第5話「恩返しと不穏な影」
数日が経過した。
冷たい風が街に吹き込む。
孤児院の庭に枯れ葉が舞っていた。
木製の門が軋む音を立てて開く。
レオンが立っていた。
彼の背後には荷車がある。
割られた薪が山のように積まれていた。
大きな布袋には干し肉が詰まっている。
マリアが驚いて玄関から飛び出してきた。
修道服の裾が風に揺れる。
「レオンさん。これは一体どういうことですか」
レオンは照れくさそうに頭を掻く。
「リリアの嬢ちゃんへの礼だ。受け取ってくれ」
子供たちが荷車に群がる。
肉の匂いに目を輝かせていた。
マリアは深く頭を下げた。
目元に涙を浮かべている。
リリアは少し離れた場所からそれを見ていた。
レオンが彼女に近づいてくる。
彼の顔から笑みが消える。
真剣な眼差しに変わった。
「少し話せるか」
リリアは頷いた。
二人は庭の隅にある大きな樫の木の下へ移動する。
周囲に他の子供たちの姿はない。
風が木の葉を揺らす音が響く。
レオンは周囲を警戒するように見回す。
声を潜めた。
「森の様子がおかしい」
「あの黒い猪だけじゃない」
「見たこともない魔物が増えている」
リリアの目がわずかに細められる。
心臓の鼓動が一つ跳ねた。
「領主軍は動いているの」
レオンは顔をしかめる。
拳を強く握りしめている。
「それがおかしいんだ」
「門の警備を減らしている」
「まるで見逃しているみたいだ」
リリアの脳内で情報が結びつく。
悪徳商人バルドの背後には貴族の存在があった。
そして森の異常な魔物の発生。
すべてが一本の線で繋がる。
誰かが意図的に魔物を街へ招き入れようとしている。
それもただの野盗レベルではない。
強大な力を持つ何者かが裏で糸を引いている。
彼女は冷たい空気を肺に吸い込んだ。
吐く息は白い。
『街を丸ごと呑み込むつもりね』
レオンは彼女の顔をのぞき込む。
「嬢ちゃんはしばらく森へ近づくな」
「何かあれば俺のところへ来い」
彼はそれだけ言い残して去っていった。
リリアは樫の木の幹に寄りかかる。
ザラザラとした樹皮の感触が背中に伝わる。
彼女は視線を空へ向けた。
厚い雲が太陽を隠している。
街を覆う影が色濃くなっていた。
◆ ◆ ◆
夜が訪れる。
リリアは孤児院の屋根に登った。
瓦の上に静かに座る。
街全体を見渡す。
遠くの森から不自然な冷気が流れてきていた。
肌を刺すような悪意の波動だ。
常人には感じ取れない微かな歪み。
魔族特有の淀んだ気配である。
前世で培った危機感知能力が警鐘を鳴らしていた。
敵の姿は見えない。
だが確実にそこにある。
リリアは呼吸を深く整えた。
血管の隅々まで酸素を行き渡らせる。
筋肉の緊張を解く。
彼女は暗殺者としての本能を静かに呼び覚ましていた。




