堕天使
『ほお、それか?』
「はい。膨大な神聖力を放って混乱しておりました」
『ふん、いいだろう。ちゃんと記録したか?』
「はっ、確かに」
『あの国境にある忌々しい結界、神聖力の魔石ごときに…
魔獣の血が少しでも入っている者も弾かれ、国境からの侵入も困難になり、
しかもレガリアから発動する記録魔法にまで干渉してくるとは…
トウジが居ない今は、退かして穴を開けねばならないのは難儀だったな。
その為に貴重な稀人の材料を消費したが、目的は果たした』
「ええ、予想通りあの女も討伐に来て、魔石を元に戻した所に
まんまと精神攻撃を食らってくれました」
『幻影として、複製できそうか?』
「はい。急ぎ用意させます」
『完成したら、リンドゥーテお前が試しに一度接触しろ。
今は媒介のオリオが隣国に入り込んでいる。恐らく侵入も容易いだろう。
どこまで有効かは未知数だが…』
「今は、トウジの置き土産、転移魔石しか侵入手段がありませんが…
消費してもよろしいのですか?
腹立たしいことに、我々王族でさえガレリアの侵入には、
入国審査が必要な国境の関所以外は、容易く入れなくなりました」
『かまわん。その為の魔道具と国交復活だ』
「はっ、先にあの女を拉致しますか?」
『状況に応じて可能ならな。まずは、効果があるか様子を見ろ。
あの女は強すぎる。弱ってもらわねば、こちらの手に落ちぬ。
万が一ガレリア内で魔力暴走を起こしたとしても、こちらには僥倖だし、
手加減しなくていい。死なない程度の状態で持ち帰る事ができれば充分だ』
「畏まりました。第二王子の方は、順調ですか?」
『ああ、準備は上々だ。予定通り来週向かう』
* * * * * * *
「サトミ殿の具合はどうだ?」
「はい。回復はしています」
「そうか、受難が続くな。しかし、今回の襲撃で少し気になったのだが…」
「何でしょうか?」
「なぜ、わざわざ国境の神聖魔石を退かしたのだ?
トウジ殿の報告では、隣国の大将が赴いて来ていたらしいが。
あれは魔獣の結界であって、人間は普通に通れるであろう?
進入してから、暗黒石の魔石を置けば良かっただけだ」
「確かに…そうですね。攻撃が目的だったのは間違いないのですが…
精神攻撃で混乱している村人の救助と、魔獣の排除を優先して、
更にサトミさんが倒れたりしましたし…
調査と後始末に追われ、そこまで考えが及びませんでした」
「わざと混乱させて…何かを試しているのか、仕込んでいたのか…
いつも意図している事がわからんな」
「こちらも後手後手の対処で、イタチごっこですね」
「レガリアは歪んだ洗脳教育のお陰で、ガレリアに恨みがあるらしいが、
こちらは攻撃する理由はないからな。
何もしてこなければ、相手にしないのだが…」
「ええ、隣国の一方的な攻撃から、守る為に抗争している状態ですし、
真相が定かではない大昔の事で、いつまでも恨まれても困りますね」
「問いただしても、真面に答えてはくれぬだろうな」
「連れ去られたサトミさんが投げかけた問いに対しても、
噛み合わない返答でしたし、話し合って交渉できるとは思えません」
「なぜ、レガリアは破滅への道を辿ろうとするのか…」
「…サトミさんは、初代聖女と双子の王子の間で、
本当は何があったか知りたがっていましたが、解明すべきでしょうか?」
「それを解明して解決するのであればな。
しかし、こちらとあちらでは史実の解釈が全然違うであろう?」
「はい。プロパガンダ教育をしている国の主張など、受け入れられませんし、
向こうもこちらの史実に合意などしないかと」
「いや……全てが嘘ではないかも知れんな」
「は?あんな事をガレリア国王がしたというのですか?」
「全てではない、真実と嘘を巧妙に混ぜているのではないか?
