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【完結済】飛竜落とし姫は振り向かない ~戦う聖女は騎士団所属~  作者: 米野雪子


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終結





今は、どういう状況なのだろう。

目を閉じたまま、サトミは思考にふけっていた。


みんなは何処?

そういえば私…どうしたんだっけ?

何で、体が動かないの…





息をするんだっ …頼むっ、から…


サトミ──────────…………ッ





…あ………




グレンさんの悲痛な叫びを思い出す。


そうだ。


私は死ぬ覚悟で、あの魔獣討伐で最後の神聖力を使い切ったんだ。

そして…私は死んだはず。でも、生きてる…


枯渇した魔力を誰かが、どうにかしてくれたんだ。

誰か…犠牲になったりしてないよね?


それに、このヴァニタリス王子殿下…何か違和感がある。


すると、ソッと私の手に触れ、

不安な気持ちに寄り添うように、フンワリ手を握られる。

そして第一王子は、顔を寄せ声を潜めて囁いた。



「サトミさん、目を瞑ったまま聞いてください。

 俺はアキラです。

 幻影魔法で姿を変えています。

 魔獣の脅威は、現在なくなりました。安心してください。

 そして、なぜこんな状況になっているのか、今から説明します…」



王子の違和感の正体が分かり、

私はホッとしつつ、アキラさんの言葉に耳を傾けた。


先の大戦での死者はゼロ。未だにレガリア国王は行方不明。

倒れた私をグレンさんが凍結魔法で、死の手前で仮死状態に保護。

ヴァニティーナ王女殿下と友人になった、朝露の精霊の助言と助力で、

皆に配っていた身代わり魔石を返却して貰い、魔力を私に返還したこと。

そして、それから3ヶ月以上経過していること。

わずかに魔力量が足らず、まだ全快は出来ていないこと。


そして、この謎の状況である。


後ろでコソコソ話しているのは、“聖女召喚肯定派” 。

身代わり魔石の返却を拒否し、人為的な稀人召喚を復活させよと要求している

一派だそうだ。勿論、国王陛下は否定して却下している。

彼らは、第一王子の私への執着を利用して、次期国王への後押しと、

私を王家入りさせる約束をして、彼を抱き込んだ。

そして、私を攫って人質にし、再度要求を飲ませようとしており、

上手くいかなければ、今生の国王陛下にクーデターを画策している。


彼らの動きを注視していた国王陛下に、この情報は既に筒抜けで、

陛下は、危険分子を現行犯で一網打尽にしたいと考え、

魔法塔の結界の抜け道を作り、わざと私を拐わせようと提案した。


実際、肯定派より魔術師団員の一人に取引を持ちかけられたのである。

何でも彼の実家が老朽化しており、建て直すのに大金が必要なのを調べた

肯定派は、その援助をすると提案。彼は当然ステラ師団長に報告。

そして国王に伝えられ、王家が彼に全額支給をすると約束し、

肯定派に従うフリをして貰い、私を引き渡す役をさせたそうだ。


勿論、私が危険に晒されるような提案に、

グレンさんはじめ、北の騎士団員が了承する訳がなかった。


事実、グレンさんは国の最高権力者の国王陛下に対して、

ふざけんなと叩き斬る勢いで激怒したそうで、

国王陛下はビビリながらも、ある約束をしたという。

今後、私を王家に引き入れるような真似は、“絶対” にしないと。


グレンさんは憤慨しながらも、口頭の約束では信用できないと、

魔法契約を行ってキッチリ確約させたそうだ。

う~ん、実にしっかりしているし、大層なご立腹である。


そして、幻影魔法を使えるアキラさんが王子に姿を変えて、

私を絶対死守する役目を担ってくれているらしい。

アキラさん…大役すぎてプレッシャー半端なさそう…


第一王子は、改心はしているようだが、

まだ信用出来ないので、謹慎という名の待機をさせてあるそうで、

だからこれは、アキラさんしか出来ない役割なのだ。


そして、ここは肯定派の隠れ家で、今夜行動を起こす作戦会議中らしい。

勿論この画策も、既に王家と騎士団員に知られている。


私は目覚めないフリで大人しくしているように、アキラさんに言われ、

軽く頷いて、体の怠さもあり再び眠りについた。


何か、私が倒れている間に色々あったんだな。


ああ…グレンさんに、会いたいな…


いくら本人ではないとはいえ、3ヶ月ぶりに目が覚めての

一番最初の対面が、ヴァニタリス殿下の姿って…

正直テンションだだ下がりの萎えまくりである。

その辺の不愉快さで、この提案をした国王陛下に少々ムカついていた。



「そろそろ出発します。王子殿下、準備を」


「ああ、分かった」


「聖女様は、まだ目覚めませんか?」


「ええ。ずっと眠っています。彼女は私が抱いていきますので、お構いなく」


「では、お願いします。

 まあ、下手に起きて騒がれるよりはいいですがね」



その会話が遥か彼方から聞こえ、ローブに包まれて私の体は抱き上げられた。


そうか、良かれと思って…皆を救いたい一身でやったあの行動が、

こんな形で裏目に出てしまったのだ。

私の神聖力が常にあれば安全だと、一部の人達は思ってしまったのね。


気持ちは分かるけど…


一人の力に頼るのは、国が怠惰になるからって、

結論を出したハズなのに、人間って結局…楽な方に行ってしまうのだ。

自分さえ良ければ、こっちの立場など知ったことではないって事か。


そして、それを阻止しようとしている国王陛下は、

やはり国王らしい、先見の明のある人なのだ。

まあ、やり方は気に入らないけど。



バタンッ



ガラガラガラ…



これ…馬車に乗ってる?

