魔力酔い
※虐待を連想する箇所があります。苦手な方はご注意ください。
私たちは、魔獣が出現した村へ急ぎ向い、
これ以上魔獣が増えないように、先行して黒い魔石を排除して封印。
国境の退けられた神聖力魔石を置き直した。
退けるのに精一杯で、流石に持って帰れなかったのだろう。
そして、魔獣が跋扈している村に到着して驚愕した。
「何ですか…これ…」
もう、滅茶苦茶だった。
村の人々は、その場に蹲って号泣したり、空虚に向かって怒鳴っていたり、
何もないのに後を振り返りながら懇願して逃げまわったり、
斧を持って一心不乱に振り回して暴れていたり…
嗚咽と悲鳴と怒声と絶叫が入り混じり、阿鼻叫喚の地獄絵図のようだった。
精神攻撃の魔物は、幻覚を見せるとトウジさんは言っていた。
しかも、その人が一番辛かった時の記憶を探りだし、
それを引きずり出して、目の前に幻覚をさも実体化しているように
本人に見せ続けるのだ。
だから、この人たちは今、自分のトラウマに対峙している状況。
早く対処しないと…みんなの精神が壊れてしまう…
「姫さん、あの黒い馬を直視するなよ。精神攻撃仕掛けてくるからな」
「うん、分かった」
気味が悪い羽が生えた黒いユニコーンのような魔獣は、
ゆらゆらと陽炎のように漂い、襲うでもなくウロウロ歩き回り、
近くにいる人間を次々発狂させて行く。
特殊な魔獣で闇雲に倒せないため、
騎士団員達は、もどかしそうに待機している。
「サトミさん取り敢えず、神聖力の広範囲浄化を。
村の中心地にトウジさんの転移で移動して、そこでお願いします」
「はい、ステラ様」
「他は待機で。下手に攻撃しないでください」
「サトミ、気をつけて。トウジ、サトミを頼む」
「おう、任せとけ団長」
「はい、行ってきます。グレンさん」
トウジさんに村の中心地に転移してもらい、そこに降り立つ。
「何だこれ…中心地のがヒデェな…」
「うん。すぐやるから、トウジさん光に気をつけて」
私は、弓を構え矢を引き空に向かって放った。
金色の光のドームがぐわっと広がり、そしてキラキラと降り注ぐ。
「…すげ……何回見ても神々しいな…神の力って言われる訳だ」
ボソリとトウジさんが後ろで呟く。
正気を失っていた人々が、次々パタリと倒れて大人しくなっていく。
私は驚いて近くの倒れた村人に駆け寄ったが、息はしていた。
良かった…どうやら気を失っただけのようだ。
魔獣も大体は消え去ったが、全てではなかった。
浄化から遠い場所にいる魔獣は、まだ生き残ってウロウロしている。
「まだ残ってる…」
「大剣で倒してみる。俺が精神汚染されたら、姫さん頼むわ」
「えっ⁉︎ 」
止める間も無く、あっという間にトウジさんは、
黒ユニコーンの側に転移して、大剣で斬りつけた。
そして魔獣は、暴れることなく大人しく斬られて、煙のように消え去った。
「大丈夫みたいだぜー」
「……………」
サイラスさんいたら、ぶん殴られるわ。
私たちは、一旦村の入り口に待機している騎士団員の場所へ戻った。
こっち側の村人もみんな気を失っている。
でも、やっぱりまだ生き残っている魔獣がウロウロしていた。
「お見事です。村人はもう大丈夫でしょう」
「まだ魔獣がいますが、大剣で倒せるようです」
「おや、試したんですか?」
「ええ、トウジさんが」
「ん?今なんか嫌な名前が聞こえたな?」
「うげ、ナンバー3地獄耳」
「おい、赤頭!また勝手なことしたな!帰ったら覚えておけ!」
「あー、はいはい。わーかりましたぁ」
「私も弓矢で応戦します」
その後は、同行してくれた魔術師達には、
気絶してる村人達を安全な場所に運び治癒を施して貰い、
騎士団員達は、大剣で残りの魔獣討伐を進めるという、役割分担にした。
大体始末したが、残りがいないか5人1組で見回りをすることになり、
私とステラ様と騎士団員3名で連れ立って移動。
トウジさんは、サイラスさんに首根っこ掴まれて連れて行かれたし、
グレンさんとレイさんも、力量が偏らないように別のグループになった。
