聖女と王子
「キヌ…?」
この名前…この衣装の説明文。
やっぱり、江戸時代の人っぽい…
彼女は召喚ではなく、偶然この世界に落ちてきている。
そして、瘴気を浄化する神聖力を持ち、国に貢献して、
神の使いの聖女と呼ばれるまでになり、ガレリア王子と結婚している。
その後、一時的にレガリアに連れ拐われ、隣国間で戦争が起こり、
無事彼女は救出された。
こんな昔から、レガリアは聖女を連れ去っているんだ。
なんなのあの国…
その後、ガレリア王子は国王になって、キヌさんは王妃なり、
子供を2人産み、そして、20年後に亡くなっている。
しかもこれ、ガレリアの王族には、稀人の血が入っているって事?
ただの文献だから、詳細や彼らの心情が小説のようには書かれていないし、
詳しい内情は分からないけれど…
少なくとも、キヌさんは大事にされていた…?
キヌさんの死後に、引き続き聖女の力を欲した王家が、
再び召喚できるよう、魔術師団に巨額の研究費を投じて、
初めて人為的な聖女召喚を成功させる。
召喚された人は、“アキ” さん。2人目の聖女だ。
その後、レガリアに連れ拐われ…消息不明⁉︎
聖女を取り戻そうと、隣国間で再び戦争が起こっている。
でも、アキさんは何処にも見つからず、隠されたのか殺されたのか不明。
ガレリアとレガリアは、ここで完全に国交断絶している。
「……………」
私は、しおりを挟んで、少し考え込んだ。
一体何がしたいの…レガリアは…
ドサッ‼︎
「ふう…これで、大体揃いました」
物音にビクッとして顔を上げると、セオドア様がせっせと運んだ、
歴史書籍が再び大きな壁になっていた。
そして、彼は上品にストンと向かいの席に座り、
ここで仕事をするのか、ファイルを取り出し机に並べて、
胸ポケットからペンを取り出した。
「あの…セオドア様、初代と2代目の聖女を隣国が連れ去ってますよね?
その辺の詳細は、どの歴史書を見たらいいですか?」
「……サトミ様」
「はい?」
「目が明日あたり、腫れそうですね」
「あ、はい。仕方ないです。あんなに泣くつもりなかったんですけど、
頭に血が上ってしまって、感情が抑えられなくて…」
「ちょっと、お待ちください」
「えっ?あ、はい…?」
彼は、私の顔をジッと見ていたと思ったら、
スタスタと、どこかへ行ってしまった。
どうしたんだろう…
セオドア様の姿が見えなくなって、
私は再び文献に視線を落とし、読み進めた。
「サトミ様、これを目に」
いつの間に戻ったのか、彼は片手にタオルを持って私に差し出した。
涙はもう引いたのに…何で?と疑問に思っていると、
腕を伸ばして、私の目にそっとタオルを触れる。
あ、冷たい…氷が、入ってるんだ…
それを受け取り、やっと気がついた。
私の目が腫れないよう、わざわざ冷やす為の氷を持って来てくれたんだ。
あれ?何か、優しいんだけど…この人。
「あ、ありがとうございます…すみません」
「いいえ。私は治癒魔法はもってないですし、
可愛い顔が台無しになりますからね」
「へ?」
「では、先ほどの続きをしますか。
初代と2代目でしたね。…ええと…この辺ですね。
2代目は別書籍ですね…少々お待ちください」
「…えーと、その聖女二人がきっかけで、2度も戦争してるんですね?」
「ええ。連れ拐われていますからね。
取り戻す為に、こちらとしては当然の行動です。
そういえばサトミ様もそうでしたし…隣国は同じことを繰り返していますね。
元々は同じ国だったというのに……………ああ、あった。こちらです」
「ありがとうございます。………ん?同じ国って、言いました?」
「ええ、ガレリアとレガリアは、元々一つの国でした。それが分裂したのですよ。
その件ついては、今お手に取っている歴史書籍に詳細があります。
分かりにくければ、私が解説します」
「…分裂…」
パラパラと書籍を開き、私は目を走らせた。
* * * * * * *
「牢屋を抜け出し、サトミ殿に暴力を振るったそうだな?」
「その件は、私が一方的に、彼女に嫉妬していただけなのです。
牢屋を出たのは、夫の一人に協力のもと、私の我が儘で出して貰ったのです。
申し訳ありませんでした。責は全て私にあります」
「…うむ。どうした?ちゃんと自覚しておるのか…?
しかし、ずっと何が不満なのだ…魔力などなくてもお前を愛しているし、
見捨てたりせぬ。…この父の言うことが…信じられぬか?