どうやら、馬車2台で出発したようだ。

アキラさんが揺れる振動の中で、私の肩を優しく撫でてくれている。

心配ないと、伝えてくれているのだ。


気配を辿ると、どうやら私とアキラさん、

他には向かいの席に貴族が2名、同乗しているようだ。

そして、馬車が大きく振動して騒がしくなる。



「うわっ、何だっ‼︎」


「何だ貴様!急に飛び出してきて、危ないだろう!」



誰か飛び出してきて、馬車が止まったようだ。

外で何か揉めている…う~、目を開けたいよー。


しばらく言い争う声が聞こえていたが、不意に馬車のドアが開かれた。



「ヴァニタリス…様、向こうの馬車は一杯なので、

 こちらに彼を相乗りさせていいでしょうか。

 彼は道中、獣が飛び出してきて避けた所、驚いた馬が逃げてしまって、

 徒歩で移動していたそうです。

 通りかかった我々の馬車に乗せて欲しいと、止められてしまいました。

 ちょうど我々と同じ王宮へ向かっている、他の村の騎士殿だそうです」


「ああ、構いませんよ。どうぞ、こちらの馬車へ」


「いや~、助かりました。ありがとうございます」



あれ?

誰かが、私を抱えてるアキラさんの隣に、

乗り込んで来たっぽい。



「…おや、病人ですか?」


「ええ、まあ…狭くて申し訳ありません」


「いいえ。こちらこそ、押しかけて申し訳ありません、

 もうすぐ暗くなるので、焦って強引に馬車を止めてしまって。

 でも、助かりました」


「いいえ。災難でしたね」


「その方…大丈夫なのですか?」


「はい。眠っているだけです」



これから、王宮に交渉、もといクーデター仕掛けに行くのに、

第三者なんて乗せて大丈夫なのだろうか…



「おい…不味い。検問しているぞ、王宮騎士だ」


「くそ、やっぱり警戒されているか…」


「このまま押し通れ、ここで足止めされるのは不味い‼︎

 王宮はもうすぐだ!門前で降りて、聖女を盾にすればいい!」


「え?うわっ‼︎」



急に馬車がスピードを上げて、酷く揺れる。

アキラさんが私をグッと強く抱きしめて「ブルー騎士‼︎ 」といきなり叫んだ。

ドンッと大きな振動音で驚いて私は反射的に目を開けてしまった。


アキラさんと途中で相乗りした人物が、

向かい席に座っていた貴族二人を足で蹴り上げていた。

どうやら二人は鳩尾を強打され、体を前に折って呻き声をあげている。


馬車もスピードが下がり、ゆっくり止まった。

そして、王都の騎士が馬車の中に突入してきて、

二人の貴族を乱暴にズルズルと馬車の外へ引き摺り出して行った。



「サトミさん、もう目を開けても大丈夫ですよ」


「…え…これ…何?」


「初めまして、聖女サトミ様ですか?」


「…あ…え?……あっ、ブルー騎士⁉︎ 水の都のっ」


「はい、お久しぶりです。お顔を見るのは初めてなので、

 俺は初めましてです。黒い瞳と黒髪が大変美しい…

 そして、とても可愛らしい顔の方だったのですね。

 素顔を拝見できて、光栄ですっ」



目をキラキラしながら、嬉しそうに言うブルー騎士。

そうか、浄化遠征の時はケープで顔隠してたから、

彼は私の素顔は知らなかったのだ。



「あ、ありがとうございます。でも、どうしてここに?」


「水の都の分の身代わり魔石を届けてくれたんですよ。

 そして、ついでに足止めと同乗者貴族二人を同時に倒す為の

 戦闘要員で協力して貰ったんです。

 顔見知りの騎士では、警戒されてしまうでしょう?」


「あ、なるほどぉ…」


「向こうの馬車も、確保したようです、アキラさん」