「もう、大丈夫そうですが…気配も瘴気も、見当たりませんし…」
「まあ、一応見て回りましょう。1頭でも残っていると厄介ですからね」
私は国境近くの神聖魔石をチェックしていた。
これに私以外の人が、触れることが出来るなんて…
稀人の腕を消費したって言ってたけど、本当に次から次へと凄い執念。
ふと顔を上げると、国境向こうのレガリア側に、
あの黒ユニコーンが立っていた。
そして、私はその姿を凝視してしまったのだ。
………あ…まずい…目が、合った⁉︎
「サトミさん!」
ユラリと私の目の前に影が立ち上がり、
ある人物が姿を現した。
それは、私の前の世界の “父親” だった。
全身が総毛立つ。
何で…何でここに…
こっちに来ないで、来ないでよっ‼︎
「紗都美…」
─────落ち着いて、これは幻覚なの。現実じゃない。
「こっちへ来い、紗都美」こちらにゆっくり伸ばされる手。
─────実在していないの、惑わされないで。
「いいか?静かにしていろ。言うことを素直に聞けば、
母さんや弟達には、もう危害は加えない」
─────本当に?…本当に…やめてくれるの? 私一人が…我慢すれば…
「姉ちゃん⁉︎ おい、クソ親父何してんだ!姉ちゃん離れて逃げろ!」
「うるさい、このガキっ!あっちへ行け‼︎ このっ!」
─────やめて‼︎ やめて!弟達に酷いことしないで!
ああ…
……殺さ、なきゃ…
この…人間の皮を被った獣を……
ギリギリギリ…
私は、幻覚で混乱した中、魔力量の調整をする余裕もなく、
大量の神聖力をこめて、それに向かって矢を放った──────。
「…
……!
……さん!
サトミさん!」
「……え?…」
「大丈夫ですか?」
「ステラ様?……何、これ……目が…回る……」
「覚えてませんか?
国境向こうのレガリア側に魔獣の生き残りがいたんです。
サトミさんは、幻覚を見せられて、魔獣に膨大な神聖力を放ったんですよ。
いや、流石の私も度肝を抜かれましたよ…あんな…
あり得ない大きさの光の柱など…」
「…あ、…そうか…あれ、幻覚だったんだ。
魔獣は消えました?」
「ええ、もう大丈夫です」
「うぁ…目が回って…上と下がわからな…気持ち、悪い……
…う…ゲホッ…」
「重度の魔力酔いの目眩です。魔力を一度に消費しすぎたんですよ。
目を瞑ってください。一度眠らせます」
「……え?」
「その方が楽になります。いいですね?」
「はい…すみません……」
「いいえ…今回は、あなたがいなければ、こんなに早く収束しませんでした。
おかげで村人の死傷者も最低限ですみましたし、魔獣も消滅しました。
良くやってくれましたよ。さ、休んでください」
「死傷者?亡くなった方が…居たのですか?」
「残念ながら3名程。幻覚に惑わされて自死を…
でも、魔獣の襲撃では少ない方ですよ」
「そう…ですか…」
「さ、目を瞑ってください」
私がこの国に来てから、死者が出たのは初めてで、
少なからずショックを受けた。
もっと早く来ていれば…救えたかもしれない…
ステラ様に眠らされ、私は遠のく意識の中で、
亡くなった人達の冥福を祈った。
そして、自分が恐ろしくなった。
私は、幻覚を見せられたとはいえ、“魔力暴走” を起こしかけていたのだ。
「ステラ師団長!サトミはどうしたんだ⁉︎
なんださっきの巨大な光の柱は! 彼女は無事か?」
「大丈夫です。魔力酔いを起こしたので、眠らせました」
「魔力酔い?魔獣がいたんだな?」
「はい、運悪く国境の向こうのレガリア側に…
それとサトミさんが対峙してしまい…幻覚を見せられて、
魔力量を調整できずに、こんな事に…
しかし…危なかったです。“魔力暴走” の一歩手前でした…」
「そうか…」
グレンは、眠っているサトミの頬にそっと触れる。
「一体何を見せられたのか……彼女は、大丈夫だろうか…」
「酷く怯えていた…というか激怒して矢を放っていたので、
そういう過去の記憶を見せられていたのでしょうね。
ですが、村人の治癒担当をしている者からの報告によれば、
目が覚めれば、見せられた幻覚は忘れるそうなので、大丈夫でしょう」
