく、肌色なこと。
どこかで聞いたことがある。閻魔大王の顔が赤いのは、熱してドロドロになった銅を飲む苦行をやっているからだとか。
「貴様が山﨑翔だな?」
声をかけてくる。
俺はさっきまで山にいて、クマと戦って……あぁ、俺は死んだのか。あまり死んだ感じはしないが、今の光景が真実なんだろう。
「えーと、貴方は?」
聞かずにはいられなかった。答えて貰えなくても分かるが、確信したい。
「儂の問いに答えず質問をするか。まぁよい儂は閻魔大王。罪人の貴様を裁く者だ」
細長い板をバチンと机に叩き、渋い声で淡々と言ってくる。
「その、罪人って何ですか? 俺は罪を犯した覚えはないんですけど」
この場には翔と閻魔大王と側近の二人、つまり四人しかいない。翔は罪を犯した記憶などない。言葉を理解するため聞き返すが、
「覚えていないのか? 貴様は人を殺したんだぞ? それも二人もな」
「は? いやいや、待てよ。俺がいつ殺したんだよ? 俺は不登校だっただけで殺人なんて罪を犯すような——」
「はっ、何か思い当たる節でもあったか?」
閻魔大王は、笑って言ってくる。
まさか、いや、あれは殺したのは俺じゃない。俺にできるわけがない。
「つまらん。黙ってるだけで認めないのか。なら儂が直接教えてやろう」
閻魔大王は何か鏡のような物をこちらに見せてきた。そこには翔がクマに突っ込んでいったシーンが映っていた。そして——、
「な!? お、俺が斧を手に取ったせいで、二人は……?」
「貴様がいくら信じていなくても、二人の"首を落とした"という罪は消えない。」
閻魔大王の見せてきた鏡には翔が斧を握り、泣き叫ぶ女の子とお母さんの首を斬って無様に死んでいく姿が映っていた。
「違う! 違う、違う、違う! 俺が殺したんじゃない! 俺は助けようとした! あの二人を俺は! 助けようとしたんだ!」
今までの人生で一番頑張った。頑張るしかなかった。一人で逃げることもできたのに、あんな目をされたら……
「映像が全てだ」
「——っ」
鏡を見つめながら閻魔大王が言ってくる。
俺が殺したのか? 女の子の首が転がっていたのは、俺が斧を振り回して斬った、俺が……
「俺が……」
膝から崩れる。体は軽く、肉体の無い感覚。それでも『膝から崩れる』とこの表現以外に例えられなかった。
頭の中で閻魔大王の言葉が反響する。
首を落とした、首を落とした、首を落とした、首を落とした、首を落とした、首を落とした、"二人の首を落とした"
「おい、連れて来い」
閻魔大王は何かを言っていたが、聞き取れない。
俺が、俺が殺した。
二人の、首を斬って。
「絶望するのはまだ早いだろ? 今から貴様が殺した親子と話をさせてやる」
「——っ!」
口角を上げて告げてくる。
な、何で? どうして? 何を話せって言うんだ。俺は、助けに行って——、
「助けに行って、殺したんでは何の意味もないな! がはははは!!!!」
閻魔大王に言い返せない。言われたことは本当だ。殺してたんじゃ、助けに行った意味がない。
俺が助けに行かなかったら女の子は死ななかったかもしれない。斧なんて持たず、変な格好を付けなければあの子だけは助けられたのに。
「俺は、何のために……」
何のために、女の子の手ではなく、斧を手に取ったのか。何のために、震える足を動かしたのか。何のために、頑張ったのか。
何故、一人で逃げることを選ばなかったのか……。
「連れてきました」
閻魔大王のそばにいた、鬼だろうか? 鬼が鳥籠のような物を持ってきた。その中には、これぞ魂と思える物が入っている。
「よし、二人の発言を許可する」
鳥籠を受け取り、閻魔大王の手に渡って橙色の灯りよりも淡い光で辺りは眩しくなる。すると、
「この、人殺し! 娘を、娘をよくも!!」
「お母さーん! お母さーん! 痛いよおぉぉ!」
「——っ」
鳥籠の中の魂からは憎しみの混じった叫び声と、あの時と同じ悲痛な叫び声で泣いている。
「貴様が殺した二人はこんな簡単に死ぬんじゃなく、貴様にはもっと苦しんで死んでほしいらしいぞ?」
「く、苦しむ?」
俺がお母さんの立場だったら、娘を殺された挙句、自分を殺した人間には苦しんでほしいと思う、かもしれない。
鳥籠から手を離し、翔に向き直す閻魔大王。
「これから貴様にはとある世界に転生してもらう。拒否権はない」
「はぁ? 転生ってなんだよ? 俺は死んだんだぞ?」
突拍子も無い事をいきなり言われ、理解が追いつかない。
今の話でなんで転生なんだ? しかも、するとしても普通神様がやるもんだろ?
「魔王と人類が争っている世界、貴様はその世界で魔王を勝たせろ。人を殺すんだ。これが一番苦しむ事だろう?」
閻魔大王はニヤつきながら冷徹に告げてくる。
は? 今、人を殺せって言ったのか? 無理だろそんなの。俺は好きで殺したわけじゃないし、好きでクマに殺されわけでもない。
「俺に魔王を勝たせるのと、苦しんで死ぬの何が関係あるんだよ?」
「人類を殺し、人類から敵と見做されて人の手によって貴様は死ぬ。再び殺人を犯させるのが罰の一つだ」
「俺は! 人殺しなんて——」
「拒否権は無い。そう言ったはずだ」
もうこれ以上何も言わせないとばかりに、冷徹に告げてくる。
閻魔大王は親子の魂の入った鳥籠を鬼に返し、こちらに手をかざしてくる。
「転生前に一つプレゼントだ。」
「プレゼント? この転生に意味はあるのか…? これは償いなのか?」
気になっていた。この転生は意味があるのか、償いなのかと。首を斬って殺人を犯した俺は、もう一度死なないと罪を償うことができないんじゃないのかと。
「贖罪にはならない。ただ貴様が力があればどのような行動を取るのか、それが気になるだけだ。後は、あの女の考えを汲んでやるのも面白いと思った。——罪の印を。」
「——!?」
体が黒い光に包まれる。熱は感じないし、不快感もない。
これが言っていたプレゼントなのか……?
「よし、もう行け」
「ちょ! 流石にいきなりすぎじゃ——」
「貴様は罪を背負って生きるのか、それとも罪を捨てて生きるのか、楽しみにしてるぞ」
橙色に光っていた灯りは一瞬にして全て消え、辺りは青黒く輝きだす。
閻魔大王が最後に言ってきた言葉の意味はいったい……。
◇ ◇ ◇
「ん、んん……」
目を開けると、そこには初めて見る顔が二つある。
やけに大きく見えるぞ? 本当に転生……させられたのか?
「————」
目の前の二人は口を動かしているが、初めて聞く言語で翔には聞き取ることができない。手を伸ばし、触れようと——、
——自分の手がやけに短いことに気がつく。手をめいいっぱい伸ばしても触れる事はできない。
おい。まさか……赤ちゃんに転生したのか!?