「あっちはグレン団長達が対応してくれているから、大丈夫でしょう」


「えっ、グレンさん居るの?」


「はははっ、少し落ち着いたら、すぐ会えますよ」



外に出ると、聖女召喚肯定派は後ろ手に縛られて、見事に捕まっていた。

まあ、私の誘拐の現行犯だしね。



「サトミ!」



この声…



「グ、グレンさんっ⁉︎ どこ?」



キョロキョロしていると、彼が走って来るのが目に入る。

あ…グレンさんだ。グレンさんだっ‼︎

私は、嬉しくて足をパタパタしながら、必死に彼の方へ手を伸ばす。



「アキラ、守ってくれて感謝する。サトミは俺が預かろう」


「はい。確かにお返しします」



グレンさんは、私を受け取り抱き上げた。

フワリとマントが翻り、彼の腕に抱かれる。

力の入らない腕を彼の首に巻きつけてしがみ付いた。



「おかえり…サトミ」


「う、うん、ただいまっ…グレンさん。会いたかった!」


「俺もだよ」


「サトミ様っ、と、とりあえず、目が覚めたばかりなので、

 お水飲んでください、お水!」


「あっ、エリカさん!」



どうやらエリカさんは、私が目が覚めた時用に備えて、

ピッチャー持参で来たらしく、グラスに水を注いで渡してくれる。

ありがたく受け取り、グラスに口を付ける。



「良かったです。目が覚めて…ううっ…さ、ゆっくり…」


「ごめんな、サトミ…こんな事に巻き込んで…」


「ううん。はぁ~…ケホッ…お水美味しい。

 アキラさんから事情は聞いてたから、大丈夫だよ」


「ああ、もうこれで王家は、サトミに手出しできなくなったからね。

 魔法契約したから、こっちのもんだ」


「ふふっ、グレンさん怖~い」


「肯定派一派を捕まえる為とは言え、

 まだ目が覚めていない君を利用したんだから当たり前だ。あのタヌキめ…

 さ、まだ全快ではないんだから、騎士塔に帰って体を休めよう」


「騎士塔に帰れるの?」


「うん、今まで意識がなかったから魔法塔に保護していたが、

 意識が戻ったらいいって、ステラ師団長にも了承貰っている」


「あ…何か雰囲気違うと思ったら、グレンさん髪伸びた?」


「髪?…ははっ、そうだね。そろそろ切らないとな…

 3ヶ月そのままだったからね」


「3ヶ月は長かったね…ごめんなさい…心配かけて…」



それに、髪だけじゃない。

グレンさんは少し、痩せていた。


私は今回の事で、彼をどれほど疲弊させてしまっていたのだろう。

自分は相手に生きていて欲しいと願う一方で、

残された方の悲しみと苦しみを全く考えていなかったのだ。


グレンさんの伸びた髪に触れ、申し訳ない気持ちで、

彼の頭をなでなでした。



「サトミちゃん!」


「サトミさん!」


「姫さ~ん‼︎」


「サトミさん…」


「…サトミ様」


「サイラスさん、レイさん、トウジさん、ステラ様、セオドア様!

 みんなっ、ただいまっ‼︎ みんな、みんな無事で良かった…」



足をパタパタしてる私に、みんな泣きそうな、

そして、嬉しそうな笑顔で駆け寄ってきて、あっという間に囲われた。

その表情を見れば、どんなに心配してくれていたのか、痛いほど理解できた。


私は、皆んなにいっぱい撫でられて、暖かな温もりに触れ、

やっと帰って来たと実感した。



「サトミさぁーん!」



遅れてアレンくんが、凄い勢いで茂みからズザーッと飛び出してくる。

皆ギョッとして一斉にそちらを見て、サイラスさんが呆れ顔で、

アレンくんを嗜める。



「アレン、お前…騎士塔で待機だって言っただろ!」


「罰は受けます!うわぁ~ん、良かったぁー!