「…そうか………こちらは、まだ調査と後始末に1〜2日かかる。
サトミを休ませてあげたい。数名護衛騎士をつけるから、
ステラ師団長も共に、先に北の騎士塔へ帰還して欲しいのだが、
頼めるだろうか?」
「勿論です。お任せください」
こうして、サトミは北の騎士団員より、先に騎士塔に帰還することになった。
サトミは、隣国の悪意の召喚によって落とされた異世界人。
本来彼女は、この国を守る義務などない。
しかし、聖女の魔力は絶大だ。難しい事もやってのけてしまう。
今日だって、彼女がいなければ苦戦して、死者はもっと出ていたはずだ。
本当は…魔獣討伐になどに同行させたくない。
だが、魔獣の襲撃が活発になっている今は、彼女の力が必要だ。
それに…責任感が強く義理堅い性格の彼女は、出るなと言っても、
今更聞き入れないだろう。
グレンは、その矛盾で葛藤し、唇を噛みしめながら、
サトミを乗せた馬車を見送っていた。
「グレン団長!」
「レイ、生き残りの魔獣はいたか?」
「いいや、こっちは大丈夫だ。サトミさんは?」
「魔獣の生き残りがいて、それと対峙したらしい。
幻覚を見せられ、大量に神聖力を使って魔力酔いを起こして倒れたんだ。
休ませるためにステラ師団長と護衛をつけて先に返した」
「やっぱさっきの巨大光柱それか。凄かったな、あれ」
「ああ………だが、いつまでもコソコソと忌々しい連中だ…」
「ずっと大人しかったのに…親善大使来訪に合わせてこれって、
立派な宣戦布告でしょ」
「まあ、仲良くする気はさらさらないんだろうな。
念のため、他の東西南の部隊にも国境付近の魔石の確認をするよう、
通達を入れてくれるか?」
「了解!」
* * * * * * *
「お目覚めですかぁ?サトミ様」
「…………暗い…夜?」
「サトミ様?」
「その声…エリカさん?なんで、こんな暗いの?」
「えっ、見えてないんですか?」
「…どういう事?」
「ちょっとお待ちください。ステラ師団長呼んできます!」
横になって、こちらに顔を向けている、
彼女の目の前で手をひらひらするが、反応がない。
「………瞳孔が、動きませんね…」
「ステラ師団長…なんで、目が見えないんですか?」
「もう少し休んだ方がいい。…さ、目を瞑って」
「説明してください、何も、何も見えないの…どうして?
なんで…ねえっ!」
「サトミさん!」
手探りで起き上がろうとすると、ステラ様に両肩を掴まれ押さえられた。
「見えていないのに、闇雲に動いては危ない」
「じゃあ、教えてください。どうして目が見えないの?」
「魔力発動時は、8割目視で認識して使うからです。
魔力酔いを起こすと、一番負担のかかる網膜に異常が出ます。
だから、一時的に視力が失われる時があるんです。
心配せずとも、そのうち回復します。…だから、落ち着いてください」
「…わ、分かりました。…みんなは…騎士団員は無事ですか?」
「はい。大丈夫です。あなたのおかげで、騎士団は軽傷が5名ほどで
すみました。魔力酔いを起こした、サトミさんを早く休ませる様にと、
グレン団長の指示で、私達だけ先に帰還したんです」
「そうですか…良かった…」
「さ、横になってください」
「はい。とりあえず大人しくしてます。グレンさんに怒られそうだし…」
少し不安ながらも、治ると言われ安心して目を瞑った。
もし、ずっとこの暗闇が続くなんて…考えただけで絶望する。
今頃みんな後始末や調査をしているのだろう。
私も手伝いたかったなぁ。
* * * * * * *
「目が…見えていない?」
「はい。魔力酔いの弊害です」
2日後に帰還したグレンは、
顔色を変えて、持っていた書類をバサリと派手に落とした。
同じ部屋で執務をしていた、セオドア文官もバキリとペン先を折る。
「あのグレン団長、セオドア殿も…回復しますので、ご心配なく…」
「どれくらいで治る?治癒は効かないのか?」
「こればっかりは、魔力枯渇の影響ですので、日にちは不明です。
それに、下手に治癒魔法を施すより、体を休めるのも前提で、
