第12話「雪の降る夜と確かな温もり」
空から白い欠片が舞い降りてくる。
今年初めての雪だ。
中庭の枯れ木が薄っすらと白く染まっていく。
リリアは窓枠に手をついて外を眺めていた。
吐く息が白く曇る。
窓ガラスは氷のように冷たかった。
前世での雪の記憶は常に死と結びついていた。
標的を待つための凍えるような潜伏時間。
体温を奪い感覚を麻痺させる白い悪魔。
雪の降る日は血の匂いが空気に長く留まった。
良い記憶は一つもない。
リリアは指先で窓ガラスの曇りをなぞる。
背後から足音が近づいてくる。
柔らかい布が彼女の首元に巻かれた。
マリアが手編みの赤いマフラーを巻いてくれたのだ。
「冷えるわよ。風邪を引かないようにね」
毛糸のふくらみが首の周りの空気を温める。
マリアの体温が布を通して伝わってきた。
リリアはマフラーに顔を埋める。
羊毛の優しい匂いがした。
◆ ◆ ◆
食堂の長机には豪華な食事が並んでいる。
バルドからの寄付とレオンからの報酬のおかげだ。
塩漬け肉と豆の煮込みが大きな鍋で湯気を立てている。
焼きたてのパンの香ばしい匂いが部屋を満たしていた。
子供たちが歓声を上げながら席につく。
彼らの瞳は喜びで輝いていた。
リリアも自分の席に座る。
隣の少年が大きなパンを両手で千切った。
笑い声が絶え間なく響く。
暖炉の火が赤々と燃えていた。
薪が爆ぜる高い音が心地よいリズムを刻む。
リリアは煮込み料理を口に運んだ。
肉の脂と野菜の甘みが舌の上に溶け出す。
温かい食事が胃の腑を満たしていく。
内側から身体が熱を帯びていった。
首元のマフラーがさらに温かく感じる。
リリアの唇の端が自然と持ち上がった。
冷たい暗殺者の顔ではない。
年相応の幼女の柔らかな笑みだった。
誰も彼女の過去を知らない。
血に染まった手を誰も責めない。
彼女はただのリリアとしてこの空間に存在していた。
窓の外では雪が激しさを増している。
街全体が白いベールで覆い隠されていく。
しかし孤児院の中には確かな熱があった。
人々が寄り添い合うことで生まれる生命の温もりだ。
リリアは目を閉じた。
暗闇の中に恐怖はない。
ただ温かいオレンジ色の光だけが残像として浮かんでいる。
この穏やかな時間が永遠に続くとは思っていない。
それでも彼女の心には迷いがなかった。
静かに決意の炎を燃やし続ける。
悪意がこの陽だまりを脅かすなら何度でも闇に潜る。
誰にも気づかれることなく障害を排除する。
それが彼女なりの愛情の形だった。
リリアは目を開ける。
マリアが微笑みかけている。
彼女は赤いマフラーを握りしめながら深く頷いた。