 おかえりなさい、サトミさーん‼︎」


「あははははっ、ただいま、アレンくん。心配かけてごめんね」




ただいま、みんな。


帰ってきたよ。


ただいま。




* * * * * * *




「そうか、無事捕縛して解決したか…流石だな」


「聖女召喚肯定派は、聖女の略取・誘拐罪、

 そして、王家への内乱予備罪として、地下牢に入れてあります。

 サトミ様も、目を覚まされたそうです」


「そうか…ああ、本当に良かった。

 だが、サトミ殿を以前のように、気軽に呼べぬようになってしまったな…

 仕方ないとはいえ…」


「グレン団長との誓約です。無視すると今度こそ命がありませんよ」


「あー、全く。アイツは怒ると弟のリンデルそっくりだ。

 血は争えんな…」


「確かに、今は亡きリンデル王弟殿下に気性がそっくりですね。

 真面目な人間は、本気で怒らすとダメです。

 真面目に容赦無く、キッチリやり返して来ますから」


「分かっておる。我が甥ながら、あの時は本当に肝が冷えた…

 国王でなければ、命はなかったな」


「私も隣にいて死を覚悟しました。

 とりあえず、グレン団長が敵国の人間じゃなくて良かったです」


「…あのニコリともしなかった冷血漢が…

 サトミ殿をあんなに深く愛するようになるとはな…感慨深いものだ。

 いやはや、何とも羨ましい」


「そうですね。王族は、政略結婚ばかりですから」


「グレンは既に王位継承権を放棄しているが、本当はな…

 あやつが一番次期国王に相応しいのだ。あの魔力量と統制力と責任感。

 だが、こんな駆け引きだらけの狭い世界は、実直な彼には合わんだろうな。

 結果的に、これで良かったのかもしれん。

 ……さて、肯定派のバカ者どもを裁かねば…」


「ヴァニタリス王子殿下は、どうするのですか?」


「あれは当分謹慎だ。そして、王位継承権を与えるのは危険すぎる。

 性格や思考は簡単に変わらんし、そして、あの流されやすさは懸念がある。

 だが、王家が偏らない思想にならない為の臣下の一人としては、

 勤めて貰おうとは考えておる」


「では継承権は、第二王子のウィルアルド殿下を?」


「今の所はな。あれが一番相応しいだろう。本人は嫌がっておるがな…

 ああ、サトミ殿に見舞いの花ぐらいは贈って良かろう?」


「勿論です。手配しておきます」




* * * * * * *




「ヴァニティーナ王女からの手紙?」


「ああ、全面戦争中に届いていたんだ。

 でも、疲れているだろう?後でもいいんじゃないか?」


「寝てるだけだし…暇なんだもん。読んでみる。

 凄いね、精霊と友人になったんだ」


「ああ、王女も随分雰囲気が変わっていて、まるで別人だったよ」


「蘇生方法も教えてくれたんでしょ?お礼言わないとね」


「元気になってからでいいよ」


「うん。ピザ美味しい~♪」


「ははっ、急に食べすぎるなよ?」


「うん。……なんか…こうやって…普通にしてるの夢みたい…

 あの時で…終わると思っていたから…」


「そうだね。俺もだ。

 君の蘇生は正直、絶望的だったんだ。でも結果的に運命は君に味方した。

 俺が凍結魔法を保持していた事、君が善意で配った身代わり魔石の返却、

 君と大喧嘩して、僻地へ行ったヴァニティーナ王女が精霊と出会い、

 その精霊の証言と助言…全て、君を救う為の道筋が出来ていたんだ。

 そう思わないか?」


「うん、そうだね…不思議な繋がり…」


「これは、偶然じゃないだろう」


「うん……でも、勝手に行動したこと…怒ってる?」


「怒ってるよ」


「ごめん…」


「しかし騎士として、君の気持ちも理解できる」


「グレンさんに…皆んなに…生きていて欲しかった…」


「俺も同じだ。君に生きていて欲しい」


「うん…」


「あんな大戦は、もうこの先ないと思うが…

 今後、二度と自分の命を犠牲にしないでくれ…頼むから…」


「うん…ごめんなさい」


「それに、もう君の償いは済んだのだろう?」


「そう、なるのかなぁ…?」


「自分以外の人達を守る為に、君は自己犠牲を厭わなかった。

 そして、神と思われる存在は、君の心に応えたんだ。

 もう過去の罪は忘れて、この世界で自分の人生を生きて、

 幸せになるんだ。いいね?サトミ」


「うん」



綺麗なアイスシルバーの瞳に見つめられ、私は微笑んだ。

そっと抱き寄せられて、彼の温かな体温に包まれる。

ああ、そうか…私…この腕の中に帰ってこれたんだ…


グレンさんは、私の髪を撫でて頬に口付けを落とし、

マントを翻して仕事に行った。



そして、私はベッドの中で、分厚い便箋をバサリと開いた。

そこに書かれていたのは、二人の王子と聖女キヌさんの真実。



大体は思った通りだった。



レガリア国王、いや、レガリア王子は、

400年以上生き続け、ガレリア国を攻撃していたのだ。


憎悪だけで、彼は長い年月を生きていた。

何て苦痛にまみれた、呪われた人生だったのだろう…


彼はただ、キヌさんが好きで一緒に居たかっただけだった。

その願いさえ、時代による弊害で叶わなかった。


400年の長い年月の中で、

彼の凄まじい私怨は、自らの体が人外になろうと変わらなかった。


何もかも奪われ、愛する人も守れなかった。


後悔と憎悪。


全てを呪い、そして記憶の中で、鮮明に残っていたキヌさんのあの言葉。


“ 私に何かあったら、あの国を滅ぼして ”    


彼は、それを実現しようと、

ただそれだけの為に生きてきたのだろう。


ガレリア国を滅ぼすまで、彼とキヌさんの苦しみと悲しみは…

そして、復讐は…終わらない。 



しかし、どんな理由があろうとも、レガリア王子は罪を重ね過ぎた…

気の毒だが…彼は、もう滅ぶ道しかないのだ。


キヌさんとそっくりの私を見て、彼は何を思ったのだろう。

別人とはいえ、かつての愛しい人が、

敵国側に立って、自分に武器を向け、害そうとしているのだ。



私は、目を瞑って気配を探った。



波長が薄れてはいるが、

現世の心残りと執着心で、まだ留まってるのだろう。

実体はもう滅んで消え去ったのに、

残留思念が大気を漂い、まだ確かに存在している。



私が呼び掛ければ、きっと彼は姿を現す。



レガリア王子とキヌさんの

400年の悲恋の物語を終わらせなくては…




私は────どうしたらいい?


どう、彼に向き合うべき?




