第9話「陽光の帰還と温かなスープ」
空は明るさを取り戻していた。
朝の太陽が街の石畳を照らしている。
孤児院の煙突から細い煙が上がっていた。
リリアは裏庭の塀を越える。
着地の音は草葉の擦れる音に紛れた。
井戸のそばへ向かう。
冷たい水を汲み上げた。
手と顔の汚れを丁寧に洗い流す。
水が肌を刺すように冷たい。
血の匂いが消えるまで何度も洗う。
清潔な布で水気を拭き取った。
呼吸を深く整える。
暗殺者としての鋭い気配を奥底へ沈める。
平穏な日常を生きる幼女の顔を作る。
リリアは勝手口の扉を開けた。
食堂にはすでに子供たちが集まっている。
無事だった街の様子を窓から見て安堵していた。
マリアが台所で大きな鍋をかき混ぜている。
野菜の甘い香りが部屋に満ちている。
彼女は振り返る。
リリアの姿を見つけると顔をほころばせた。
「リリア。どこに行っていたの。心配したのよ」
マリアは小走りで駆け寄ってくる。
リリアを強く抱きしめる。
修道服から石鹸の香りがした。
マリアの体温が冷え切った身体に伝わってくる。
リリアはそっと彼女の背中に腕を回した。
「ごめんなさい。裏庭で隠れていたの」
リリアは声のトーンをわずかに高くする。
不安げな子供の演技だ。
マリアは安堵の息を吐いてリリアの頭を撫でる。
「無事でよかったわ。さあ朝ご飯にしましょう」
席につく。
木の器に温かいスープが注がれた。
昨日の干し肉が細かく刻まれて入っている。
リリアは木のスプーンを手に取る。
スープを一口すする。
塩気と肉の旨味が舌に広がる。
胃の腑からじんわりと温かさが広がっていった。
張り詰めていた筋肉の緊張が解ける。
子供たちの賑やかな笑い声が耳に届く。
外ではレオンたち冒険者が凱旋の声を上げていた。
街は平和を取り戻したのだ。
リリアはスープを飲みながら密かに微笑む。
誰も彼女が街を救ったことを知らない。
知られる必要もない。
彼女はこの小さな食卓を守りたかっただけだ。
『これでしばらくは平穏ね』
彼女は器を空にする。
マリアが嬉しそうにおかわりを勧めてきた。
リリアは頷いて器を差し出す。
太陽の光が窓から差し込んでいる。
木漏れ日が彼女の小さな手を温かく照らしていた。