それとも、魔力がない自分を受け入れるのは、そんなに難しいか?」
「父上…私は今まで傲慢にも、与えられている愛情を当然の権利だと
思っていたのです。
それがどんなに大切で、かけがえのない事なのか…気がつかずに…
私はずっと、王族のくせに魔力なしという、自分の欠点の穴を埋めようと、
ちっぽけな自尊心と矜恃と見栄の為に、無い物ばかり求め続けて、
渇望が止められませんでした。
夫を5人迎えても、気に入らぬ者を排除しても、周りに当たり散らしても、
満足することのないこの渇いた苦しみや苛立ちは、消えてくれませんでした。
それが自らの首を絞めている行動だという事でさえ…自覚がありませんでした」
「そうか…しかし、妙に冷静に自分を分析しているな。
ああ、サトミ殿に何か言われたな?」
「はい。……代われるものなら、代わってくれと。
突然、庇ってくれる家族もいない世界で一人ぼっちになってみろと…
自分は戻ることもできず、魔力を強制的に持たされ、
聖女として生きるしかない。
だけど、私は魔力がなくても、愛してくれる家族がいるだろうと…
彼女は、涙を流しながら激怒してました。
私は……それを聞いて、言葉が出てきませんでした」
「確かにその通りだ…サトミ殿にとっては、この世界に落とされて、
他に選択肢はなかったからな。
意に沿わない、未来を強制的に変えられてしまったのだ…怒りは当然だ」
「はい。そして、彼女は私を王女という立場は関係なく、
一人の人間として飾らない言葉で、向き合って言ってくれたんです。
これまでは、何をしても優しく注意されるだけで…
誰も私に、こんな風に本気で怒ってくれなかった。
最初は、とても恐ろしかった。自分の愚かさを自覚させられて、
心が冷え込んで…見たくなかった現実を突きつけられて、
屈辱でいっぱいで怒りさえ覚えました。
でも、あの満たされないイライラが消えたんです。
私……やっと前に進める気がしました。
こんなに、楽な気持ちになれたのは……初めてですわ」
「そうか…すまなかった。
そうだな…私は今まで、優しさと甘さを履き違えていたかも知れん。
王である前に、親としての自覚が足りなかったな…不甲斐ない限りだ」
「いいえ父上、私が悪かったのです。
こんな私を守る為に、色々沢山の事をしてくださったのに…
愛してくださったのに、それを当然と軽んじて、疎かにしていたのです。
………それで父上、私…王都を離れようと思います」
「離れる?…なぜだ?ヴァニティーナ」
「少し、この環境から離れて、心を落ち着かせて考えたいのです。
最後の私の我が儘ですわ。聞いていただけます?」
「…わかった。静かな領地の別邸を手配しよう」
「ありがとう存じます。
……あと、聖女サトミ様とグレン団長に、
今まで迷惑をかけて申し訳なかったと、伝えていただけますか?
私とはもう、顔も合わせたくないでしょうし」
「分かった、伝えよう。息災でな…ヴァニティーナ…」
「はい、父上もお元気で」
穏やかな微笑みを浮かべ、王女の表情からは今までのキツさが
すっかり抜け落ちていた。
こうして、ヴァニティーナ王女殿下は、夫5人を伴い王都を離れた。
そして、この選択が後にサトミを救う事になる。
* * * * * * *
この国には、“ガレリア” と “レガリア” という名の双子の王子がいた。
そこに異世界人の稀人、聖女キヌが現れ、
兄のガレリア王子と聖女キヌは結婚する。
その後、弟のレガリア王子は臣下と共に王宮を出ていき姿を消す。
彼らは人知れず、山奥の森深い方面へ移住していた。
そして、山岳地帯の民族を部落ごと連れてきて、国として必要な人口を確保し、
国境を定めて独立して自ら国王となり、レガリア王国を作った。
こうして元々一国だった国は、“ガレリア” と “レガリア” に分裂した。
分裂して… “国名” が王子の “名前” になったんだ。
「あの…セオドア様、ガレリア王子とキヌさんが結婚した後、
何があってレガリア王子は、王宮を出て行ったんでしょう?
その辺の事、どこにも書いてないですよね?」
「昔の文献ですからね。要点しか記載していないんです。
まあ、想像するに…二人の男と一人の女。
しかも彼女は、不思議な力を持った聖女で、美しかったようですから、
王子達は、彼女に恋をしていたでしょうし、三角関係だったのでしょう。
そして、恋に敗れたレガリア王子は、幸せな二人を近くで見るのが
耐えられなかった。だから、王宮を出て行った。…という所では?」
「あ〜…その線が濃いですね。
えっ、てことは、レガリア王子は出て行って国を作った後に、
まだキヌさんに未練タラタラで忘れらなくて、連れ去ったってこと?」
「まあ、そうでしょうね。
しかも何を考えているのか、聖女キヌ様の死後に召喚した、
聖女アキ様も連れ去っています」
「アキさんは何で拐われたんですか?…やっぱり、聖女の魔力目当て?
しかもこの方、見つからなかったんですよね?