分かっている。


この世に産まれて、そして生きていくのに、

意味なんかない。

理由なんかない。

使命なんかない。


私たちは、ただ産まれて、生きて、死んでいく。

自然の摂理の中のただのちっぽけな一部なんだ。

ただ、それだけの存在。特別なんかじゃない。


でも私は、生きる為に理由が必要だった。


だって、見失ってしまう。どこに向かえばいいか、分からない。

だから、生きる意味が欲しかった。

そして、罪を犯してしまった私は、生きる為の言い訳が必要だった。


どうして、こんな事を思考してしまう頭脳を神は与えたのか。


それでさえ、意味などないのに。




でも、キヌさんに瓜二つの私が、生かされて、

今ここにいるのは意味があり、役目があるのだ。


この物語を終わらせる役目が─────。




* * * * * * *




私は目が覚めてから、2週間程ベッドの上で過ごした。

それ以降は動けるようになり、騎士団の訓練はまだ保留にされているが、

とりあえず食堂係には復帰した。


元気になった私を見届け、水の都のブルー騎士は帰って行った。

私がお土産を喜び過ぎたせいか、またピザ持ってきます!と言い残して。

う、嬉しいけどね。


歩けるようになってから、愛馬のユキにも会いに行った。

私の姿を見るや否や嘶き暴れ、厩舎の柵を破壊しそうで慌てて駆け寄る。

ガチガチ歯を鳴らして、私の髪をガフガフ甘噛みしまくる大騒ぎである。

最後まで共に居てくれた愛馬に、お礼と謝罪の言葉を伝え続けて、

ユキが安心して落ち着くまで、ずっと宥めて側にいた。


そして、忘れないうちに、トウジさんとアキラさんに、

私が意識不明の時に、ナツミさんが私を導いてくれた事と、

自分の子供達に伝えて欲しいと言われた言葉を彼らに報告した。


二人は、彼女の温かな母としての言葉を黙って聞いていたが、

自分たちが守られていて、愛されていた事実に、照れ臭そうな笑顔で、

お前泣いてんじゃねーよと、互いに肘でつつき合いながら戯れていた。

それが私には、子供が無邪気に喜んでいるように見えて、微笑ましかった。



そして、レガリア王子と向き合うことを

グレンさんに相談した。



「……レガリア王子と対峙する?」


「うん」


「…………」


「彼は心残りがありすぎて、この世から未だに離れられないでいる。

 キヌさんと瓜二つの私が引導を渡す役目だと思っているの。

 彼が納得して、ここを離れてくれれば、それで…全て終わる」


「…分かった。ただし一人ではダメだ」


「うん!分かった。ありがとう、グレンさん」




先の激戦をした場所に、私は降り立っていた。

私のすぐ近くの後ろには、グレンさん、ステラ様、

少し離れた所に、レイさん、サイラスさんが控えて見守ってくれていた。

私は、息を吸って口を開く。



「レガリア王子、近くにいるんでしょ?

 もう大気に存在が溶け込んでいきそうね。

 …あなたは、消えかけている」



反応も、返事もない。



「私はここにいるわ。私はまだ息をして、生きている」



ザワリと空気が変わる。

そして、あの音が聞こえる。

瘴気の音。



「最後の力を振り絞って、私を殺しにきなさいよ。さあ…」





  キ  ヌ …  ?





上空に黒い霧が徐々に現れ、ゆらゆら揺らいでいる。


後ろのグレンさん達が、騒ついているのを背中に感じながら、

黒い霧を見上げ、私は声をかける。





「来い────レガリア」





その黒い霧は、真っ直ぐサトミの元へ落ちて向かって行く。

塊が崩れて蠢きながら、突き出た部分が手の形を保ち、

それが何かを掴み取るように伸びていく。

もう彼は、人の形を保つのも難しいのだろう。



サトミはそれを見ながら微笑んだ。


そして、右手を空に向かって伸ばす。



それに惹きつけられて黒い霧の手が伸びてくる。

指と指の間に互いの指が重なり、しっかり握り合い、

そして、サトミに縋り付くように、一瞬で黒い霧が広がり彼女を包み込んだ。



「サトミ⁉︎ 」


「大丈夫です、グレン団長。

 彼女はレガリア王子と話をしているのです」


「大丈夫なのか…黒い霧に覆われてしまった…」


「今は、彼女の魔力の方が断然強いです。

 反して、レガリア王子はもう虫の息で消滅する寸前…

 彼が消えないように、サトミさんは魔力をわざと抑えている。

 しかし…初代の聖女キヌさんに瓜二つのサトミさんが最後の聖女なのも、

 彼を葬る役目なのも、運命かもしれませんね…」


「………ああ…そうだな…」





────真っ暗な空間。上も下も左右もわからない。




「そこにいるの?レガリア王子」



 “ああ、お前か…キヌは、どこだ…”



「もう、終わったわ。勝敗はついている。

 あなたの仲間も、リンドゥーテ大将以外は皆逝ってしまった」



 “お前達が、殺した…”



「ええ。そうよ。でも、本当は殺したくなかった。

 私はあなた達に恨みなんかない。でも、私にも守りたい人達がいる。

 黙って殺される訳には行かなかったの」



 “どんな理由があろうと…あの国を庇い立てする奴は、

  私にとって敵だ……”



「ええ、そうね。だから戦争になるの。今回の事に関して謝罪はしない。

 それと、過去の文献を書き直す。こんな事をしても時間は戻らないし、

 あなた達の悲劇は取り消せない。でも、真実を後世に伝えて残す。

 レガリア側を一方的な悪者にはしないわ」



 “死んだ後の事など、どうでもいい。好きに書くがいい…”



暗い空間の中で、互いの存在だけを感じていた。

そして、私はもう一つの存在にも気がついていた。



「キヌさん、近くにいるんでしょ?

