約束と取引
“ 私のことは、グレンさんが守ってくれるんでしょ? ”
守れなかった…
あんなに近くにいながら。
俺は、何を油断していたんだ?
サトミ…
消える瞬間、具合が悪そうだった。
今、どうしているのか…
怖い目に、酷い目にあっていないだろうか。
対策会議も一旦終わり、皆それぞれバラバラに過ごしていた。
国王陛下と第一王子、宰相とセオドア文官は4人でずっと話し込んでいる。
騎士団員達もそれぞれ話し合い、夜も更けているのに、
誰一人眠ろうとしなかった。
「でもさぁ、サトミさん今までの行動パターン見ても、
大人しく拐われるタイプじゃないでしょ?」
「確かに…アレンの言う通りだな」
「あの人、俺たちと同じ訓練受けてるし、その辺の男より強いし、
魔力なくても相当、相手を手こずらせそうじゃないですか。
俺、魔力回復したら、サトミさん自力で帰ってきそうな気がするんですけど」
「ブフッ、…」
「おい、サイラス」
「ああ、悪い、レイ。
ちょっと暴れてるサトミちゃんを想像しちまって…」
サトミの性格を理解している騎士団員達は、
少し落ち着き、楽観的になっていたが、
その雰囲気とは対照的に、その近くで一人考え込んでいるグレン団長に、
ステラ師団長が近づき声をかける。
「グレン団長、少しお時間よろしいでしょうか?」
「あ?ああ、ステラ師団長、何か?」
「一つだけ、サトミさんについて心配事があるのです。
その…婚約者のあなたには、お話しておいた方がいいかと…」
「…ああ、分かった聞かせてくれ」
「では、バルコニーに出ましょうか」
フワッと風が舞い、3つの衛星が暗い夜空に浮かぶ。
あの衛星をサトミはいつも寂しそうに見ていた。
自分の世界には1つしかないと…
バルコニーの手摺の前まで来て、ステラ師団長が向き直る。
「サトミさんに、お願いされて了承した事があります」
「了承?」
「はい、あの方は詠唱なしで魔力が発動します。
考えただけで発動するのではないかと、不安に思っていた彼女の為に、
暗号化を認証しているんです」
「ああ、それは俺も知っている。それが心配事か?問題ないだろう?」
「いいえ…それ以外に、もう一つ…
サトミさんが望めば、発動する暗号化も認証しているのです」
「…何をだ?」
「自死を望んだ…場合です」
「は?」
「感情を抑えられず、魔力暴走を起こして多数の犠牲を出さない為に、
そして、死を望む程の…逃げられない残酷な目にあわされた場合です」
「…それを…認証したのですか?」
「はい、申し訳ありません。他言無用の契約だったので…」
「そんな事を考えるほど、彼女は…思い詰めていたのか…」
「サトミさんは、膨大な魔力量を保有している自分の責任の取り方に、
自死を保険として希望したのです。これは目的ではなく、最終手段だと…」
「………彼女の…気持ちは、わかる…だが…」
「ええ、分かります。私もすぐに了承は出来ませんでした。
ですが、彼女が頑なで…根負けしてしまいました」
「…話してくれて感謝する。ステラ師団長」
「膨大な魔力を持っていても…全て救える訳ではない…
こういう時に、自分の無力さを痛感します」
「そんな事はない。あなたは最善を尽くしてくれている」
「…サトミさんは、賢い女性です。今は魔力が使えない最悪の状態ですが、
でも私は、彼女は必ず戻ってくると、確信しているんです」
「俺もそう思う………約束、したからな」
こちらを見返す、透明な美しい黒い瞳は、
いつだって真っ直ぐで、純粋で、素直で、優しくて…嘘がなかった。
“ グレンさんが一緒なら、私この世界で生きていける。
だから、ずっと一緒にいてね… ”
初めて口づけを交わした時の彼女の言葉。
サトミ…それは、俺も同じだ。
君がいなければ…この先、生きる意味が見出せない。
約束したんだ。一緒に生きていこうと。
だから、どんな形でもいい。
必ず生きて帰ってきてくれ。
俺の元に─────。
* * * * * * *
気持ち、悪い…
吐きそう…
このグラグラする感覚は、何だろう。
私…どうなったの?