人間と言うものは、少しでも真実が含まれていると、
論理的な矛盾や隠された嘘に気づきにくいのだ。
それを利用して、こちらを攻撃する大義名分にしておるのだろう。
虚は実を引くを実行しているのではないか?」
「何の…ために?」
「それはわからん。目的があるのだろう。
全てをかけて、成し遂げたい何かが…」
「目的ですか。陸な事ではなさそうですが。
…そういえば、国境向こうのレガリア側に、なぜか魔獣がいて、
少し違和感があったのです。
それをサトミさんが…見て、しまって……………」
「どうした?」
「いえ、国境の神聖魔石を退かした目的が、
少し分かった気がしたのです」
「何だと?」
「一度置くと、彼女しか触れられない守護がある神聖魔石を動かせば、
サトミさんが元に戻しに必ず来ます。
彼女を誘き出して…深層心理にある恐怖を探っていたのではないかと」
「…サトミ殿の弱みを?」
「はい」
「不味いな…それを知られた可能性があるのか」
「はい。レガリアは、サトミさんに執着していますし、
また接触してくるのは間違いないですし…その手段の為なのかと…」
「転移魔石もまだあるらしいからな…隣国はその気になれば、
いつでも出入り可能だ。現行犯で捕らえる事が出来れば証拠になるが…」
「難しいでしょうね…長年、捕まらない諜報員や魔獣を嗾ける事で、
その責任と証拠の隠れ蓑にしていました。
そのせいで、こちらは隣国へ抗議することも出来ませんでした」
「全く…忌々しい連中だ…」
国王陛下は、手にしていた報告書を
バサリと机の上へ乱暴に投げ落とした。
* * * * * * *
紗都美、こんな事させてゴメンね。
お母さんが悪いの。
お母さんが────────
違う。違うよ。
お母さんは悪くない。
泣かないで、泣かないで、お母さん。
…泣かない、で…
… …
「………っ、……」
目が見えなくなってから5日目の朝。
目を開けると、視界がクリアになっていた。
「……あ…」
「……サトミ?」
「見える、治ったぁっ‼︎」
「見えてる?」
「うん!良かった。ちゃんと普通に見える。グレンさんの顔もバッチリ!」
「そう、か…」
「グレンさん?」
「うん…」
「…………」
横で眠っていたグレンさんは、少しだけ微笑んで、
体を起こして私をそっと抱きしめた。
何も言わず…ただ黙ってずっと私の背中を撫でていた。
私の最近の受難続きに、彼は胸を痛めている。
そして、私を危険な討伐に参加させたくないと思っている。
でも、私は受け入れない。それを分かって葛藤しているんだ。
「グレンさん、来年の豊穣祭は、
ミス豊穣になった私は、参加しなきゃなんだよね?」
「そうだね。次のミス豊穣にティアラを渡さないといけないからね」
「楽しみだな~…あのパレードの山車に乗るんでしょ?眺め良さそう」
「ふふっ、うん。そうだね」
グレンさんに来年の話をした。
これからも私達は一緒だし、変わらないと彼に安心して欲しかったから。
私は、この世界に落ちてきて帰る場所を失った。
でも、グレンさんがその場所になってくれて、
この世界で生きて行く意味を持たせてくれた。
だから、私はもう振り返らない。
過去から、あいつから背を向けて、前を見る。
私は、騎士塔の中でも剣を携帯する用の腰ベルトを着用し、
長剣を常備するように義務づけられた。
ちなみに短剣は、後ろの横向きでベルトと一体化した鞘に納めてある。
もし魔力を無効化されても、対抗する戦力を維持する為だ。
そして、私は目が完治して騎士団の朝練に参加した。
「サトミさん、おはよう!」
「アレンくん、おはよう。何か久しぶり」
「……………」
「え?どうしたの?えっ…」
「へへっ、何でもない」
アレンくんは、ジョギング中の私の手を取って、
嬉しそうに一緒に走り始めた。