 彼を迎えに来てあげて。

 今なら、彼はあなたの存在を認識できるから」



 “………レガ、リア様?……”


 “…キヌ⁉︎ ”


 “ごめんなさい、ごめんなさい。

 あんな事を言ってしまったせいで、あなたをずっと苦しめてしまって…

 あなたと…あなたと離れたくなかったのです…だから…”


 “悪いのは私だ。君の為に何も出来なかった”


 “もう、いいの。

 私はもう苦しくないから、あなたも苦しまないで”



ユラリと二人の影が、揺らめいて微かに見えてくる。



 “キヌ‼︎ そこにいるのは、本当に君なのか?”



目の前で、抱き合う二人の姿が一瞬だけ見える。

サトミは、黙って二人のやり取りを見守っていた。



 “ああ、キヌ…やっと、やっと会えた。愛しい、私のキヌ”


 “一緒に行きましょう。あなたの息子も待っているわ”


 “ああ、共に行こう…”


 “ありがとう…サトミさん、私たちを導いてくれて…ありがとう”


 “慈悲に感謝する…聖女サトミ…”




「ううん、……さようなら…」






 さようなら






────どうか…


 次にあの二人が生まれ変わって、出会えた時は、


 何の障害もない環境の中で、幸せになれますように────。




彼らが逝ってしまって、纏っていた黒い霧も一瞬で消え失せる。

そして、私は一人でその場に佇んでいた。



「サトミ!」



グレンさんが、マントを翻しながら走って来て、

強く私を抱きしめる。



「…大丈夫か?」


「うん…」


「そうか…」


「…終わった」


「うん…」




これで、良かったのだろうか…



やっと終わったのに…このスッキリとしない、

沈痛な気持ちは…釈然としない気分は…なんなのだろう。


可哀想な運命の人達を

さらに、追い込んでしまったような罪悪感。


でも私には、これ以上の選択は思いつかなかった。


あの二人の為に…もっと…他の方法はなかったのだろうか。

それを自問自答し続けて、そして結局、同じ選択に辿り着く。

それが…どうしようもなく悲しくて、自分の無力さが悔しいのだ。




やっぱり私は、

人との諍いなんて…戦争なんて…大嫌いだ。


そんなものに勝ったところで、倒したところで、

嬉しくも何ともない。


心の深淵の底へ、重い泥のように沈んで張り付く罪悪感。 


そして、新たな恨みを買い、報復されて、やり返して…その繰り返し。

終わらない怨恨の連鎖 ─────。


ケリがついても、それで正解だったとしても、

これが正義だとしても、

そのせいで傷付き、死ぬ人がいる。


その現実が、どうしようもなく気持ちが付いてこないのだ。


ただ、ただ、悲しくて苦しい。




涙が止まらない私をグレンさんは黙って抱き上げ、

私室に連れ帰ってくれた。




こうして、400年以上続いた2国間の諍いと、


レガリア王子の復讐は、幕を下ろしたのだった。




* * * * * * *




「…いつ、子供産んだんですか?」


「だーかーらー、違います!この子は朝露の精霊、デューリーンです!」


「あっ、精霊さん⁉︎…ありがとうございました。あなた方のおかげで私…」


「いいよー。僕の為でもあるし。

 でも君、本当にキヌちゃんにそっくりだねー、可愛いー!」



こんな小さな子供の精霊だとは、聞いていなかったので、

初動から対応を間違えてしまった。



「君の側にいると、体が軽くて調子いい~♪

 凄い純度の神聖力~」



くるくると浮かびながら、

私の周りを飛んでいる無邪気な精霊は可愛い満面の笑みで、

どう見ても、ただの毛色の違う子供にしか見えなかった。



「ヴァニティーナ王女殿下も、ありがとうございました。

 おかげ様で、私は生きています」


「いいのよ。大した事ではないわ。

 私には…あなたのような事は出来ないもの。

 長年続いた二国間の紛争が終わったのも、あなたのお陰じゃない」


「え…本当に同一人物?」


「は?」


「だって…謙虚過ぎて、キモい…」


「はあああ⁉︎ あなたねぇ!王族に向かって、本当に無礼すぎるのよ!

 私は、国王陛下の娘なのよ⁉︎ 分かってる?」


「あ、いつもの王女様だ。良かった~元に戻った」


「ブフッ…」


「グレンも何笑ってるのよ!」



私はレガリア王子とキヌさんの件で、少しの間落ち込み塞ぎ込んでいたが、

普通の生活を過ごすうちに自然に元気になり、今日はグレンさんを伴って、

王宮へ日帰りで、王女殿下と精霊さんにお礼を言いに登城していた。

ちなみに、王宮の中庭がよく見える応接室を貸し切っている。


王女殿下とは啀み合っていた過去もあるが、一応命の恩人だし、

礼儀としてちゃんと筋は通そうと思っていたのだ。



「そうだ、精霊さんは、お菓子がお好きと聞いて色々作ってきたので、

 良かったらどうぞ。あ、ヴァニティーナ王女殿下の分もあるので、

 お二人で召し上がってください」


「やったー!見ていい?」


「どうぞ、どうぞ」


「はいはい、私達が毒味いたします!」



侍従が3人くらい目をキラキラさせて、グイグイ出てくるが、

王女殿下が扇子でバシリと叩き下がらせる。

ボケとツッコミ漫才見てるみたいで、思わず吹き出しそうになる。



「事前に成分鑑定されているから、あんた達の出番はないわ。下がりなさい」


「え~…」


「あの、侍従さん達の分もありますので…」


「本当ですか、やったー!」


「全く…あなたが料理持参で登城すると、

 みんなソワソワして落ち着きないったら…」


「うわー、可愛いっ!何これっ、全部食べていいの?」


「はい、こっち側は王女殿下の分ですから、それ以外は全部どうぞ」


「サトミちゃん大好きー♪ねえねえ、これ何てお菓子なの?

