第3話「ギルドのざわめきと緑の森」
朝の光が街を明るく照らし出す。
孤児院の朝はいつも通りに始まった。
だが昨日の暗い雰囲気はない。
バルドからの使いが朝早くに訪れたのだ。
借金は手違いだったという謝罪の手紙を持っていた。
マリアは手紙を抱きしめて涙を流す。
子供たちも安堵の声を上げて喜んでいる。
リリアは少し離れた場所でそれを見守っていた。
唇の端にわずかな笑みが浮かぶ。
平和な日常は守られた。
だが根本的な資金難は解決していない。
冬を越すための薪も食料も不足している。
リリアは街の中心へ向かって歩き出す。
◆ ◆ ◆
冒険者ギルドの大きな木製の扉が見えてくる。
彼女は両手で重い扉を押した。
むせ返るような熱気とざわめきが耳に飛び込んでくる。
汗と酒と鉄の匂いが混ざり合っていた。
屈強な男たちが円卓を囲んで酒を飲んでいる。
武器の手入れをしている者もいた。
リリアは人混みを縫って受付へ歩み寄る。
背伸びをしてカウンターの縁に手をついた。
「依頼を受けたいの」
受付の女性が目を丸くする。
羽ペンを置いてリリアを見下ろした。
「迷子かしら。お家はどこ」
リリアは表情を変えずに答える。
「仕事を探しているの。薬草の採取ならできるわ」
女性は困ったように眉を下げる。
「子供には危険よ。森には魔物が出るの」
リリアはカウンターに小さな銀貨を置いた。
孤児院の裏庭で見つけた古い硬貨だ。
「登録料よ。十五歳よ」
女性は苦笑いを浮かべる。
リリアの真っ直ぐな瞳に気圧されたようだ。
彼女は一枚の羊皮紙を差し出した。
「これなら街の近くよ。気を付けてね」
リリアは依頼書を受け取る。
背後から重い足音が近づいてきた。
「おいお嬢ちゃん。ここは子供の遊び場じゃないぜ」
声の主は若い剣士だった。
革の鎧を着ている。
腰には使い込まれた長剣を下げていた。
レオンという名前の冒険者だ。
彼は見下ろすように笑っている。
周囲の仲間たちも面白そうに見ていた。
リリアは彼を一瞥する。
筋肉の付き方は悪くない。
だが重心がわずかに浮いている。
実戦経験は少ないようだ。
「心配ありがとう。でも大丈夫よ」
リリアは短く答えてギルドを後にした。
◆ ◆ ◆
街の門を抜ける。
深い森が広がっていた。
土と落ち葉の匂いが鼻腔を満たす。
木漏れ日が地面に斑模様を描いていた。
リリアは依頼書にある薬草を探す。
瞳孔を開き森の微かな匂いをかぎ分けた。
土の色と草の形状を瞬時に判別する。
大樹の根元に目的の草を見つけた。
小さな手で根を傷つけないように丁寧に摘み取る。
麻袋に入れていく。
順調に依頼をこなしていた。
突然遠くで空気が震える。
重い金属音が森に響き渡った。
誰かが激しく戦っている。
リリアは耳を澄ませる。
先ほどのレオンの声が微かに聞こえる。
怒声の中に恐怖が混じっていた。
どうやら窮地に陥っているようだ。
リリアは短く息を吐いた。
『仕方ないわね』
彼女は麻袋を木の陰に隠す。
音もなく駆け出した。
森の奥へと進む。
木々の間を滑るように走る。
落ち葉を踏む音すらない。
現場に到着した。
太い木の枝に飛び乗る。
眼下でレオンたちが魔物に囲まれていた。
巨大な黒い猪の魔物だ。
表面は硬い岩のような外殻で覆われている。
レオンの剣は外殻に弾かれていた。
剣を握る彼の手から血が流れている。
仲間たちも地面に倒れ伏していた。
レオンは荒い息を吐く。
絶望の色が顔に浮かんでいた。
魔物が前足を高く上げる。
鋭い蹄がレオンに振り下ろされようとしていた。
リリアは木の枝から跳躍する。
重力を利用して急降下する。
気配は消し去っていた。
魔物は頭上の脅威に気づいていない。
リリアの小さな足が魔物の首の関節に触れる。
外殻の隙間にあるわずかな急所だ。
彼女は落下の勢いを利用してそこを的確に蹴り抜いた。
骨の砕ける鈍い音が響く。
魔物は声も上げずにその場に崩れ落ちた。
巨体が地面を揺らす。
土煙が舞い上がった。
レオンは呆然と目の前の光景を見つめていた。
土煙が晴れる。
そこには無表情な幼女が立っていた。
リリアは服の土を軽く払う。
「大丈夫」
レオンは言葉を失ったまま何度も瞬きを繰り返した。




