第11話「冬支度と小さな共犯者」
孤児院の古い屋根に冷たい風が吹き付ける。
一部の瓦がひび割れていた。
冬の雪が積もればそこから水が漏れる。
マリアが庭から心配そうに見上げていた。
リリアは屋根の上に立っている。
傾斜のある瓦の上でも彼女の足元は揺るがない。
足の裏全体で重力を分散させている。
粘土と漆喰を混ぜた桶を片手に持っていた。
「リリア。危ないから降りてきなさい」
マリアの声が風に流される。
リリアは桶から漆喰をすくう。
木べらを使ってひび割れを丁寧に埋めていく。
「大丈夫よ。サーカスの真似事よ」
彼女は子供らしい無邪気な声を出した。
重心の移動は的確に制御されている。
瓦の上を滑るように移動した。
次々と隙間を塞いでいく。
マリアは両手を組んで祈るように見つめている。
作業を終えたリリアは雨樋に手をかける。
体重を預けて静かに地面へ降りた。
着地の音はしなかった。
マリアが駆け寄ってくる。
リリアの小さな肩を強く抱きしめた。
「怪我がなくてよかった。本当に無理はしないで」
マリアの手の温もりが服越しに伝わる。
リリアは背中に回された手から安らぎを感じた。
◆ ◆ ◆
そのときだった。
孤児院の門の前に一台の荷馬車が止まる。
装飾のない地味な馬車だ。
御者台からくたびれた服装の男が降りてきた。
彼はバルドの屋敷で働いていた使用人の一人だ。
リリアはすぐに男の顔を認識する。
男は大きな木箱をいくつか地面に下ろした。
マリアが不思議そうに歩み寄る。
「あの。どちら様でしょうか」
男は深く帽子をかぶったまま頭を下げる。
「匿名の寄付です。冬を越すための毛布と保存食が入っています」
男の声は微かに震えていた。
視線がマリアの後ろに立つリリアへ向かう。
リリアは無表情のまま男を見つめ返した。
氷のように冷たい視線だ。
男は恐怖を堪えるように息を呑む。
慌てて御者台へ戻る。
馬車は逃げるように走り去っていった。
土煙が風に舞う。
マリアは信じられないという顔で木箱を見下ろした。
木箱の蓋を開ける。
真新しい厚手の毛布が丁寧に畳まれていた。
下には塩漬けの肉と麦がぎっしりと詰まっている。
「神様のご加護だわ」
マリアは両手を胸の前で合わせた。
嬉し涙が彼女の頬を伝う。
リリアは冷たい風から身を守るように腕を組む。
バルドは命の恐怖から逃れられなかったらしい。
懺悔のつもりか口封じのつもりか。
どちらでもよかった。
結果として孤児院の子供たちが冬を越せる。
それ以上の価値はあの商人の行動にはない。
リリアは木箱の持ち手を掴む。
マリアと一緒に食堂へ荷物を運び込んだ。
重い箱だが彼女の計算された身体操作には造作もない。
食堂の中はすでに暖炉の火が焚かれていた。