 王宮でも見たことなーい」


「こっちから、ホットケーキ、プリン、シュークリーム、ベリーロールケーキ、

 アップルパイ、オレンジパイ、ゴンリーシャーベット。

 こっちは新作で、ベイクドチーズケーキ、レモンシフォンケーキ、

 ミルフィーユ、チュロスです!」


「凄い、凄い!全部美味しそう♪」


「まああ…これ全部あなたが?」


「この種類は流石に食堂の調理担当の人にも手伝って貰いましたけど、

 そんなに難しくないんです」


「あっ、なんか賑やかだと思ったら…サトミ様ではないですか!」


「お久しぶりです、サトミ様。お元気そうで何よりです」


「あ…セラデュード王子殿下に、ウィルアルド王子殿下。ご無沙汰してます」


「お元気そうで良かったぁ………あー、お菓子だっ」


「…えーと、お二人の分もありますのでぇ…」


「本当ですか⁉︎ ありがとうございます!見たことないのが増えてますね」


「本当だ…新作のケーキですか?」


「はい、そうなんです。

 えーと、グレンさん、そっちの籠をお二人に…」


「ああ、うん。はい、どうぞ。ふふっ」



ワイワイと賑やかな、ちょっとしたお茶会になったが、

この場に、第一王子の姿はなかった。

彼は謹慎処分中で、半年間の牢屋生活を命じられているそうだ。

国王陛下は、相当愚息にご立腹の様子。


まあ、彼のせいで甥のグレンさんから殺意を向けられ、

私を王家に引き入れるのを諦めなきゃいけなくなったし、

クーデター一歩手前のことを画策してたから、当然だろう。



「ところで、王女殿下って5人も旦那様がいますけど、

 全員と上手くいっているんですか?」



ブホォ──────ッ‼︎



私は複数の人を同時に愛する事ができるほど器用ではないので、

疑問に思って隣にいる王女に、軽い気持ちで聞いたのだが、

彼女は思いっきり、紅茶を噴水のように吹き出した。



「えっ⁉︎」


「うわー、ヴァニティーナおもしろーい!あはははっ、僕も僕もやるー!」


「こらこら精霊殿、やめなさいっ。紅茶は吹き出すものではありません」


「姉上、汚なっ…」


「ゲホッ、ガホッ…~~ちょっと、あなたっ…いきなり何をっ…ゲホッ!」


「え?聞いたらダメでした?」


「何でそんな事、いきなり、聞くのよ?ケッホ…」


「いや、私何人も好きになれないので、

 逆ハーレムって、どんなもんなのかなーと…」


「逆ハーレム?って何ですの?……全員じゃないわっ…」


「…ん?」


「ちゃんと向き合って夫婦なのは、イケレスだけよ。

 他の4人は…何ていうか…飾り、というか…」


「ああ、愛人枠?」


「違う!体の関係はありません!

 王族として、夫が多い方が見栄えがいいというか…

 昔はそういう、くだらない考えだったというか…

 それは承知で、彼らはお飾り夫してくれているのよ。

 彼らの家族への援助を交換条件にね」


「あ、そうなんですね。じゃあ、実質旦那様は一人だけなんですか?」


「そう。他の4人は家族の経済状態が安定したら、

 いつでも離縁すると言ってあるわ」



意外だった。

イケレスさんって確か、王女殿下が小さな頃から付き従ってる、

護衛騎士だったはず。

なるほど、見かけに寄らず実は一途だったのか、この王女様。



「じゃあ、何でグレンさんを欲しがってたんですか?」


「あなた本当にオブラートに包まないわね。

 危険な任務についているから、そこから引き離したかっただけよ。

 私の初恋の人だったし…」


「なるほど、好きは好きなんですね。まあ、あげませんけど」


「いらないわよっ‼︎ 」


「お、何だ、何だ、賑やかだな…」


「父上⁉︎ 」


「こ、国王陛下」


「良い良い、普通にしておれ」


「お久しぶりです、陛下」


「サトミ殿、元気そうで何よりだ…そして、また美味そうな物を…

 皆で食べておるなぁ……いいなぁ……」


「国王陛下は、唐揚げとサンドウィッチとチーズオムレツお好きでしたよね?

 持参していますよ。後で侍従さんに預けようと思っていて…

 えーと、はい、この籠に入ってます」


「おおおおおっ、サトミ殿ぉ~、さすが気が利くのぉ、ありがたい!

 そうだ、今度な隣国との戦争終焉の祝賀会と同時に表彰式があるのだ。

 それは来てくれるな⁉︎ 一番の功労者のそなたと北の騎士団員に、

 褒章を授与したいのだ!後世へ影響を与えた歴史に刻まれる出来事なのだ!