「グレ……さ…」
「お、目が覚めたか。姫さん、具合はどうだ?」
「…………?…」
目の前に、真っ青な目が覗き込んでいた。
パチパチと焚き火の音が聞こえてくる。
ここ…どこ?
頭を動かすと、暖炉に火がくべられて、随分古めかしい室内のようだった。
暖炉の近くにもう一人誰か横になって、ローブでスッポリ体を覆っている。
私は、ローブをかけられて彼に膝枕されている状態だった。
「…気持ち悪いだろ? 水、飲むか?」
そうか。この人が転移魔法で私を連れ去ったのだ。
皮袋の水入れを出して、私の口に運んで優しく飲ませてくれる。
ゴクリと喉を水が通って、体に浸透していく。
この人…やっぱり敵じゃない。
やりたくて、やってる訳じゃなんだ。
「ケ…ッホ……」
「もう少し眠るといい。明日の朝には良くなってる」
「…ここは、隣国?」
「そう。2日後には、王宮につく」
「……魔力が…ない」
「ああ、今は使えない。一時的にな。安心しな、そのうち回復する」
「…転移魔獣、嗾けたの…あなたね?」
「うん、北のナンバー3は残念だったな」
「…なぜ、従ってるの?」
「俺は、トウジ」
「え?…」
「トウジ。俺の名前。今日はもう寝な。
明日また話そう、サトミ姫」
そう言って、彼は優しく私の額を撫でてくれた。
冷たい手が気持ちいい…私は、そのまま目を瞑った。
敵国の人間だし、私を誘拐した実行犯だし、信用した訳じゃない。
でも、この人は悪意があって、こんな事していないってのは分かる。
グレンさん…心配してるだろうな…
私を守れなかった、自分を責めていなければいいけど。
今は、私がどうにかしなくてはいけない。
隣国に確たる証拠もないのに、彼らが許可もなく入国して、
私を助け出すのは不可能に近いからだ。
明日、話し合わなければいけない事が沢山ある。
彼らと上手く交渉出来るだろうか…
私は、明日に備えて深い眠りに落ちていった。
* * * * * * *
バッチーンッ‼︎
「痛ってぇぇ────っ‼︎ 」
「これは、サイラスさんの分。これ位で済むんだから感謝しなさい!」
「あ〜、はいはい。悪かったよ…すげー馬鹿力…」
目が覚めてから、とりあえず赤毛の男トウジをぶん殴った。
これは転移魔獣を嗾けた時のお返しだ。
ちなみに、腕を再接続したのは内緒である。
「で、何で私を誘拐した訳?」
「レガリア国王の命令だ。それに俺たちは従っただけ。
で、手段として、あのアホ王女に神殺し魔石がついた短剣の
装飾品売りつけたんだよ。
恋敵を刺せば思い人と別れる、まじないがあるって嘘教えて」
「…は?神殺し?」
「神聖力と暗黒力を無効化できる魔石。最近、こっちで生成されたんだ。
あのアホ王女、姫さんに団長取られて、よっぽど悔しかったんだろーな。
まんまと使ってくれて姫さんを無効化して、俺が転移で拐ったって訳」
「あ〜…なるほど…王女様の弱味に付け込んだのね?
でも、そんな怪しいまじない間に受けて、本当に実行するなんて…」
「アホだからだろ」
「…それは否定しない。じゃあ、私、魔力無くなったの?」
「昨日も言ったが、そのうち魔力は戻る。
姫さんは魔力量スゲーから、1〜2日で戻ると思うぜ?」
「それで、あなた達は誘拐してきた私に何を求めてるの?」
「ははっ、やっぱ賢いねぇ。お見通しか」
「喋りすぎだし、敵意がないもの」
「ああ、無いよ。命令でやらされているだけだ」
「脅されてる?」
「まあ、そんなとこ。これ、見える?」
首を覆っているタートルネックをグイッと引っ張って、
彼は首をトントンと指差す。
首を囲ってグルリと術式が刺青の様に刻んであった。
「それ…術式?」
「そう。奴隷紋」
「奴隷紋⁉︎ 」
「俺たちは、生まれた直後から契約魔法で縛られてる。
こいつにも同じのがある。アキラ、見せてやれ」
もう一人の彼も首を見せる。
このアキラと言う彼は、濃い茶色の髪に、茶色の瞳。
大人しそうな雰囲気で、今まで出会った中で一番顔立ちが日本人に近い。
「逆らうと、これが締まってきて窒息して失神させられる。
あるいは、そのまま締め殺される」
「…解除できないの?」
「方法はあるが、俺達には無理なんだ。
色々条件があって、術式かけた魔術師に近づく必要がある。
だから、それを姫さんに頼みたい」
「あなた達を助けるメリットは?