どうやら、私が元気になって嬉しいみたい。うーん可愛い。
そして、その後もみんなに目と体は、もう大丈夫なのかと何度も聞かれ、
頭を撫でられ、数えきれない程抱きしめられて…
私はもう、北の辺境騎士団の仲間として認識されているのだと嬉しかったし、
ここが私のいる場所なのだと改めて思った。
連日隣国の王子を迎え入れるまでに、色々と目まぐるしかった。
国境付近の警護を強化、神聖魔石の個数を増やして、
私の守護も強化する事になった。
しかし、全ての場所を騎乗や馬車移動すると、何週間も掛かるため、
トウジさんの転移で、チャチャッと回って国境付近の防御の準備をした。
転移魔法便利すぎである。
「これで、少しは防御できるといいけど…」
「これだけ守り固めりゃ、隣国からの魔獣は大丈夫だろ。
ただ、狙われているのは姫さんだ…気を付けろよ」
「うん」
「なんで、啀み合うんだろうなぁ。
こっちの平和な生活知ってから、レガリアのやってる事が、
本当に意味がわかんねぇし、無駄に感じるんだが…」
「そうだね…守りたいモノがあるからじゃない?」
「守りたいモノねぇ…」
「私、人殺しは嫌いだし、基本反対の考えだけど、
でも、私の大事な人達を傷つけるなら容赦しない」
「正義の鉄槌を下す…か」
「でも、相手にとっては正義じゃないんだよ…だから争いは終わらない」
「そうだなぁ…姫さん、本当は50歳だろ?」
「は?」
「はははっ、思考が深すぎなんだよ。
あんたの良いとこだけどさぁ、あんまり背負いすぎんなよ」
トウジさんは、私の背中をバンバンッと
何かを払い落とすように強く叩く。
「も~、あははははっ。痛いってぇ!」
「人の痛みを感じすぎて苦しむな。
あの襲撃は、あんたのせいじゃない」
「……うん、分かってる。ありがとう」
でも、どこかで自分せいだと思ってしまう自責思考の性格は、
なかなか変えられそうにない。
そして、忘れようとしている過去が、
後ろから追いついてきているのを私は感じていたのだ。
「大丈夫か、グレン団長」
「あ?ああ…」
「最近ハードだからな。ちゃんと休めているのか?」
「ああ。すまない、少しぼんやりしていただけだ…」
「サトミさんが心配なんだろう?最近立て続けだし…
でも、国境の魔石強化作業から無事帰ってきたし、彼女は大丈夫だって。
俺たちが思っている以上にタフなんだから、あの聖女様は」
「そうだな。しかし…まだ終わってない」
「ああ、狙われてるしな…」
「グレン団長、東・西・南の騎士団及び、王都騎士団、
各団長と副団長が会議室でお待ちです」
「ああ、着いたか。すぐ行く」
マントを翻して、早足で去っていくグレン。
国境付近の警護を強化するにあたって、東・西・南・北と王都の騎士団と
連携を取れるように、会議や打ち合わせを密に行い、
目まぐるしいスケジュールをこなしている。
「何だか…元気ねぇな、グレン団長。大丈夫かね」
「無理もない。最近ずっと襲撃が続いているし、来週には隣国の王子が来る。
それに、サトミさんが狙われているからな…色々考えてしまうんだろう。
ほら、俺たちも見廻りの交代の時間だ。行くぞサイラス」
「ああ」
* * * * * * *
「出迎えの準備は、出来ているか?ウィルアルド」
「はい、勿論です。父上」
「レガリア国の第2王子の名は、エイダン・セス・レガリア、
浅黒い肌に白髪、青い瞳だそうだ。親善大使と同じで、
どうやら混血のようだな」
「はい。レガリアは元々の王族は少ないですからね」
「一番年の近いそなたに、王子の付き添い人をお願いする事になったが、
影も常に付いておる。心配するでない」
「大丈夫です。父上。
これでも私は、まずまずの魔力持ちなのですよ」
「分かっておる。しかもお前は賢い。