 是非来てくれ!な?な?なー?」



籠を受け取りながら、息継ぎなしで喋る国王陛下が凄い勢いで近づいてきて、

私は思わず反射的に後ずさる。



「は、はあ…行き、ますが…」


「よし、言質とったぞ!」



……チャキッ…



「陛下…そういう連絡事項は、

 セオドア文官殿に、伝えていただけますか?」


「ん?グレン…何だ?なぜ大剣の柄を握っているのだ?」


「握っているだけですが、何か?

 ああ、それから、それ以上サトミに近寄らないでください」


「サトミ殿ぉ、私は甥に殺されるかもしれぇん!」


「ちょっ…グレンさんてばっ、殺意引っ込めて、殺意‼︎ 」



因みに、目が覚めた直後の私に、

国王陛下からお見舞いの花が贈られて来たのだが、

凄い量のカモミールの花束が届いたのだ。


何でカモミール?と首を傾げる私に、

エリカさんが笑いながら、花言葉を教えてくれた。

それが「ごめんなさい」だった。

こんな可愛い花で謝ってくる国王陛下に、笑いが込み上げてきて、

思わず盛大に吹き出してしまったのは、言うまでもない。


その謝罪の花束は、あまりの量に、エリカさんが邪魔だと憤慨しながら、

さっさとドライフラワーにされ、既にハーブティー用に加工されている。




* * * * * * *




グレンさんの殺意をどうにか抑えさせて、

彼は、王宮で開かれる上層部の会議に出席する為に席を外した。


そして、私はバルコニーに出て一息つき、王宮の見事な庭を眺めていた。

みんなは、部屋の中でワイワイ食事会を続行中である。



…平和、だわ…



そして、空をみると3つの衛星。



「どうしたの~?サトミちゃん」



すぐ横に精霊のデューリーンがふわふわ浮いて、私の顔を覗き込んでいた。

口の周りにお菓子のカスが沢山ついている。

本当お菓子好きだな、この精霊。



「うん、平和だなーと思って…」


「そうだねー、僕も久しぶりかも、こんなに怯えずにいられるの」


「そっか…精霊は、瘴気苦手なんだもんね」


「何見てるの?衛星?」


「うん。私の世界では1つだったの。

 ここは3つあるから…慣れなくて、いつもビックリしちゃうんだよね」


「へー…まあ、そのうちの1つは偽物だけどね」


「…ん?…えっ⁉︎」


「ほら、一番薄く見えてるの、あれワームホールの出入り口なんだよ」


「ワームホール?」


「うん。この世界と、君の世界を繋いでるワームホール」


「は?え…どういう…事?」


「ん~と…

 遥か昔、この世界には、知能が高くて平和主義の種族がいたんだ。

 君と同じ黒髪で黒目の人たちね。

 で、この世界の野蛮さに嫌気がさして~、

 新しい文明を作ろうと頭脳を駆使して、異空間の境界を開いて~、

 異世界へ繋ぐワームホールを生成したんだよ。

 それが、あの一番薄く見える衛星!」


「…っ、え…そ、そんな凄い情報をサラッと…

 じゃ、じゃあ、私あそこから落ちてきたってこと?」


「そう。多分君の世界は、その人達が作った文明だよ」


「…そ、そうなの?

 あ、あああれがワームホールって、ここの人達は知ってる?」


「ううん、知らないよ。

 それに作った彼ら以外は、多分使えないし通れない」


「じゃあ、何で私や…他の聖女や稀人は通れたわけ?」


「間違って入ると危ないから、一応蓋はしているみたい。

 でも、それでも隙間は出来ちゃうでしょ?

 確か行きは凄いエネルギー使うけど、帰りは落ちるだけの

 構造にしてあるって言ってたかなー?

 だから、その隙間と仕様のせいで、たまに稀人がこっちに落ちて

 来ちゃうんだ。そして、人為的に召喚も可能なんだよね~。

 本当はワームホールなんて危ないから、繋ぎっぱなしは良くないんだけど、

 残念ながら塞ぐ方法は、彼らしか知らないし、出来ないんだ」


「なぜ…未だに残してあるの?」


「文明化が上手くいかなかったら、帰って来るつもりだったんじゃない?

 でも、一度も使われなかったね」


「だ、だけど、こっちに落ちて来た人は…戻れないんだよね?」


「大抵はね。でも、君は帰れるよ」


「……え?」


「君の魔力量のエネルギーなら、

 あのワームホールで元の世界に帰れると思う」


「帰れ…る?」


「うん。ただし、あのワームホールは、大分老朽化してるし、

 もう崩壊寸前だから、使うのは後数回が限界かなー?」


「崩壊すると…繋がりが無くなるの?」


「そう。サトミちゃんの世界と、この世界の繋がりが完全に無くなるんだ」


「………っ、…」





ド ク ン 





何でもない事のように、ゆらゆら浮かびながら無邪気に話す、

水色の瞳と髪の朝露の精霊。


可愛い笑顔の精霊の後ろで浮かぶ衛星を見上げながら、

混乱する思考とグラグラとする視界の中で、

私の心臓は大きく鼓動していた。








次回、最終話になります。

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