第7話「魔の閃光と死角の舞踏」
ザガンの指先から黒い閃光が放たれた。
大気が震える。
熱線が大理石の床を焦がしながら突き進んでくる。
リリアは視線を落とさない。
両膝の力を同時に抜く。
身体が重力に従って落下した。
閃光が頭上を通り過ぎる。
髪の毛が数本焦げる匂いが鼻をついた。
背後の壁に熱線が直撃する。
石が弾け飛ぶ鋭い音が廊下に響いた。
彼女は床すれすれで姿勢を保つ。
手足を滑らせて前進した。
摩擦を抑えた独特の移動術である。
滑るように距離を詰める。
ザガンの赤い瞳がわずかに見開かれる。
彼は後退しようと右足を引いた。
だがリリアの動きはそれよりも速い。
ザガンの膝下へ滑り込む。
衣服の下に隠していた黒い刃を抜く。
光を反射しない暗殺者の得物だ。
刃先をザガンの右足首へ向ける。
硬い皮膚の隙間を狙う。
アキレス腱の接合部を的確に切り裂いた。
肉を裂く手応えが指先に伝わる。
ザガンの巨体が大きく傾いた。
「小賢しい真似を」
ザガンが低い声で唸る。
彼は倒れまいと左足で踏みとどまる。
両腕を頭上に掲げた。
周囲の空気が急速に冷えていく。
魔力が球体となって形成されていった。
廊下の壁に無数のひびが入る。
天井のシャンデリアが揺れて落下した。
ガラスの破片が床に散らばる。
リリアは弾かれたように後方へ跳躍した。
床を蹴る音はしない。
ガラスの破片も踏まなかった。
彼女は壁の柱の裏へ身を隠す。
黒い魔力の球体が炸裂した。
強烈な衝撃波が廊下を駆け抜ける。
柱の表面が削り取られていく。
石の粉塵が白く舞い上がった。
視界が遮られる。
ザガンは粉塵の中へ向けてさらに魔力を放つ。
連続した破壊音が空間を埋め尽くした。
『力任せの攻撃は隙が大きいわ』
リリアは粉塵の奥で息を潜める。
心拍数を極端に下げる。
体温すらも周囲の冷気に溶け込ませた。
周囲の静寂に溶け込んでいる。
ザガンの攻撃が止まった。
彼は荒い息を吐く。
粉塵が少しずつ晴れていく。
柱の裏にリリアの姿はなかった。
ザガンは眉間にしわを寄せる。
周囲を鋭く見回す。
彼の意識は床と壁に向いていた。
「どこへ消えた」
ザガンの声に焦りが混じる。
リリアは彼の上にいた。
破壊された天井の梁に張り付いていたのだ。
蜘蛛のように手足を駆使して体を固定している。
筋肉の収縮だけで体重を支えていた。
ザガンが真下を通り過ぎる。
彼のつむじが眼下に見えた。
リリアは梁から手を離す。
重力に身を委ねて落下する。
空気の抵抗を指先で切り裂く。
音もなくザガンの背後へ降下した。
彼が上空の気配に気づく。
振り返ろうと首を動かした。
リリアの黒い刃が閃く。
骨の隙間である頸椎の関節を狙う。
刃は吸い込まれるように肉へ沈んだ。
ザガンの動きが停止した。
赤い瞳から光が失われていく。
彼は声も出さずに床へ崩れ落ちた。
重い地響きが館を揺らす。
リリアは刃を引き抜いた。
血の汚れを布で拭い取る。
彼女は短く息を吐く。
呼吸の乱れはない。
廊下の奥の部屋から怯えた声が聞こえてきた。
黒幕である悪徳貴族が隠れている部屋だ。
リリアは静かに歩みを進めた。




