第6話「迫る暗雲と静かなる出陣」
けたたましい鐘の音が街に響き渡る。
朝の静寂が引き裂かれた。
警告の鐘だ。
孤児院の窓ガラスが微かに震える。
子供たちが怯えて泣き出した。
マリアは青ざめた顔で子供たちを抱きしめる。
リリアはベッドから飛び起きた。
床の冷たさなど気にしない。
彼女は窓から身を乗り出す。
街の正門の方角から黒い煙が上がっている。
焦げた肉と木の匂いが風に乗って運ばれてきた。
怒号と悲鳴が入り混じっている。
魔物の群れが街へ押し寄せていた。
「外へ出ては駄目よ。扉に鍵をかけて」
リリアはマリアに鋭く指示を出す。
幼女の口調ではない。
だがマリアは反論せず力強く頷いた。
リリアは自室に戻る。
ベッドの下から小さな木箱を引き出す。
中には鉄を鍛え直して作った細い刃が入っている。
光を反射しないように表面を黒く煤で汚していた。
彼女はその刃を服の裏に隠す。
手首と足首の関節を回した。
骨の鳴る音はしない。
筋肉の動きは滑らかだった。
窓から外へ飛び出す。
屋根を伝って正門へ向かう。
眼下の通りを人々が逃げ惑っていた。
冒険者たちが武器を持って正門へ走る。
レオンの姿もあった。
彼は長剣を抜き放ち仲間を鼓舞している。
門の外には無数の異形の影がうごめいていた。
だがリリアは門へは向かわない。
彼女の視線は別の場所を捉えていた。
街の裏手にある領主の館だ。
魔物の群れは囮にすぎない。
真の脅威はそこから漂ってくる。
空気を凍らせるような強大な気配だ。
彼女は屋根から屋根へと跳躍した。
重力を無視したような軽い身のこなしだ。
館の裏庭に音もなく着地する。
石造りの館は異様な静けさに包まれていた。
警備の兵士たちは倒れている。
外傷はない。
恐怖で顔を歪めたまま息絶えていた。
リリアは館の中へ足を踏み入れた。
大理石の床が冷たく光っている。
長い廊下の奥に人影があった。
黒いローブを羽織った長身の男だ。
頭部にはねじれた角が生えている。
上位魔族ザガンだった。
彼は振り返る。
赤い瞳が闇の中で光った。
「鼠が迷い込んだか」
彼の声は空気を震わせる。
鼓膜を直接殴られるような圧迫感がある。
リリアは足を止めた。
彼との距離は十歩。
物理的な間合いを正確に測る。
「あなたが糸を引いていたのね」
リリアの声は平坦だった。
感情の起伏はない。
ザガンは鼻で笑う。
「哀れな子供だ。恐怖で声も出ないようだな」
彼は右手を軽く持ち上げた。
指先に黒い魔力が凝縮していく。
空間が歪むのが見えた。
強大なエネルギーの塊だ。
リリアは動じない。
彼女は重心をわずかに落とした。
両手の指先を静かに開く。
氷のような殺気が彼女の周囲の空気を薄くしていく。
『さあ』
『仕事の時間よ』
彼女は音もなく一歩を踏み出した。




