慟哭
聖女をめぐって、二人の王子の間に確執が生まれ、国が分裂した。
その時に何かがあって、こんなに拗れた関係になったんだ。
ただ、もう当人達はこの世にはいない。
だから、それを修復するのは不可能だ。
では、どうすればいいのか。
隣国のプロパガンダ教育で洗脳されて恨みを抱いてる人たちに、
どう向き合えばいいのだろう。
今ここで生きている人達には、関係ない事なのに。
400年前の呪いに縛られて、ずっとお互い戦うしかないのだろうか。
そうだ…隣国の伝説の童話…読んでみよう。
何か分かるかもしれない。
今は、ステラ師団長が持っているとセオドア様が言っていた。
何にしても今日は、疲れたので一度お開きにした。
* * * * * * *
「ここです。誰も来ないので、雑草が凄いですが」
「……少し、掃除します」
私は図書館帰りに、前回の聖女イセ チエコさんの墓前に来ていた。
他の聖女たちは、王族専用の霊廟に厳重に管理され、埋葬されている。
王族と聖女の魔力を欲して、遺体まで利用しようとする輩がいるからだ。
そこはまた申請して許可が必要なので後日になった。
チエコさんは、亡くなった時には、微量の魔力も枯渇していたし、
罪人扱いなので、王宮付近の臣下達を埋葬する墓地に眠っている。
しゃがみ込んで、草をむしり取り、墓石を持参した水と布で綺麗にする。
水魔法と土魔法で出来るが、こういうのは手でやるべきだ。
私のやってる事が物珍しいのか、セオドア様は目を丸くしていた。
ここへ来る前、王宮の温室で育てている、薔薇を持っていっていいと言われ、
遠慮なくデカイ花束を作って、墓前に置く。
チエコさんの所業は、国内を揺るがす酷いものだったけど…
この人だって…突然召喚されて、たった一人で怖かったはずだ。
“聖女 チエコ イセ ここに眠る” その文字を指先で触れる。
私は、膝を折って跪いて手を合わせて、彼女の冥福を祈った。
フワリ…と優しい風が吹いた。
そして、誰かが後ろからガシリと私の肩を掴んだ。
セオドア様?
え…でも、あの人こんな触れ方する人だっけ?
それに、指が随分細い…
更に強い力で肩をギリギリと掴まれ、痛さで私はその場に蹲る。
そして、頭に誰かの感情が凄い勢いで雪崩れ込んできた。
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ここは、どこなの…
誰か…誰か助けて…
この人達は、誰なの?
この世界を救えって、何?
聖女?違う、違う…私は普通の人間。
折角召還したのに、こんな魔力じゃ役に立たないって何?
前の聖女と違うって何?
何よ、その目…そんな目を向けられたって、知らないわよ!
勝手に召還したくせに‼︎ 誘拐したくせに!
仕方ないから、王宮に置いてやる?
誰もそんなの頼んでないわ。
何なの、この偉そうな貴族共は⁉︎
私が何をしたって言うの‼︎
返してよ!返して!元の世界に返してよぉっ‼︎
ああ…嘘でしょう? 帰れないなんて…
この世界の平和とか知らないわよ。
なんで私が、こんな知らない世界の為に犠牲にならなきゃいけないの?
そんなの自分達で、どうにかしなさいよ‼︎
召喚損だった、ですって⁉︎
だったら返して!
返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して!
元の世界に、あの人の元に私を返してよぉっ‼︎
ああ…
父上…母上…寂しい、寂しい……
…………待って…
父上って…誰? 母上って…何?
姉弟…兄妹……愛しいあの人まで…何で…思い出せなくなってるの?
やだ…やめて…やめて‼︎
これ以上…私から奪わないで!
思い出まで奪わないでよ‼︎
結納もすませて、来月結婚するはずだったのに!
あの人と幸せになるはずだった!
みんなに祝福されて、大好きな人と…これから家庭を築いて…
それなのに…なんで、私はこんな所にいて…
役立たずだと、こんな偉そうな奴らに責められているの?
私は蔑まされて、ここで生きていくしかないの?
こんな惨めな思いで…ずっと…ずっと…一人きりで…
ああ…
もう、…いい。
もういい。何もかも。
ど う で も い い。
─── 帰れないなら、戻れないなら、
お前たちが私にしたように ───
壊 し て や る。
メチャ クチャ に して やる。
こ ん な 世 界 ───────。
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「サトミ様‼︎ 」
「…っ!…」
「どうしました?大丈夫ですか?」
「…は、い…彼女の感情が、雪崩れ込んで、きて…
少し、呑まれてしまいました…」
「感情?…同じ稀人のあなたに、何か伝えたい事があったんでしょうか?」
「…彼女がここで、どんな思いをして…
なぜ悪名高い聖女になったのか…少し…わかりました」
この深い悲しみと絶望と孤独、激しい怒りの憎悪と慟哭…
──チエコさんの感情。
役立たずと蔑まれ、この世界に彼女の味方はいなかった。
ああ…胸が苦しい。どれほど辛かっただろうか…
彼女は、突然自分の幸せを奪った、
この世界に復讐したのだ。
そして、悪行の限りを尽くして幽閉され、ただの悪者になってしまった。
彼女は…最後に何を思ったのだろう。
命が尽きるその瞬間に、思い出せなくなった故郷を求めていたのだろうか…
彼女の感情に引っ張られて、グッと喉が苦しくなり、
せっかく目の腫れを回避したのに、再び私は嗚咽と共に涙が止まらなくなり、
心配しているセオドア様の声が段々遠ざかっていき、
とうとう、意識が事切れてしまった。
「サトミ様、しっかりしてください!私の声が聞こえますか?サトミ様⁉︎」
「セオドア文官殿?」
「…ヴァニタリス王子殿下?」
「サトミ殿は、どうしたのだ?一体何が…」
「あなたこそ、なぜここにいらっしゃるのですか?」
「住う王宮の敷地内に私が居るのが不思議かい?ただの散歩だよ。
それより、サトミ殿はどうした?ここは確か前の聖女の墓前だろう?」
「サトミ様が、前の聖女のお墓参りを希望しておりまして、
どうやら思念の干渉を受けたようで…倒れたのです。
彼女は、私が運びますのでご心配なく。
貴方様がこんな場所にいらっしゃるのは珍しかったので…
つい疑問に思ってしまいました。失礼いたしました」
「君は騎士じゃない。いくらサトミ殿が、細いからって無理があるだろう?