心配はしていないが、向こうは何をしてくるか分からん。
この間の襲撃といい…くれぐれも油断するな」
「はい、勿論です。
サトミ様から頂いた身代わり魔石もありますし、心配してません。
それより、彼女は大丈夫なのですか?」
「ああ。もう視力は回復して、普通に暮らしているそうだ」
遊学にくる隣国の第二王子は、基本王宮の一室で過ごして貰い、
貴族学院には、ウィルアルドと共に送迎の馬車で通学し、
クラスも同じで王子のサポート役をする事になっている。
遊学期間は半年で、その期間はレガリアの親善大使と側近と護衛騎士も、
王宮に滞在することになっていた。
* * * * * * *
私は警戒しながらも、いつも通りの生活に戻っていった。
腰ベルトを着用して、長剣と短剣を鞘に納める。
昼食の準備する為、エプロンも上から着用して、
クルリと鏡の前で身支度を整える。
エプロンに大体隠れているが、左側の下に長剣の鞘が見えている。
ちなみにこちらの世界のエプロンは、割烹着に近い作りだ。
「うーん、腰回りがちょっとゴッツイなぁ…仕方ないけど」
そして、いつも通りに廊下の突き当たりで、護衛騎士と合流して、
食堂の調理場に行こうと、私室のドアを開けた。
それは、突然だった。
目の前に、“父親” が立っていた。
まるで普通に存在しているように。
足が止まり、冷静に前を見据える。
ああ…まただ…
これは、幻覚だ。
「紗都美…、こっちに来い」
ガシリと左手首を掴まれる。
落ち着いて…
幻覚。これは幻覚。
こいつは、ここには居ない。
でも、どうして……どうして………見えるの?
そして、カチリとパズルのピースがハマるように、
疑問が確信に変わった。
────そうか。この為だったんだ。
この為だけに───────
恐怖と絶望と哀惜は、瞬時に激怒に変わる。
サトミは、震える右手でエプロンの下の腰ベルトを指先でなぞり、
長剣の柄をしっかり掴む。
そして、薙ぎ払うように素早く上に引き抜いて、父親、もとい、
リンドゥーテ大将を斬りつけた。
下腹部から肩口まで、一瞬でまっすぐ斬られたリンドゥーテは、
彼女のあまりに自然な動作と、殺気のなさで反応出来ない。
グラリと体が傾き、その場に片膝をつく。
「…ガッ、ハッ!……なんっ、なぜ、分かっ……
このっ、小娘ぇっ‼︎ 」
「……あ、はっ、あははははははははははっ、ははははっ!
最っ悪っ!ああ、この為だったんだ‼︎
これが目的でっ、私の弱みを握るためにっ…‼︎…
こんなっ、下らない理由でっ!………あははははっ!…」
「何を…笑っている?貴様っ…」
「この為だけにっ…
何もっ、何も関係ない、村の人達を囮にして!精神攻撃で苦しめやがってっ‼︎
…3人もっ恐怖の中で苦しみもがいて、死んでいったんだよっ‼︎
お前らの、こんな画策のせいでっ!
もう、……もうっ、いい加減にしてよぉぉ───────っ‼︎‼︎‼︎ 」
「…っ、……」
こちらに向けられた、強烈な憎悪。
なんだ、この娘…顔つきが…雰囲気が変わった。
泣いているのか笑っているのか、
口は弧を描いて笑っているように見えるのに、
その黒い瞳の奥は激昂している。
ユラリと顎を上げて、瞳はこちらを鋭く睨み付けながら、
唇の端を上げ、彼女は冷たく笑った。
「でも、残念。その幻覚はもう通用しない」
「…な、に?」
「だって、あいつが生きてるハズないもの」
「…は…?」
「私が──殺したんだから」
その言葉を聞いて、リンドゥーテはゴクリと喉を鳴らす。
抑揚のない平坦な口調で語られた告白。
長剣をブラリと右手に下げて、顔を傾けて冷笑している女は、
慈愛に満ちた “聖女” ではない。
激情の炎で身を焦がした、忌まわしき存在───。
今、目の前に立っているのは、
地獄の深淵から這い出てきた “堕天使” だった。