自然回復に任せた方がいいのですよ。眼球はデリケートですし…」
「…わかった…大丈夫なんだな?」
「ええ。勿論です。それより、サトミさんが寂しがっておいでなので、
会って安心させてあげてください」
サトミの魔力酔いは思ったより重症だった。
回復に専念するため、基本面会謝絶にしている。
体は回復しているが、目がまだ、まともに見えないままだった。
「サトミ?…」
「グレンさん⁉︎」
彼女は、起き上がってベットに座っていた。
俺の声のする方へ手を伸ばしている。やはり、見えていないのか…
そっと手に触れると、彼女は強く手を握り、縋り付くように抱きついてきた。
「良かった、会いたかった…」
「俺もだ。体は大丈夫?」
「うん。目以外は…」
「大丈夫。そのうち見えるようになるよ」
「うん…光は認識できるようになったけど…凄いピンボケなの。
めちゃくちゃ不便…」
「焦らなくていい。無理をさせてしまったな…」
「違うの。私が幻覚に惑わされて、力加減を間違えただけで…
私こそ心配かけてごめんなさい」
「いいや。サトミのお陰で、死傷者も最低限で済んでいるんだよ。
本当にいつもありがとう。騎士団の団長として、心から感謝している」
「それが私の役目だもの。でも、良かった…そう言ってもらえて嬉しい…」
微笑んだ彼女の顔を見て、ホッと息を吐き、
サトミを強く抱き締める。
俺が彼女を好きになって心を繋ぎ、
元の世界には帰らないと言わせてしまった、俺の身勝手な独占欲。
理不尽な召喚で、落とされたサトミが、
この世界で幸いに生きていけるよう、尽力すると決めていたのに…
現実はどうだ。
彼女を危ない目に合わせてばかりいるじゃないか。
そして、間違いなくこれから隣国の襲撃は活発化していくだろう。
全面戦争が近い…国王陛下もそれを視野に入れて、覚悟を決めている。
そうなった時、彼女をまた…危険に晒すのか?
グレンは、腕の中の愛しい温もりを感じながら、
悔恨の念にかられていた。
* * * * * * *
「は?姫さん、目が見えてねぇの⁉︎ 」
「ああ、だが治るから大丈夫だ。
早く回復させる為に面会謝絶にしている。赤頭、お前行くなよ?」
「チッ…バレたか」
「前にサトミちゃんが倒れた時、ヤロー共が心配で押しかけすぎて、
大変だったからな。ステラ師団長にマジギレされてたし。
周りが騒がしいと治るもんも治らん」
「我慢するけどよ。…あれが国交復活祝いだってさ…本当嫌な奴らだぜ。
親善大使も絶対何か仕込んでると思うし、気をつけた方がいいんじゃね?
国内に入れて大丈夫かよ…この後、王子も来るんだろ?」
「全面戦争も近いかもな…」
「あー、やっぱそう思う?さすがナンバー3」
「今までと動きが違いすぎる。グレン団長も感じているはずだ」
「全面戦争ねぇ…
レガリアは、姫さんの存在知ってから、明らかに動きが活発になってるし…
様子が変なんだよな。いつも慎重な、みみっちぃ攻撃しかしなかったのによ。
最近は、あたり構わずっていうのか…」
「やっぱり、サトミちゃんが関係してるか…」
「……だろうな」
「ほら赤頭、訓練場あと5周走ってこい」
「何でだよ!」
「先走って、命令違反しただろ。阿呆が」
「わーたよっ、チクショー‼︎」
「トウジ、俺も走るよ」
「アキラじゃん、お前王宮行ってたんじゃねーの?」
「ああ。俺がレガリア第二王子を監視する影に任命された」
「マジ?お前大丈夫か?」
「上手くやるよ」
「そうか…気を付けろよ?」
「ああ」
トウジはアキラを見たあと、ふと空を仰ぐ。
ゴロゴロと雷鳴を轟かせ、鉛色の雲が広がる天空は、
これから起こる不吉な前兆のように見え、眉間にシワを寄せ目を細める。
その嫌な予感と自分の弱気を振り切るように、彼は頭を振った。
いつも、ご拝読ありがとうございます。
今まで1回の投稿で2~3話上げていましたが、
本業が忙しくなってきた為、当分の間は毎週水曜日に1話のみを投稿します。
気持ち長めに書きますので、引き続き読んでいただけると幸いです。m(__)m