もし、落としたりしたら彼女に怪我を負わせるかもしれない。
私はこれでも騎士団に所属しているし、訓練も受けている。
君よりは腕力はあるよ。だから、私が彼女を運ぼう」
「いいえ、王子殿下にそんな事はさせられません。
今、北の騎士団員を呼んできます」
「私に近づかせたくないのは分かるが、それとこれとは話は別だ。
さあ、彼女の体が冷えてしまう」
「…分かりました。では、私も同行します」
「ははっ、信用ないな」
「ご自分のせいでは?」
「そうだね。どうしたら、サトミ殿と仲良くなれるだろうか」
王子殿下は、蹲るように倒れているサトミを支えているセオドアに近づいて、
彼女の体を軽々抱き上げる。
「驚いた。随分、軽くて細いな…」
「ええ、小柄なのです。この世界の女性とは、骨格からして違うのでしょう」
「うん…ああ、泣いていたのか…可哀想に。
彼女は最近色々有り過ぎたな…大丈夫だろうか」
「送り届けた後に、ステラ師団長にも相談します。
彼女は魔力量が多いゆえに、色々弊害もあるのでしょう」
「王宮にいれば、守ってあげられるのに。そう思わないか?セオドア文官殿」
「サトミ様が望んでいないのです。諦めてください、ヴァニタリス王子殿下。
それに、先日の連れ去り事件は、王宮内でしたでしょう?」
「ははははっ、君も手厳しいなぁ」
王子殿下は、今まで触れようとしても、触れられなかった、
サトミの細い体を抱き上げ、頬には涙の跡のあるグッタリした彼女を見て、
今まで感じたことの無い、擁護欲が湧いていた。
不意に、力なくダラリと落ちた左腕にある婚約腕輪が目に入り、
まるでグレン団長に威嚇されているようで、少し苦笑する。
「何はともあれ、無事に帰って来てくれてよかった」
「ええ…本当に」
* * * * * * *
私が倒れて王子殿下に抱き上げられて運ばれてきた時、
グレンさんは凄い顔していたらしいが、一応王子殿下にお礼を言った。
チエコさんの思念を感じ取って、倒れてしまった私を
ステラ師団長は念の為にと診察してくれたが、異常なし。
原因としては、同じ稀人で、私は特に歴代の聖女の中では、
魔力量が桁外れに膨大なせいで、感性が鋭いのだろうという結論だった。
そしてその後、図書館の禁書庫へ3日間通い、
歴史は勉強になったが、聖女に関する情報はあまり得られないまま、
私は王宮から北の騎士塔へ戻った。
アレンくんのせいで、国王陛下と3人の王子達と側近達に、
今度の登城にはゴンリーシャーベットの持参の約束を取り付けられた。
隣国の伝説の童話の絵本と義務教育の教科書は、
魔力検閲に少し時間がかかり、後日にステラ師団長より渡される事になった。
他の聖女たちのお墓参りも、また干渉を受けて倒れるかもしれないとの理由で、
今は許可が降りずに、もう少し万全の体調になってからの後日となった。
騎士塔に帰ると、心配していたエリカさんにガッシリ抱きつかれ、
他の騎士団員や食堂職員にも無事を喜ばれて、私はふと考えてしまった。
チエコさんが落とされた時代は、威張り散らした貴族が上層部を支配していた。
今のこの時代の世界に来れて、自分は幸運だった。
彼女も時代が違えば、多分あんな目には合わなかっただろうにと…。
* * * * * * *
「陛下、ガレリアより第二王子の遊学を受け入れると、
伝令鳥より返事がきました」
『ほう?』
「どういたしますか?」
『ふん。腹を括ったなガレリアめ。いいだろう、こちらも親善大使を手配しろ』
「はっ」
『今度こそ、あの生意気な聖女を連れ帰るぞ。無理なら殺す』
「御意…」
ああ、愛しいキヌ。
終わらせてあげるよ、今度こそ。
待っていて、私のキヌ─────。
いつも、ご拝読ありがとうございます。
ただ今、新作を執筆中です。出来次第上げますので、良ければまた読みに来てくださいませ。(^^)/