一応私、誘拐されてるし、何度も襲撃されてるんですが?」
「レガリアから逃してやる。そして俺達は、あんたの側につく。
俺の魔力と知ってるレガリアの情報欲しくないか?」
「…うーん、欲しいけど…まだ本当に信用できないなぁ。
解除した途端、自由だーってどっか行く可能性もあるじゃない」
「…ブフッ」
「何笑ってんだよアキラ。犬じゃあるまいし、そんな事しねーよ」
「あなた達は、どうして祖国を裏切ってまで自由になりたいの?」
「祖国って、ここが? 前も言ったが、俺たちは半分稀人だ。
しかも、ガレリアとは正反対の扱いで、厄災の忌み子、底辺の底辺。
人権なんてない使い潰しの奴隷、道具と一緒。死んでも誰も気にしない。
ここにいても、悲惨な末路を辿るだけの運命。
俺は、なにも怯えず、心から自由になりたいだけだ」
「……あなた達のお母さんは稀人なの?」
「そう。もう死んでるがな…召喚したものの大した魔力を持っていない
女の稀人は、子を産ませる最悪の役割を強要される。
まあ、言わなくても…分かるよな?」
「…それで、あなた達が生まれた」
「ああ、俺とアキラは同じ母親から生まれた。ご覧の通り、父親は違う。
母親の稀人が魔力が微量でも、子供は膨大な魔力を持って生まれてくる
事が多々あるんだ。それをアイツらは利用して、魔力持ちを量産している」
「……本当に最悪ね。
私は、レガリア国王のもとに連れていかれて、何される訳?」
「さあね。まあ、姫さんのその膨大な魔力を利用したいんだろ。
その為に、神殺し魔石を生成して従わせそうとしてる。
子供を産ませることも企んでいるだろうな」
「あーもう、キモい!無理!
その前に、あなた達の奴隷紋を解除すればいいのね?」
「ああ、それで一旦俺の転移で離脱して一緒にガレリアに行く。
こっちは、ガレリアより強力な魔力持ちは少ない分、
様々な魔道具を開発している。
何を出してくるか分からんから、とりあえず逃げるが勝ちだ」
「なんでこんなに、両国で稀人の扱いが違うの?」
「俺も詳しくは知らんが、なんか古くからの伝説が関係してるみたいだな。
ガレリアに行く前に、その童話の絵本も手に入れて持っていけば
何か分かるかもしれん。長年の隣国同士の仲違いの原因もな。
…姫さんは、初動でこっちの奴に捕まらなくて運が良かったな」
「うん、本当にそう思う。それで、解除の条件は?」
「お?やってくれんの?」
「そうしないと、私もガレリアに帰れないし。
あなた達がこっちに付いてくれれば、悪くない取引だもの。
……ねえ、お母さんの名前は知ってる?」
「ああ、ナツミって呼ばれていた」
…ああ、やはり日本人名だ。
前の世界での行方不明者の中には、ここに落とされた人達もいたのだろうか。
それに、この二人もトウジとアキラで日本人名。
私は、本当に幸運だったのだ…。
どうやら奴隷紋を解除するには、
術式の契約魔法をかけた、魔術師本人の認証がなくては不可能。
さらに、その魔術師の近くに居る時でしか解除できない。
勿論、奴隷解除の認証なんかする訳ないから、彼らじゃどうしようもない。
そして、その認証を打破できるのが、神聖力のみだそうだ。
だから私は、捕まったフリをして、魔力回復が間に合うよう祈りつつ、
彼らと共にレガリアの国王の元へ行くことになった。