一体何したんだろう…怖いんですけど…」
「アキ様の連れ去りの目的は、この文献では分かりませんが…
彼女が容易く逃げるなどあり得ないし、恐らくレガリアの虚言でしょう。
今の魔道具の豊富さを考えると、何かしたと考えた方が自然でしょうね。
それに、この頃から隣国の魔獣の襲撃も増えていますし、魔力のある稀人を
利用しようと、レガリアは人為的な召喚を繰り返していたと思われます。
そして、いくらかつての双子の弟でも、この二度目の暴挙は、
ガレリア国王も、さすがに許せなかったのでしょう。
これで、完全に国交断絶になりました」
「やっぱり、そうですよね?トウジさんも言ってましたもの。
強力な魔力持ちがこっちより少ない分、魔道具開発が進んでいるって…」
「たしか、サトミ様が拐われた時も、聖女の魔力目当てで…不愉快なことに、
新たな魔力持ちの子供を成すのが、目的だったはずです。
トウジ様とアキラ様も、召喚した稀人から生ませていますし。
魔道具開発と魔力持ち増産の為でしょうね…」
「あれ?でも、それって400年前のガレリア国王の時の話だし、
私が拐われた時とは時代が違うでしょ?王族だって代替りしてるだろうし、
400年後の今も変わらず、こんな同じ事してるのおかしくないですか?」
「どうやら、我が国に対して、そういう感情を持つように、
プロパガンダ教育で洗脳して、その思想を受け継がさせているんです。
ほら、トウジさんが持ってきてくれた義務教育の教科書、童話の絵本です」
「…レガリア王の執念凄すぎじゃないですか。
あの教科書と童話、もう読んだんですか?」
「はい。簡単に言うと、こちら側が悪として書かれた最悪な内容になっています。
元の国は厄災の忌み子の稀人の魔力によって、呪われて汚れた国になり、
レガリア王子はそんな国から脱出して対抗するために、レガリア国を作った。
ガレリアの王族と国民は稀人の影響で、完全に闇に落ちた悪魔に成り下がり、
その後、稀人と共にレガリアの全てを奪いに攻め入ってきた。
それを見事に退け、国を守った英雄が、レガリア王。
だから、汚れの国のガレリアを攻撃するのは、当然の報いで、
こちらは何をしてもいい。ガレリアに不幸をもたらし滅ぼすのは、
レガリアの使命であり権利である。…という、全く酷い内容でした。
更に、ガレリアがレガリアに攻め入った時に、
レガリア国民に対して行ったとされる、残虐な戦争犯罪の記載もされており、
これもまた、一方的に憎しみを植え付ける酷い内容でした。
勿論、全て事実無根の史実です。サトミ様も後でご覧ください」
「…どう考えても、歴史を湾曲してますね。
聖女を厄災の忌み子呼ばわりは、レガリア国王の私怨っぽいし…
でも、振られた腹いせにしては…ちょっと拗らせすぎというか、
異常じゃないですか?
二人の王子達とキヌさんとの間で、一体何かあったんでしょう…」
「残念ですが…恋情の揉め事は、当人同士でしか分かりません」
「6人目のチエコさんの文献は、1冊分近く細かく書いてあるのに…
他の5人に関しては、情報が少なすぎません?」
「昔の文官は、淡白だったのでしょう。
あくまで記録として残しているだけなのです。
チエコ様は、聖女の中で一番問題児でしたし、色々やらかしまくって、
情報も多かったですし、担当文官も違って新しい文献ですから」
「…あと、拐ったキヌさんは帰したのに、
アキさんは行方不明…それも引っかかる」
「生き証人がもういないので、その辺の詳細はレガリア王のみぞ知るですね。
こちらとしては隣国に思う所は特になく、そんな先祖の色恋沙汰で恨まれて、
事実無根の史実の不名誉な悪者にされ、魔獣を嗾けられ、諜報活動されて、
まったく…いい迷惑です」
何だか一方的にレガリアが恨んでいる感じがするけど、
結局、肝心の部分が分からないから、想像するしかない。
他の4人の聖女についての記録は、
簡単にまとめると、ざっとこんな感じだ。
3人目は、“ミツ” さん。
召喚後、王族と縁付けさせようとするが、彼女は拒否。
そして、環境と言語に馴染めず衰弱していき…1年後に自殺。
4人目は、“チヨ” さん。
召喚後、聖女として誠実に働き、生涯を終えたが…わずか2年で亡くなっている。
5人目は、“ハナ” さん。
召喚後、聖女として働き生涯を終えたが…彼女も4年と短命。
そして、
6人目は、“イセ チエコ” さん。
クーデターを起こされて、幽閉された悪名高い魅了の聖女。
彼女は魔力が微量で使わなかった影響か、一番長く生きて
42年後に亡くなっている。
彼女を最後に、ガレリアでの人為的な聖女召喚は廃止になった。
ある意味、彼女が問題を起こしたから、
召喚される異世界人の人権侵害を考える機会になったのだ。
これ以降の稀人の犠牲者が出なかったのは、皮肉にも彼女のお陰と言える。
そして、名前の雰囲気と期間を見ると、
江戸から明治〜大正時代位の間の召喚だろう。
この中で、王族と結婚したのは、キヌさんだけ。
殆どの聖女は…正直、幸せとは言えない人生だった。
そして、間違いなく全員日本人。
隣国との長年の諍いの原因は、やはり聖女絡みだったのだ。




